しとしと雨が降っていた。放課後、校舎の昇降口に人はいない。午後の、四時頃になるだろうか。ひたすら待っている。あの人が来るの知ってるから。

あの人を初めて見た時から、私の陰りの世界は明るく照らされた。彼こそが神様なのだと確信した。彼のいる場所は全て光になる。

「十代先輩!」

先輩が来た、一人だ。今しかない。どうせ死ぬなら彼のせいで死にたい。すくっと立ち上がると、先輩は目の前で立ち止まって、私を真っ直ぐに見つめた。

「何だ?」

先輩は小首を傾げる。やだ、行かないで、なんて言えない。もうすぐ先輩はどこか遠くへ行ってしまう。好きなの、好き、愛してるの、大好き。言ってしまえばいい、全て言ってしまえ、神の御前で嘘をつくなんてできるはずがないのだから。

さあ、私の罪を全て彼に許してもらうのだ。彼の洗礼を受けて、光の中に取り込まれよう。

「せんぱ・・・あの私知ってると思うけどオベリスクブルーの名無しです」
「お、明日香といつもいるよな。何?」
「もうすぐ卒業ですよね」
「そうかあ?まだまだ時間あるけど」

目の前の人は向日葵のような笑顔を私に向けてくれる。ああ懺悔!

「好きなんです」
「先輩のこと、ずっと」
「神様みたい」
「と思ってた」

は、あ、息が。詰まりそう。今私は罪を明かし、信じることを告白した。膝が震えた。

雨は止まず、外は既に暗かった。先輩は傘も持たずにどうやって寮に帰るのだろう、ということを考えた。あ、沈黙。ガラス戸に打ち付けられる雫の音。隙間風の音。雨の日特有の泥臭い匂い。土に汚れる床のタイル。誰かの足跡。

「わりぃ、俺ホモなんだ」

「っえ?」

キュ、と私の靴音が玄関ホールに響いた。先輩が同性愛者?そんなのずるすぎ。そんなの・・・素敵すぎる。やっぱりこの人が、創造主なのだ。

「気持ち悪いか?それでも俺が好き?」
「そんなの関係ありません、だってむしろ・・・素敵です」

先輩はまた笑う。ここは陽だまりだ。

「キスしてやろうか?」

今日が私の命日。確信しよう、今日が私の命日だ。生まれながらに無数の精子を殺し、生きるために生物を殺し、嘘をつき、憎み、哀れみ、全てを愛の名の下に、許しを請います。

先輩の柔らかい唇と舌と息と頬と指と手のひらと首と髪と歯と目と睫毛と産毛と鼻と漏れる声と匂いと感触と弾力と感覚と神経と血管と唾液と涙とが全部私のものになった。それはつかの間だったけど、確かにその時、全てが私の物だった。

「っは」

短く呼吸をすると、先輩の唾液がじゅる、といった。


「よく分かったな。俺が神様だってこと」

雨音という静寂の中、すっかり闇を受けた空の下に、先輩は帰っていった。大変なものを知ってしまったような、強烈な恍惚を抱いて、私は暫くその場に立ち尽くした。

やっぱり、傘は差さないんだ。神様だから。

彼のみことばを忘れないよう、一度死んでから、生まれる決意をしよう。空は重い、暗く、汚れている。浄化の雨。何て神神しいのか。



−jesus garden− 100104

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