今朝の目覚めは、何故だか心地の良いものだった。あの人に逢えなくなってからの私の毎日は、ただ寂しく平坦で、窓辺で育てる鉢植えのほんの少しの喜びと、彼からの連絡が一度もこない悲しみで構成された、静かでなにもない生活だった。

それでもたまに、訳も分からないくらい無性に苦しくなる日もあり、そんな夜は彼の愛を狂おしい程に思い出して泣きじゃくった。

 沈黙の鉢植えに水をやってからポストを覗くと、一通の手紙がぽつんと届いていた。私の胸はどきんと高鳴ったが、しかし、それはほんの束の間で、その手紙が自分の差し出したものだと気付くと、胸の高鳴りは瞬時に静まった。
 あの人には届かなかった。便りの無いのは元気な証拠、であれば良いのだけれども、ただ、届かない手紙というのは本当に侘びしい、侘びしいものだ。それでも何だか、舞い戻った手紙がおかしくて微笑んでしまう。あの人はそういう人だって、知っていたのに。


 正午過ぎに窓辺の鉢植えを覗くと、濡れた緑の蕾が出ていた。今朝、気付かなかったのだろうか。確かに近頃、ベッドルームは日当たりが良かった。
私は春の近いのを知る。春、桜、海、あの人と、十代と初めて出逢った季節。春に生まれ、春に知り、春に泣いて春に笑った。十代の存在自体が私にとって春だった。もしかしたら周囲にとっても、そうだったかも知れない。十代の周りは暖かく幸せだった。あんなに優しい時を私は知らない。これは罪なんではないのかと思わせる程に、あそこは愛に満ち満ちていた。

 私はなんとなく、写真立てを手に取った。シンプルなフレームの中に、私達は笑っている。今でも目を瞑れば恋しくなる、波風の音と潮のにおい、退屈な授業、校舎裏、遠くに見える火山、秘密の浜辺。ああ、確かに私達はそこで愛し合っていた!あの青春時代のときめきと純情、彼は私のすべてを包んでくれていた。若い、青い果実。傷つけるばかりの私を笑って愛した男。懐かしき学園生活。今なら正直にありのままの優しさで、私も君みたいに君を愛せただろう。
あの季節は過ぎた。


 午後の太陽は次第に傾き、徐徐に落陽となってゆくだろう。それが自然の摂理であり、私達人間の毎日であり、極当たり前のことなのだ。
決別の涙が若葉に落ちた。きっともう、彼と逢うことは一生無い。これから先永遠に、この命尽きても永遠に、あの罪深きひだまりに触れることは無いのだ。 二人が異なる未来を選んだわけでも、一時の偽りの愛の錯覚だったわけでも無い。ただ彼はあまりにも才能に溢れた人間で、彼は沢山の世界を見て、沢山の事を知る必要があった。私はそうでは無かった。ただそれだけだった。

 これからも同じ月と太陽の下で生きていける。それぞれ別々の人と生きていく。彼は悲しみと愛しさ以外にも、誰かの全てを許し包むことを確かに導き残してくれた。

 彼の愛は、私が死んでも幸福にあり続ける。それだけで私は、彼の愛の名の下、誰かを包むことができるだろう。
彼は確かに私の全てを包んでくれている。それは来世もその次もずっとずっと太陽が死んで地球が滅んで宇宙が終わっても尚続く。


それでももしも、もしもいつか逢えるような事があったなら、その時は、



ああ確かに、君は影ひとつ無いひだまりだったよ。



ひだまりの詩

100203
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