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私の兄は伊達政宗という。
教科書には登場しないが、そこそこメジャーな戦国乱世の武将だ。
誰も彼もが天下を狙ったかの時代、伊達政宗もまた例に漏れず、天下統一を夢見た。
彼が結局どうなったのかは知らないが、天下を取れなかったことだけは知っている。教科書に載らないということは、そういう事なのだということも。

私の名前は伊達小次郎。
いたって普通の、しがない女子高校生だった私は、何の因果か、彼の弟として生を受けることとなった。
人生を断たれたきっかけは、些細な交通事故、いや、強盗致死だろうか。
バイクに乗った人物に鞄をひったくられたのだが、紐が腕に絡まり引きずられて電柱にぶつかって死んだ。はずだ。
曖昧なのは、そう思った次の瞬間には着物を着た女性に抱き上げられ、大丈夫ですか竺丸様、と声をかけられていたからだ。
今までの、竺丸として生きてきた自分の記憶が蘇る。その日は驚いて泣き喚き、家の者に多大な迷惑をかけたが、数日もすれば状況を受け入れた。
泣いたってどうにもならないと気付いたのだ。

私は別段歴史には詳しくない。教科書で習う程度、テレビで聞く程度のごく一般的な教養しか身についていない。また、それほど歴史に興味を持っていたわけでもなかった。
しかし、それでも教育係にああだこうだと教養や兵法や武術を叩き込まれれば、ここは前世とは違う、異世界の戦国時代なのだと誰もが理解できるだろう。
特に顕著だったのは婆娑羅という単語だった。何かの特殊能力らしいものが存在するせいか、この世界は婆娑羅年といった年の数え方をしている。
そこで私は過去に教わった歴史の記憶を封印した。全く役に立つ事がないのを理解したからだ。
それにだ。私は今、伊達の二男としてこの世に生を受けた。ならば、それを生きる他あるまい。
そうして生きてきたおおよそ二十年、多少のごたごたはあったものの、穏やかに生きてきたつもりであった。
兄が母と私の命を天秤にかけ、母を取ったのを知るまでは。

ああ、あの兄の憎悪の目は本当に恐ろしかった。

そんなことを思いながらふと気が付くと、私はまた誰ぞの腕に抱かれている。おや、と思い辺りを見回すと、なかなかの立派なお屋敷。
既視感に逸る気持ちをどうにか押さえつけて抱く人の顔を見た。
父だ。
伊達輝宗。死ぬ前に何度か顔を合わせたことのある、記憶の中では威厳に満ちた表情しかない男。
だが、どうだろう。ふっくらしている私の小さな手を見る限り、どうやら再三生まれ直したらしい私を抱いている男の顔は、記憶の中のそれとはまったく違い、締まりのない笑みを浮かべていた。
擦り切れた記憶にとどまっていた、懐かしい車のエンジン音を耳にして、懐かしい現代を思い出す。それと同時に哀しみが襲った。私は私として戻ってこれなかったのだと。

証拠に、ほら、幼い少年が駆けてくる。

「おやじ! それが、おれの弟か!?」

兄の両目が輝くのを認めて、私は神を呪わずにいられなかった。