今でも君のおかげで、愛というものがくだらないことのように思える。


 春 の 雷 雨


黄金の雨が降る暗闇に、おいしそうなお月様が浮かんでいる。色づいた煌びやかな星達は、闇の中に妖しく光っていた。いずれ、黒い雲が立ち込めて、なんにも見えなくなってしまったけれど。
十代は物憂げな様子で窓の外を見ながら、「お前を突き破りたい」と呟いた。

「俺、ゼウスの生まれ変わりかもしんねえし。」

「は、はあ。」

「おい、信じてないだろ?」

「うん・・・。」

「俺の気分で天気って変わっちゃうみたい。今日はお前を突き破りたいから雨だし。」

「それってどういう意味なの?」

こういうこと。ゆっくり捲きつかれた腕とその重みで、二人は重なった。
天井のシミの形なんて、もうハッキリと覚えてしまっているくらいに、その行為は連鎖的に日々を侵食していった。
十代にとってのこの行為?母なる胎内への帰還願望じゃないかと思う。
宗教の始まりは全て女神からで、そこから男性の神が生まれたように、十代はその事を自覚していて、だからこの学園を我が物顔で振舞っていても、結局は自分に欠落している母性というものを補おうとするのだ。

しかし彼に母親の話はタブーだ。家族について触れると、彼はあからさまな笑顔でそれを話す。極当たり前のことを、極当たり前に話しているのにそれはどこか虚偽で、笑顔は、狂気すら含んでいる気がした。無自覚に嘘をついている瞳。

「ゼウスの父親はクロノスって言うんだよ。」

「ええ。あの人が父親でいいの?」

「まあそれは別にどうでもいい。」

私のちっぽけな自己嫌悪と衣擦れの音は、全て黒い雨音に飲み込まれていった。
どんなに些細な仕草でさえ、この人だと過敏に反応してしまう。
満ち満ちた生命力と、かすれた精神力の狭間を行き来する彼の安息の地はきっと私じゃないのに。

「煙草くさい。」

「名無し、いいにおいする。」

「ねえ。」

「んう。」

「もうやめようよ、こんな事・・・。」

十代は聴こえないふりをして私の乳房を食んだ。
例えば初経を迎えた朝。処女を捨てた日の出来事とか。おじいちゃんの死んだ夜とか。
この世にひとつしか存在しないものを失くしたときの虚無感に似た何かを、十代は毎日毎日、私に与えてそれを忘れないようにしてくれる。
でもそれは永遠じゃないのだ。永遠に忘れないことなんてありはしないのだ。十代にしがみつかれるふりをして、しがみついてるのは私の方なの。だからきっと毎日が悲しくて寂しくて、それでいて幸せだったのだ。

「授業参観。」

「え?」

「授業参観のこと、楽しかったのに、思い出せないんだ。」

「昔の?」

「うん、俺何か、忘れちゃいけないことずっと忘れてる気がしてる。いつも、だから、でも、名無しにこうして抱きついてると、思い出せそうな気がするんだ。でも気がするだけで、全然、核心にはたどり着けない。重要な部分はいつもカーテンがかかってて見えないんだよ。」

十代は一気に捲くし立てるように言葉を吐くと、私を痛いくらいに抱きしめて、私の胸を涙で濡らした。
どうすることもできない私は多分、ある種の嫌悪感を抱いていたのだろう。私は十代にすがりつかれるような人間じゃないし、いつもすがりたいのは、弱者なのは私であるはずで、というよりかは、そうありたいと願っていた。
私は十代に幸せでいて欲しいとかそういう事はほとんど全く考えていなかったと思う。
だから今、私は彼を、抱きしめ返す事ができない。神様が完璧じゃないと知って、それを許す権利が誰にあったと言うのだろうか。私にはそれが理解できなかった。




あの雨の夜以来、十代は私を部屋に招かなくなった。それどころかお互い口もきかず、目もあわせずじまいでとうとう学園を卒業してしまったのだ。
あれから十代は何度も女の子をとっかえひっかえしたらしい。その中に彼の求める母性像にぴたりと当てはまる子は、一人でもいたのだろうか。彼の記憶の暗闇を明るく照らしてくれる子がいたとしたのなら、それはきっと奇跡に近い。だから私はそんな奇跡は信じない。

毎日、彼の魔法で生きて死んでを繰り返せば、いつかは喪失感を克服する事ができたのだろうか。
今日も彼は、私の知らない誰かの胸で眠っているのだろう。
彼にとっての私が、数多いコマの中のひとつだったとしても、ああ私は、あの言い知れぬまどろみの心地よさを、春の雷雨のように過ぎ去った日々を、けして忘れはしないだろう。

昇る太陽、切られた首。

12-06-29
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -