金の昼下がり。川面に揺蕩うふたりの命。ボートを漕ぐリズムに合わせて、遠くの時計塔がリンゴンと鐘を鳴らした。

間も無く初夏。春の陽気は次第に熱を増し、私達の季節を焦がして行く。いつも私は何かに追われるように生き急いでいた。拭えぬ焦燥によって滴る汗は、身体を蝕み、いつしか衰退して行くのだ。

十代は、いつの日も変わらず美しかった。あの島で初めて出会った時から、ずっと輝きを失わない。終わりのない永遠の恒星。イカロスのように、彼を手に入れようとすれば、忽ち燃え尽きてしまう私の肉体は、一定の距離を保ったまま、その一歩を踏み出せずにいた。

「何か面白い話をしてくれよ。」

オールを漕ぎながら、十代が言った。いきなり話題を振られたって、私のちっぽけな脳からは何も排出されないというのに。ようやく捻り出した「今朝焼いたクッキーを持ってきた話」は、ぎりぎり十代のお気に召したようで、ふたりでそれを摘まみながら、ゆらゆらと流れて行く景色を楽しんだ。

「大人になんかなりたくないぜ。」
十代がぽつりと漏らす。
「私は、君がずっと童心を忘れさえしなければ、いいと思うよ。」
「名無しはすっかり、大人みてえだ。」

私はその言葉に眉を下げた。大人になりたくないなんてそんな我儘、私には許されなかった。でも十代は特別。神様に愛されてるから、世界は君を守るでしょう。だから気づかなくていい、自分が純粋だという事実は、どうか地球の核に潜めていて欲しい。それだけが私の人生の中のただひとつの真実でいい。

「十代はまるで、少年アリスだね。」
「なんだあ?それ!」

けたけたと無垢に笑う十代に私は切なくなった。まもなくボートは終着点を迎える。緑の落ち葉が濁った水面に落とされた。クッキーは頬張り尽くされた。

今日という日を、私は決して忘れはしないだろう。私がまだ君に釣り会えて、君がまだ私の相手をしてくれて。でもいつしか、時は流れて、私達は別の道に割かれるのだろう。だってふたりは別々の生命体だから。

でも今日という素晴らしい一日があったのは、それを月日が妬んだとしても、私達の記憶が色褪せることなどないのだ。この輝かしい昼下がりの出来事も、辛辣な迎えも、私はまとめて受け入れたい。

だからあえて、私は言おう。純粋を失う前に、自らかなぐり捨てよう。

「十代、今夜、私を食べて。」

どうせ君は、私のことなんか、夏の終わりには忘れてしまうんでしょう。
汗ばむ体、老いゆき、輝きを失う命。どうか私を許してください。最後の黄金の昼下がりに。



all in the golden afternoon.

120704

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