全体俺は名前のことなど愛してはいないのだ。

事後はいつも、ペットボトルのお茶を手渡された。俺はそれに少し口をつけると、残りは自分の部屋に持って帰る。レッド寮には自販機がないため、ひとつのペットボトル飲料すら貴重。

しかし、自分の寝床に戻り一息つくと、手にしているそのペットボトル飲料がなにか汚らわしいものに見えてくる。たちまち、不快感が俺を襲う。俺はペットボトルの中身をすべて便器にブチまける。彼女の唾液やその他の分泌液を啜った唇の痕跡が残るそのゴミは、部屋の隅に破棄される。いつも、そうなのだ。何度も何度も同じことを繰り返している。どうせ捨てるとわかっているのに、あの部屋にいる時、それはまだゴミではないし、ありがたい、愛しい贈り物であったはずなのに。

この、彼女を前にした時の高揚と、彼女の姿が見えない時の不快な落胆は、一体何故なのだろうかと、近頃考えあぐねていた。彼女のいない場では、俺は彼女を軽蔑しているし、生理的に嫌悪していた。

もちろん、会う前も憂鬱だ。約束の時間のギリギリまで、俺は部屋でもたもたとしていたいと思う。できれば会いたくなどない。でも、前回あった時に、約束をしている。行かなければならない。行ったら、きっとどうにかなる。その義務感にも似た感情から体を動かす。ブルー女子寮までの道のりを、道草食いながらもふらふらと行き、部屋のドアを二度、ノックする。名無しは一息おいて、ドアを開く。俺は彼女と目を交わす。するとどうだろう、今までの怠惰が嘘のように、俺は彼女に夢中になってしまうのです。昨夜にんにくを食べたからとかは関係ないのです。




知らない女





セックス、会ってすぐセックス。名無しを目の前にすると、俺はもう彼女とセックスすることしか考えられなくなる。服を剥ぎ、無理にキスして、獣のように覆い被さる。彼女は俺の体重の重さに小さな呻きをあげる。おざなりな前戯の後、勃起しっぱなしのペニスをぶっさして、すぐに射精。はい、終了。

萎えたペニスから避妊具を剥がし、ティッシュに包んでゴミ箱に投げた。たちまち、体にどっと疲れが押し寄せる。

「…あのさー。」
「何?」

可愛い可愛い名無しさんはいつもの通り、ペットボトルのお茶を渡してくれた。俺はそれをありがたく頂戴する。
名無しは、可愛い。めちゃくちゃ美人ではないけれど。スタイルも良いし。モデルほどではないにしろ。いい匂いもするし、柔らかいし、普通の女の子だ。いや、俺とセックスフレンドの時点で、普通じゃないかもしれないけど。

「俺さ、名無しのこと好きなんだけど、何か不満があるのかもしれない。」
「…それが?」
「え…いや、別にそれだけ。」
「そっか。」
「うん。」

…えー。なんか違うくね?全体俺すら彼女の何が悪いかなんてわからないけど、もっとこう、一緒に考えようとしてくれても良くね?
まーそれは今の俺が一方的に思ってるだけなのかもしれない。つまり後になって思い返せば、どうでもいいって思うのかも。いつも、絶対に会いたくねぇって思うし。いや、今は可愛い可愛い名無しさんを腕の中で抱いてるけど。鼻や瞼にキスを落としてるし本当に可愛いって思うけど。

「やべー名無しチョー可愛いし。なんなの?俺、何が不満なの?」
「いや…わたしに聞かれてもわかんない。」
「…ああー、確かに。それめちゃくちゃ正論でウケる。」
「うん。でもさ、どうでも良くない?付き合ってるわけじゃないし。」

うわー最悪だこの女死ねボケカス。俺はお前のこと今すげー好きだけど後になったらお前なんてゴミ以下の存在に成り下がるんだからな。調子のってんじゃねーーーーよクソアマ。すげー好きだけど。すげー可愛い。好きだ。

