春期休業の図書室。本特有の独特な匂いが室内に漂う。その部屋の片隅で私は、彼の放つ甘酸っぱい芳香を見つけ出した。部屋の奥まった角のカウンターの席で、十代は肘をついて本を読み耽っている。

休み中の図書室に人の気は無い。閑散とした室内に、私の尊い愛が一匹。そっと、彼の空間に近づけば、包まれる匂いに気が狂いそうになる。実際的な意味で香りがすると云う訳ではない。十代の存在する場所の空気が既に、私にとって甘い匂いのする、苦しいように胸が焦がれるような、愛しくてたまらない空間なのだった。十代が存在すると云うだけで、たちまちその場に薔薇が咲いたり、キリストの十字架や、千手観音像の優しい面影などが見て取れた。

カウンター席からは海が見下ろせる。この島の海は美しい。ついでに、海にはしゃぐ十代は最も素敵だ。きつきつとした新鮮な肌に、潮水が紅く弱い斑点を描く。足の、股関節から踝にかけての曲線なんか堪らない。彫刻なんかよりも遥かに秀でた腰のくびれや胸板、特に脇だ。彼の柔らか且つ繊細な、蜂蜜の肌の部位でも至高なのがその脇。そこの僅かな毛から滴る海水はまるで果実酒のように甘い香りを放つ。私は夏を、海辺の彼を思い返す度に胸に十字を突き刺されたかのように苦しくなる。ああ、愛しているのだ。

「何を読んでいるの。」

私がソッと肩を叩くと、十代はピクと体を震わせ、ああビックリした、名無しか、と放った。
「名無しじゃイケないの?」
「ちげー。誰もこないと思ってたから、超びびったぜ。」
「あら、これは、…。」

十代の開いていた大判の本は、江戸時代に流行した春画を紹介しているものだった。解説よりも十代は、写真に釘付けだったようだ。昼間にこっそり一人で隠れていた理由はこれかと、私は妙に安心した。

「なんだよ、見るなー。」
「何言ってるのよ、コレなんかすごいじゃない、こんなに股を開いてしまって股関節がどうにかなってるわよ。」
「……気持ち悪くねぇ?」
同意を求めたニュアンスの発言だったので、もちろん私は首を横に振った。

「いいじゃない。いいじゃないの。十代はこういうのが好きなの?」

「ああ、いや、好きっていうか、そのぉ。え、普通こういうこと聞くか?」
「質問を質問で返されちゃ困るわよ。何がイイの?熟女が好きなの?」
「そんなんじゃねぇよ。」

艶やかな頬を淡く染める十代が、とてつもなくいじらしく思える。なんて彼は、こうも人を魅せる能力に秀でているのだろう。その肌に、春の陽気に濡れた潤しい首に、触れたいのをぐっと堪えた。

「黒い髪が好き?白すぎない肌と、肉感的でいて、美しい線の女が好き?西洋臭くない、鈍のような女に惹かれる?」
私が、適当に見繕った見当をまくし立て上げると、それがなんとも図星だったらしく、十代はその大判の古本をバタンと閉じて、口を真一文字に締めて拗ねたような態度をとった。それの愛らしいことに、私の胸は苦しく焦がれる。この男はなんて、自然に狡猾なんだろう!

「今見てた絵なんか、ソックリじゃないの。」
「似てねぇよ、お前には似てない。」
「あら?誰も私にソックリだとは言ってませんけど?」

私が勝ち誇ったふうにきゃらきゃらと笑えば、十代は一層頬と隠れた耳を紅に染めて、恥ずかしがった態度をとった。


「見せてあげる。」

昼の平和な海や葉桜の木々が、暖かそうな春風にすやすやと揺すられている。室内は相変わらず閑散とし、2人以外の生命は存在しないように思えた。

私の開けた胸に、十代は食い入るように、丸い眼をして固まっている。まるで私が十代の、首筋や腰や脇に見惚れるみたいに。

「触りなさいよ。いいよ十代なら、私十代だけよ、こんなことしてあげるの。」

腕が伸びる。少し筋張った細い指が肌に触れた瞬間、彼の灼熱を持った温度を知る。

世界で一番美しい少年が私の首筋から胸にかけてなぞるように撫でる。ああよかった、あの子のように、西洋人くさい程肌が白くなくってよかった、あの子とは違う黒い瞳でよかった、あの子のように胸が豊満でなくてよかった、ああ、よかった、救われた、幸福だわ、愛だわ。




 ふ
 た
のり



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