遊城十代を愛していた。根拠も無くただ好きだった。綽々と感傷に浸れるくらいに。

嗚呼、今はもう思い出したくも無いけれど。そうだね。彼の冠状動脈に取り入るのは案外容易かった。彼は寂しい星の王子で、常に人肌の柔らかさや温もりに飢えている人だったから。きっと冬の星に生まれたのだね、とよく話した。彼の淡紅色をしたベロはもう、私を嘗め回すことなんてないのに。

十代は今、己の心臓の岩床で、再び誰かが底に沈んで来る時を待っている。或いはもう誰かを選んでいるのかも知れない。どちらにしろ私にはもう関係がないけれど。

海辺の灯台の下、十代はギラギラと笑っていた。あてつけがましい程整った美しい肢体を見せびらかしながら、天国についての話をする彼に、私はすっかり夢中だった。或いは夢だったのだろう。


ふと、十代が蜻蛉(とんぼ)を追い掛ける無邪気な光景が思い返される。あの時は過ぎ去った。秋は狂おしい程に優しかった。







「偶に夢みたいに思う。変かな?」
「そんなことないさ。よっ、と!捕まえた!ほら見ろ、でけぇぞ、蜻蛉。」
「ふうん…。陽が暮れるし、早く寮に戻ろう。」
「お前が感じるならそれは多分本当に夢なんじゃねえの。」
「…え〜?」
「でも名無しが喜ぶなら、どうか夢が覚めませんようにってお祈りしててやるよ。ずっと。」
「はあ…?」
「ほら。蜻蛉。」
「濁さないでよ、気になるから。続けて。」
「何を…?」
「…。」







十代の、陽に当たると光る細い茶髪も柔く未成熟な体躯も渇いた唇さえも磨く必要のない原石だったという事実を、この世界中で私以外の誰が知っていたというのですか。
迫る世界が彼の、真実の魅力を殺してしまいそうで私はそれが怖かった。だからいつだって隔離したかったし幽閉だって本気で考えたのだ。
私はとうとう十代しか要らないのだと知ったとき、それは愛ではなく欲だということに気がついた。

「見て、名無し。」
そう言ってさくら貝を私の手に落とした彼は、すごく眩しかったのに。


気付いた時には既に、彼は宇宙の歌を唄ってくれなくなっていたし、動物の話も、自分とカードゲームについても語り聞かせてくれる事は無くなった。きっと彼は脱皮をした。


「私が十代を殺したと思う?」
私は十代に尋ねた。白い星が夏の大三角を描いた、飾られた夜だった。二人は海辺の桟橋に座り宙を仰いだ。それが十代との最後の夜だったと思う。

「そんなことねえよ。」
少し躊躇ったふうに呟く。
「うそでしょ。君は私を恨んでるんだ。嫌いになったのなら、もう私なんかほっとけば良いのに!」
「…そうかな。」
そのあやふやな言葉が痛くって、心臓に金属を埋め込まれたみたいな感覚になったのを覚えてる。
「本当は何を考えてるの?いつも、どこを見てるのよ?」
そういった言葉が彼を疎ませ傷つけるということにも気付けずに。盲目的だった。
「どこも、どこも見てないよ。どうして俺が何か考えてると思うんだ。」
「馬鹿のふりは意図したものでしょ?本当は、全部知ってるくせに。これは全て嘘なんじゃないの?」
「ふざけんな。」
彼は立ち上がる。
「…最近の十代はちっとも、年下と思えないや。」
「名無し、お前と出会ってから一年が経った。」
「…。」
「区切りだろう。」
「区切り。」
私は注意深く繰り返す。
「色々ありがとな。先輩」
私に背中を向けた彼は夜の冷たい影に溶けてなくなった。私は暫く泣いてから寮に戻り翌日の卒業式に備えて眠った。


暗い恋に始まりは無かった、最初から終わりだったから。



それからは世界が狭窄したみたいに感じている。社会にでても絞り取られたレンズの一点は間違いなく十代の心臓を見つめていたはずなのに。君のために死にでもすれば良かったの?


言い訳させていただけるのなら是非したい。これは自己充足的なものの類でなく、学園の男の子の中から私に適切だと感じた彼を選び抜いた訳でもなかった。これは間違いなく愛で、なにか運命的なものを感じさせる、大切な恋だった。私達は生まれながらに対で、私もきっと冬の星に生まれたのだとさえ思った。

先ほども言ったように、世界は十代の魅力を隠してしまう。それは確信に近かった。実際的にもそう思えた。
でもそれは真実でなく、本当の世界はもっと鋭利で、鈍い鉛を荒削りするようにしながら十代を研磨していったのだ。包み隠さずに、彼の全ての引き出しを開け放った。流れ出る岩漿さえ私を痛めつけた。

十代と私は対なんかじゃなかった。彼だけが世界に一つの太陽だったのだ。


私が彼のそんな孤独を語れる身分だったと思うの?十代の魅力が焼けた肌だなんてよく言えたものだったよ。

でも今でも私は、ちょっとだけそれを信じている。







島、昼過ぎ。海辺に佇む十代を見つけた。久々に見た彼の遠くを見つめる瞳は物憂げなもので、昔のような儚さを思い起こさせた。

光る雲が蒼穹を漂って、白いはずの太陽を随分と長い間隠してしまっている。

連れの足をも止めて、私は離れた場所から暫く十代を見ていた。私達がひとつだった数年前と比べれば大分体つきも変わっていたし逞しく見えた。そこにはもうあの少年の幻影すら見いだせなくなっていた。それについて私は安心なんかしなかった。
だって、身の程知らずの私にはいつだって後悔しか湧かないのだ。

「名無し?もう行くぞ。」
「うん、待って!亮。」

そのうちに、遠くの丘から十代の仲間達の明るい声がきこえてくる。そしてそれらは彼を暖かく取り囲み癒やすのだろう。或いは、幸福な別れを告げるのだ。

私にそれができなかったのは、きっと十代と同じ冬の星に生まれたからだと思う。


歩みをはじめた亮と私は腕を絡ませ校長先生に結婚の報告をしにいく。


ほら、どうせ明日は在るのだ。
私は確かに十代を愛していた。
叶うのならば消えて終いたい。




冬の星
111201
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