「名無しって性格悪いよねー。アハハ」
「えー?遊城くんの方が最悪だよー。」
「えー?言えてるー!」
「っていうか、」

彼女は真剣な顔をして、俺の腕の中から抜け出すと、下着を纏い始めた。

「私も多分遊城くんと同じこと感じてると思う。」
「…つまり?」
「遊城くんに不満があるはずなのに、会うとそうでもないんだよね。本当は遊城くんが帰った後、遊城くんのこと大嫌いだしもう来るなって思う。」
「うわー…。」

俺はペットボトルのお茶を持って、いつもの時間に部屋を去った。
名無しも俺と同じ感覚を感じていたのだ。今こうしてる間にも、彼女は俺との逢引を後悔しながらマンコをゴシゴシ洗っているってことだ。

なんつー嫌な女!!

自室に戻るとすぐに窓を開き、お〜いお茶のペットボトルを逆さまにした。セックス中にまんこに空気が入った時みたいなボボボボボっという変態的擬音を垂れ流しながらお〜いお茶は地面へ染み込んでいった。

とても憂鬱だった。この世の全てが嫌になりそう。
このお茶は名無しの子宮に違いない。先程彼女の中に注いだ己のものを、俺はきっと掻き出したい。掻き出して全部なかったことにしたいんだ。でもコンドームしてたんだけどね。なんつーか、無性に腹が立つんだよな、あいつのまんこでイッちゃった自分が。この気持ち何?恋してないの?俺。あんなにチンコ勃起したのに?

翌日、昼休みに翔に相談してみた。すると翔は呆れたふうにため息をついて、憐れむように俺をみた。

「アニキ、それはまずいっすよ。わからないかなぁ〜。それ、その子がどうとかじゃなくて、単純に性欲満たしたいだけっスよね」

「は?わかるように言ってくんね?」

「だからぁ、勃起するイコール相手のことが好きってなわけないじゃないっスか。アニキはその子の身体に恋してるだけでしょ」

「でも、セフレって言われて傷ついたんだよね、その時の俺。普通にショック」

「それ、その時だけでしょ?いっときの感情に惑わされない方がいいっスよ」

翔はそう言って俺の肩を優しく叩いてくれたが、何故か無性に腹が立った。言ってる意味もあんまりわからねーし。俺ってもしかしてバカなのかも。

一人でいても、みんなで騒いでいても、学内にいる以上、名無しの姿を目の端にとらえてしまう。その度に不愉快になります。次の金曜日が吐きそうになる。ていうかもう、行かなくてもいいのか。あいつも俺と同じ気持ちだったと言っていた。あいつも俺を欲してるわけじゃなかったわけだ、多分ね。

まだよくわからないので、ここは大人の意見を聞くべきだと判断した俺は、カイザーにも相談してみることにした。

図書室で小難しそうな本を読んでいるカイザーに声をかけると、心底嫌そうな顔をされた。

「何故俺がお前のセックス事情を相談されなきゃいけない?」

「先輩だろ?男だろ?カイザーってモテるだろ?」

「お前らは思春期の最中にあるから感情が性欲に左右されることもあるだろう。以上だ」

「それって結局俺はアイツを好きってことか?」

「どっちだっていい。どっちだろうと誰も死ぬわけではないので悩む必要もない」

は?!わけわかんないね!!お手上げだわ。もうカイザーに相談とかしねえわ。誰も死なないってなんだよ。こわっ。仏かよ〜。

「俺の意見に何か不満がありそうだな」

「あるね。何も解決しなかった。以上」

「そうか。ならもう帰れ。以上」

むかつくので俺はでかい足音立てて図書室を後にした。カイザーふざけんなと思いながら。そしたら廊下で名無しにバッタリと出くわした。俺と名無しは、あういうエッチな関係になってからは外ではまるで他人のように振る舞っている。お互いそうしようと言ったわけではない。名無しの部屋で会う時以外は嫌悪感で顔も見たくないからだ。でも、その前ってどうだったっけ?俺と名無しの、セックスする前って。

