もし出来るのならば永遠に彼女の胸の内に存在していたい。圧死するのも訳はないだろうか。それなら幸福だ。幸せなまま死ねる。


「にゃん、にゃん」
ひだまりの下にて。彼女はでぶでぶと肥えた猫をさも愛おしそうに撫ぜている。猫はグルグルと喉を鳴らして彼女の膝でうっとりしている。さぞ気持ちかろう。俺はこの時、猫になりたいと思う。柔らかな股の上で美しい虚無を認識していたい。例えそれが彼女による一時の気紛れだったとしても俺は、嗚呼感じたことのない多幸感に溺れるだろう。その時だけはきっと、彼女の得体の知れぬ悲しみに触れられる気がするのだ。

世界の終わりがくると言った。でも俺は、それは既に通り過ぎた物なのではないかと思うのだ。

次に、名無しは白い壁の部屋でティーカップを啜っている。壁にはフェルメールの絵がある。本物ではないらしい。俺にはフェルメールが何なのか分からなかったので彼女に尋ねたのだが、俺はレッドで馬鹿だから教えても無駄だと言われた。俺が馬鹿だから。俺が馬鹿だからいつも彼女を悲しませてしまう。いつも落胆させてしまう。俺が馬鹿だから彼女を救えない。

全部俺が悪いから、俺は圧死したい。それか、猫か絵画になりたい。絵画になれるのならフェルメールになりたい。そしたら馬鹿でも名無しを悲しい気持ちにさせる事は無くなるだろう。

彼女はティーカップを置いた。青いティーカップの口を付けた部分から紅茶の滴が滑り落ちる。俺はその時、紅茶になりたいと思う。名無しは俺の髪の色は紅茶の色だと言った。そんな名無しには紅茶よりミルクが良く似合うと俺は言う。そしたら殴られそうになった。また名無しを失望させてしまった俺。

俺が将来もし紅茶になれたら名無しの体の何かしらの一部に留まりたい。尿になって排泄されるのは嫌だ。尿になって排泄されてしまったら下水道を通って海になってしまう。海になったら太陽に蒸発されて雨になってしまう。俺の記憶が間違っていなければ、それはサイクルだと名無しは言った気がする。間違っていなければ。

雨になるのは最も避けなければならない。名無しは太陽が何より一番好きなのだ。

「十代」
「なんだ?おかわりか?」
「違うわ」

彼女はいつも憂鬱そうにしている。全て俺が馬鹿なせいだと彼女は言う。雨の日は彼女は俺を殴る。

「十代の馬鹿」
「ごめん」
「君がそこまで愚かで鈍感だと脳に故障があるんじゃないかと心配してしまう」
「俺は病気じゃないよ」

多分俺が俺として生きてる事自体悪いのだ。と最近、足りない頭で考える。

「でも」
「なによ」
「でも、俺が考えてる事も名無しはきっと分かんないぜ」


日照り雨が降っている。名無しは震える指でティーカップを口に運んだ。その口が、世界はふたりのためにあると言ったのだ。それは俺が名無しの悲しみになる前の話だ。

俺の記憶が間違っていなければ、あの頃名無しは俺を愛していると言った気がする。俺は馬鹿なのでその言葉の意味こそ分からなかった。でもそれは確かに俺の唯一の幸福な記憶である。


sun shower memory
091021


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