「だから、夜の多い日用と昼の少ない日用の二つを買ってきて頂戴」

午後六時。陽はうす蒼い雲に隠れ、空は味気なく淀んでいた。“夕暮れ”とは、地平線に隠れた陽の織り成すだいだい色の風景であるべき…という、他人には理解しがたいであろう拘りを持つ私は、今みたいな天気の悪い夕暮れを、そう呼ぶに相応しくないと考えた。

たったの昨日、同じ時間に、同じ十代の部屋で見た、真っ赤な丸い夕陽を思い出す。
灼熱地獄。この上なく赤く、けれども見つめると白くなる。更に、眼球が傷つくのを承知の上で直視したらば途端に丸は黒くなった。それはいつしか本で見た、皆既日蝕のそれと似ていた。

レッド寮の錆びた手すりに身を委ねて、たゆたう海に広がる空を見つめる。握りしめた携帯電話に汗を感じた。まもなく初夏が近い。


『待て。夜用の多い日用と少ない日用と、昼用の多い日用と?』
「馬鹿、違うっつってんじゃん。夜用と昼用の二つで良い。二種類だよ、ニシュルイ」
『夜の多い日と昼の少ないの日のを買えば良いのか?普通の日のは要らないんだな?』

十代はたまに馬鹿なので、私の言葉を上手く飲み込まない時がある。その“たまに”が“今”である以上、苛立つ他が見つからない。

自分の股関に無造作にあてがわれたナプキン代わりのトイレットペーパーに経血が広がるのを感じる。如何せん、溜め込む事は私の性に合わない。

「要らないの、そうだよ!何度も言うように多い日用と少ない日用の二つでいいの、ねえわかった?とにかく何でも良いの」
『夜とかはいいんだな?』
「昼夜はこの際どうでも良い!早くして。それじゃ」
うん、分かった。
本当に分かったのだろうか…。内容の割にはやけに長い電話だった。

私は携帯電話を閉じる。電話は黒くて四角く、つやつやとしている。少し古い。十代とは色違いになっている。


そして夕暮れのじめついた暑さと、灼熱の夕陽を目の前にして尚、私は苛立つ。月経が来るとどうにも神経が過敏になって良くない。あああ苛々する。馬鹿しかいないんだきっと。なにしてんのよ早く戻って来いよアイツ。
貧乏揺すりを鎮める為に鉄柵を一蹴りすれば、ズゥーンウンウンという鈍い音が生じる。まるで子宮に響くようだ。
どいつもこいつも、ムカつくムカつくムカつく…。
子宮が縮む、また血が出る。八つ当たりをする癖は一生治らないのだろう。


私は十代を待った。空は深みを増してきている。頭が痛い。飛び降りてしまっても十代は落下速度に追いついてこれない。それってすごく無意味だ。


自制をする、気を落ち着かせる。先程の彼についてを心に反芻してみる。
電話の切り際、遠いけど大きな声で「あのー多い日用と少ない日用のナプキンが欲しいんですけどー」なんて言う声が聞こえた。愛は呆れを通り越す。恐らく彼は馬鹿だから、売店のお姉さんにでも訪ねたのだろう。可愛い、愛しい人。好きだ。

八つ当たりした為に起こった足裏と子宮に痛みを感じながらもその事を思い返し、少しばかりほくそ笑む。

そうしていつしか空は日没を終えている。



・・・





「遅くてごめんな。売店出るとき明日香とカイザーに足止め喰らったんだ。あいつら、セーリ用品買った俺見て変態呼ばわりするんだぜ。まあ俺も万丈目がコンドーム買ってたらウケるし笑っちまうけどよ。奴の使い道と言えば装着する練習しかないだろうな、はは。勿論、ただの想像だけど」
血ィ大丈夫だった?
口の端にミルクの跡をつけた十代は、まるで赤子の様だった。十代は布団に入る直前に、必ずホットミルクを飲む習慣がある。飲まなければ寝付きが悪いらしいのだ。

「ナプキンは、コンドームじゃない」
「あ…ごめん、そういうつもりじゃなかった。悪い」

やはり頭痛がする。この綺麗な陽の世界が私という脳を拒絶しているみたいに思う。全ての思考は落下してゆく。生理のせいだ。じゃないとしたら一切を救えない。

一枚の白のシーツに二人はくるまっている。私は白の下着一枚。これが一番寝やすい。十代は、同じく白いTシャツに黒のボクサーパンツという姿。私は白が好きなので彼にも白い服を身に着けるようかなり強く薦めていた。
白は何色にも染まれる、汚れのない証。十代には白が似合う、と私は考える。前に明日香も同意してくれた。
けれど十代自身としては、赤や黒といった、主張の強い色が好みの様だ。彼の口から聞いたわけではないが、見ていれば分かった。そしてこれも直接聞いたわけではないのだが、恐らく十代は白が嫌いである。

それでも私に気を使っているのか、寝間着は白で統一している。私と十代は寮もクラスも違うから、二人で過ごせるのはこういった週末、彼のルームメイトを追い出して無理やり作るこじつけの夜だけなのだ。

夜の十代は白くなる。恐らく私の為に。



十代は私のショーツに手をあてがい、自分の買ってきた生理用ナプキンが無事にそこにある事を確かめる。彼はすり寄って甘える。心地よさそうに眼を細め私の胸の香りをかぐ。私はそれをなるべくやんわりと押しのける。

「十代、ごめん、悪いけどまだ血が出てるし子宮が痛いの。それに、頭も痛いんだった。もう寝かせてくれる?ナプキンありがとう」
それじゃあおやすみなさい。簡単にまくし立てて目を閉じようとした。しかし目の端が眉をハの字にした十代を捉えてしまい、仕方なく瞼をこじ開ける事になる。
なんだよもう、愚図らないでよ。寝たいのよ私。

「…名無し、大丈夫?すごく痛いのか?俺、セーリになったことないから、分からないから…ごめん…。静かに寝て治るなら、そうして、俺に構わず寝てくれよ」

構わないでいれるはずがないというのに、そういった事を惜しげも恥じらいもなく平然と言ってのける。彼はこんなに透明だのに、どうして私の事を嫌いにならないの。私の人生においての最大の謎。ノアの舟、パンドラの箱。気分で使い走りにされ、理不尽に怒鳴られても大嫌いな服を着て、私と寝る前日はシーツを洗濯機にかけ石鹸でペニスを余すことなく念入りに洗い期待を胸に床に入ったかと思えばセーリとやらだからと冷たく押し返される。それでも文句ひとつ言わないでただ私の体調に気をかける、お前は一体なんなんだ。きっと明日にでも保健の先生のところへ走って、セーリについて学んでくるのだろう。

こういう関係になるまでは、十代がここまで一途で繊細な男だとは思ってもいなかった。明るくて熱血、追うより追われるほうというか、とにかく何にも捕らわれない真っ直ぐな人間という印象が強かった。そしてそれは確かに間違ってはいなかった。間違ってはいなかったが、それだけが正解というわけでも無かった。十代は孤独だから私を求める訳じゃない。だから私に突き放されたりしても、自分の感情に任せたりせずに、無条件に私を許す。彼は私を無限に愛しているのだ。だからこそ私達は成り立つのだと思う。

「…おいでよ。少しだけ」
私は腕を広げる。十代は少し躊躇った後に、するすると寄ってきてやがて私の胸に収まった。私は、私だけが彼の在り方を知っている。絹糸の様な髪の毛を一撫でして掬い月の光に晒す。細かく輝くそれは小さな宇宙だと思った。私は案外ロマンチストなのだ。

十代の健康的なブロンズ色の太ももが私の柔い脚に絡む。気まずい瞳が私を見上げる。十代の下半身は勃起をしていた。私は苦笑いを見せて、考える。
ごめん。彼は申し訳なさそうに言う。