彼女は俺の横を通り過ぎていく。伏せた瞳が俺を一瞥して、冷たい光の線を残す。

やっぱ俺もお前のこと嫌いだわ、多分。


---


飯食って寝て起きてデュエルしてオナニーしてって繰り返してたらまた金曜日がやってきた。本当に憂鬱だし、本当に吐き気する。だから今日は絶対に行かないと決めた。もう行かなくてもいいんだ。そう思うと少し気が楽になる。気持ちが揺らがないように、誰かに言っておこうと思い、昼食をとりながら明日香に宣誓した。

「私、あなたのママじゃないのよ。巻き込まないでくれるかしら」

「実際、どう思う?あんな関係おかしいよな?俺このままじゃ自分の青春が腐りそうな気がしてる」

「まずね、あんたの分際で、愛とか恋とかってありえないわけ。あんた自分が人を愛せるような人間だと思ってるわけ?」

「…ひどくね?」

「真面目な話、16年しか生きてないあんたが、それの正しさなんて知らなくていいんじゃない」

「あー…じゃあ今夜は行かなくていいってこと?」

「それよりこないだ貸した2千円返してくれない?」


明日香に言われた言葉を脳内で反復横跳びしながら俺は夜を迎えた。だって本当に意味わからないもんな。すげー今嫌いでキモいのに、会ったら大好きで全てになっちまうんだもんな。俺本当に気が狂ってるのかと思ってたけど、名無しも同じなんだもんな。それって本当にわけがわかりません。だから俺は今夜、行かない。

久々に自分の寝床で過ごす金曜の夜、俺はそういう関係になる前の名無しとのことを思い出してみた。入学してわりと早い段階でこういう関係になった気がするけど。なんでだっけ?多分俺から声かけた。なんでだっけ?多分、優しそうだったから?は?優しそうだからってなんだよ。キショッ。そういえば最初、デートみたいなことしたかも。裏庭のクソつまんない花とか見て。そういえば名無しのことってあんまり知らなかったかも。俺も自分の話とかしないし。お互いよく知らないままめちゃくちゃセックスしてたんだな。

湿った匂いのする梅雨の夜、初めてきちんと彼女のことを考えた気がしたけど、あいつの身体とか膣のうねりを思い出してまた吐き気がした。


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翌週も、その次の週も、俺は名無しの部屋へ行かなかった。そうして俺たちの関係はなかったことになった。時間経ち過ぎて、他の女の子ともセックスしたりしてみちゃったりして、名無しの部屋の匂いとか、身体の触り心地とか、飲んでたお茶の嫌な感じとか、そういうのも全部忘れた。

俺は毎日デュエルして、みんなと楽しく過ごして、困難とかもあって、そうやって生きてて、その中に彼女はいない。すれ違ってももう、目も合わない。声も聞かない。忘れた。あいつの乳首の色とかも、唾液の匂いとかも、つけてる下着とかも、何も知らないし、興味も湧かない。

そうして、俺は自分の空洞に気がついた。

多分あれから365日くらい経ってる、梅雨臭い金曜の夜、俺は彼女の部屋の前に立って動けなくなった。中に男いたらどうする?とか、一年も経ってるのに執着してるのキモくね?とか考えるようになってしまいました。

俺、多分なんとなくわかった事があって、多分だけど俺がお前としたかったのはセックスとかじゃなかった気がする。でもセックスしかお前の知り方?わからなかったんだろうな。そのよくわかんない意味わかんない感情がキモかったんだと思うんだよね。俺本当はお前とパルコ行ったり、海の家で焼きそば食べたり、電車で鎌倉に行ったりとかしたかったんだと思うんだわ。
とりあえず、忘れていたお前の喘ぎ声が微かに聞こえてくるドアを、ボロボロになったブーツで蹴飛ばしてやった。
本当にお前は吐き気のする女だよ。




18.6.26
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