十代は私の不浄を浄化してくれる存在だった。十代は私の知らない全てを知っていた。私は十代のために生まれてきたの。ある晩私はそう呟いた。
「当たり前だろ。この世界中の人間全てが、俺のために存在する」
私は少し寂しくなった。十代にとっての私が大勢の人間の内の一人だなんて悔しいと思った。
「でもお前は違うぜ。お前は特別なんだぜ」
その言葉は呪いだった。私の全ての幸せの原点であり、呪いだった。

「今日はどこへ行くの」
朝靄も晴れぬうちに十代は身支度を整えた。私はベッドの中で寒さに縮こまりながらも昨夜の十代から受けた愛撫の数々を反芻して満たされた気持ちになった。幸福だと勘違いしていた。私は幸せのド真ん中にいると信じてやまなかった。幸せすぎて、神を信仰し始めた。聖書のページを開くたびに、今でも十代を思い出す。
「明日香のところだよ」
十代は何の躊躇いもなくそう放った。瞳はあまりにも真っ直ぐで、純真すぎていた。その日十代は帰らなかった。

真実の恋愛に苦難の無いものなどありはしないと聞いた。私はそれを誠実に信じていた。その頃私はあまりにも素直だった。白くて、無防備だっただろう。世界の全部が綺麗に思えた。これから命がつきるまで、十代と一緒に生きていける。私は十代を愛しているから。

「結婚しようよ」
狭くて小汚い二人の部屋。使い倒したバスタオルで体を拭った。十代の体も拭いてあげる。十代の体は彫刻のように美しい。時々、こんなに素晴らしい生き物を本当に独り占めしていいのかと不安になった。けれど幸せな幸せな私には、とるに足らぬ問題だった。
十代は何も言わなかった。少し動きを止めて私を見下ろした後、コカコーラを口に含んだ。
その日十代は私を抱いてはくれなかった。そんな日もあるんだと思って私も眠りについた。
目を覚ますとそこに十代はいなかった。次の日も、その次の日もいなかった。


私の世界で十代が全てでした。私の十代が世界の全てでした。私は十代であり、十代は私でした。完璧な循環の輪なのです。何も狂った話などではないのです。全てが整列し、正しく整理されていました。でも十代はその中で、僅かな歪みを見つけたのでしょう。しかし私の全てが無くなった以上、私に高度な思考をする能力も残されていませんでした。食事も、睡眠も、必要ではありませんでした。


翌年、遊城十代と天上院明日香が婚約したと、丸藤翔の口から聞いたのは、病院のベッドの上でだった。


多分、私はその時、生きていた。ゴキブリのような生命力で、生きていた。肌は太陽の光を拒絶し、赤く爛れた。リンゴを齧ると血を吐いた。過去と現在が脳を困惑させた。思い出せるのは十代との幸せな日々だけだった。その記憶のせいで度々、閉鎖病棟の中でも自分は幸福だと錯覚を起こした。生暖かい余韻に浸って朽ちていく、それが人の人生なんだと、妙に納得した。
間近に春。何がいけなかったのか考える。修正して正そう。何度も繰り返した。しかし失われた核は、私の人間としての尊重や生命の光を培っていたそれは、もう私の中には無く、それを理解しようとすれば、思考は暖かい春の日々に戻る訳で、。

視界が鮮烈になった日。十代は赤い服で、やってきた。光は彼の味方をする。いつでも正義は彼が持っている。私には何も無い。私は何も持ってはいなかった。十代があまりにも特別なせいで、勘違いしていた。綺麗なのは十代だった。世界は十代の物で、彫刻なのは十代だった。私は十代ではないし、十代は私ではなかった。私は十代の、何にもなれなかった。

十代は一輪の白い薔薇を抱えていた。似合わないそれに笑みを零しそうになったが、その背後で彼にしがみつく、彼と似た顔をした、ブロンドの子どもの、瞳が、私には、あまりにも、現実が、

謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい謝りなさい跪いて私の足を嘗めて許しを乞いなさい私が一番だと言うのよさあ言って頂戴わかるでしょ!!!!

「許さない」
十代の薔薇をグシャグシャになるまでへし折った。貧相な指で花弁を引き裂き、十代に投げつけた。子どもは脅えた瞳で私を見た。何でこうも、上手くいかなかったのだろう。どこらへんまで落ちれば、また浮遊できるだろう。あれは罪だったのだろうか。これは罰だったのだろうか。神様などいなかった。いたとしたら私を幸せにしてくれたはずだ。そうだ思い出した、神様は、十代だった。




「お前は何もわかってなかったんだよ。お前が俺を傷つけたんだよ。悪いのはお前なんだよ。俺とお前が結婚とか恋愛とかそういう低俗な関係で解決されて堪るか。お前は俺で、俺はお前なんだよ。わかってるだろ。そう言ったのはお前だろ。教えてくれただろ。全部が俺とお前のためにあったんだろ。今も同じさ。俺は何も変っちゃいない。変わっちゃったのはお前のほうだよ、名無し。間違ってるのはお前だ、謝るべきなのは、お前なんだよ。愛しているよ。」

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