「一人でするの?」
「しょうがない」

私は迷ったあげく、自分の両手をボクサーパンツに侵入させた。そろそろと、それはそれは優しく壊さぬように包んだ。十代は、ん゛、なんていう息を漏らす。

「出したいの?」
「…出したいの」

復唱を確認。両手のひらがその形状を確かめるようにペタペタとなぞったり握ったりする。睾丸や尻など彼の好きそうなところも時折触れた。



過ちだったのか。私はこの半年間、その事についてを絶え間なく考え続けていた。月が太陽を隠してしまう日蝕のまさにそれだった。私が月だなどとは随分とおこがましい話なのだが、 十代の在るべき姿を私という不純な存在が覆ってしまっているという点で、私達の関係は終わらない日蝕現象に例えられた。

日蝕は短い時しか見れないからこそ神秘的で良ろしい。それなのにどうだ、私はいくらたっても白く美しい十代というこの世界の光源から離れようとしないのだ。
二つの星は、癒着してしまっていた。
彼がそれで良いのなら、きっと良いのだろう。しかし私は、月ほど強くも美しくもなく、自尊や高貴さという概念すらない。私達の愛は盲目的で閉鎖的。私だって、それで構わない。だけど十代は…もっと輝ける場所があるのではないだろうか。

彼はいつか人生の分岐点に立ったとき、私を引き離してひとりで自転を続けてくれるだろうか。平行に真っ直ぐに、単調に、みんなと同じようにできるのだろうか。

彼のどんなに些細な才能も、私は余すことなく地球上に刻みつけてやりたいと思う。それは世界の為であり、私の望むことなのだ。




十代の呼吸は次第に間隔を狭めてゆく。さくらんぼの様な丸い唇が、あー…出る、と呟く。私は咄嗟に腕を延ばしてティッシュを掴み、そのまま上下運動を早める。十代の呼吸に合わせる。小さい呻き声。十代の息が落ち着く。粘着質の精子が出る。濃くて、量が多い。恐らく白い。私は精子が好きだ。
子宮が疼いて出血する。


・・・



はあー良かった。だなんて言って大の字に寝転がる彼を尻目にティッシュをくずかごに捨てる。便所で手を念入りに洗い、清潔なタオルでゆっくり拭き取る。潔癖な訳ではない。ついでにナプキンも取り替えた。
床に戻ると案の定、十代は寝息を立てて安らかに眠っていた。そっと布団に潜り込み、彼の、長く太い睫の下で蠢く眼球運動に思いを馳せる。


すべては十代が見せてくれる夢なんだと、私はそう考えるようになっていた。
太陽を直視したせいで黒の残像が瞳に焼き付き、それがまるで皆既日蝕を思わせるように私は虚像で、太陽の彼だけが本物だ。本当にそうだとしたら、少し悲しいけれど。結局私は、太陽を独り占めにしたいのだと思う。しかしどうこれ以上縛り付けらると言うのだろうか。

十代を腕の中に収めてみる。成長期の癖に細くて、それでも骨格はしっかりしているように感じる。脳天気な寝顔は純粋そのもの。こんなに透明な人がとても近い。私は思わず眩暈を覚える。


暖かい白と融合できたら一等良い。でなきゃ我が背中、陽光で爛れてしまうよ。虚像は狂ったみたいに白を掴んで離さないだろう。君が、手中にあるのに遠すぎなんだ。

すぐに夢なんか醒める。君はいつか、何事もなかったかのように、日蝕を終えてしまうのだろう。そして残像の私だけが取り残され半永久的に虚空を貪り続けるのだね。

私が望み、十代が己の意思で沢山の世界を見るようになったら、それが二人の結末だ。早熟な私はこれより上にはゆけない。

愛しい人のひたいを、瞼を触れる。太陽は常に灼熱を孕んでいた。とても赤い。ねえ、暖かい白と融合できたら一等良いよ。私達何故一つじゃないの。


     



090720
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