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別に義信がどうのというわけではない。
家督が欲しいわけではないし、名を残そうという思いもない。いつかは義信の家臣となり、彼を支えて行くのだと常々思って居た。武田の家が人並みに大切だったのだ。

家督は嫡男に譲られる。
それが最も一般的で、絶対的な概念だった。だからこそそれ以外の可能性を何一つ考えていなかった。
武田は基本、血気盛んで勝ち気で短気だ。父や他の兄達は、その本質と隠せる知恵を持っている。だが隠していただけだ。だからこそ短気な兄上は、五男坊を排除しにかかっている。いや、今までよくも我慢したと言っても良いだろう。
つまりはあの時こそが、我慢の限界だったのだ。

俺が名前に乗り移ってからそう時間は経っていない。
死の淵から目覚め、3日と経たぬうちに忍びを派遣してくるという事は、眠っていた間も幾度となく、忍びを差し向けられていたに違いなかった。自分が今生きているのは、犬達が働いたためなのだろう。それは褒めてやるべきだ。だがこの時代において、面目を潰すという事が如何なることなのか、今まで生きてきてわからぬわけもあるまい。
何人もを斬っているとはいえど、完全な潔白を黒として斬ったのは初めてだった。それも、俺にとっての初めての殺しが、だ。気分が良いわけがない。
あの場に部外者がいなかった事だけが救いだが、失態をいつまでも隠し通せるとは思えない。
ああ、それもこれも全て兄上のせいだ。俺を毒殺なんてしようとするから。そういうことにしよう。そうやって割り切れるものではないけれど、そうすればほんの少しだけは気持ちが楽になるのだから。
今や毒の侵入経路などどうでも良い。毒を盛った下手人を、この目で拝まねば。あの子は良い子だったに違いないのだ。息をつく。責任を感じる。何かをしてやりたかった。

そう、それからこの顔に泥を塗った我が犬達への処罰を考えなければ。奴らは給金で働いているわけではない。確かに金を与えてはいるが、それは所謂経費というやつだ。それを少なくしては、我が身に危険が及ぶ可能性が高くなる。褒美と称して稀に反物や趣向品を与えはしたが、それは本当に気まぐれだった。記憶を探っても、犬達の願いは足らぬ装備の補充や強化のための、金銭の要求くらいしかない。他にくれてやったのは、この拳やら蹴りやら刀傷ばかりだ。やはりクビにするとか首を刎ねるとか、そういう罰くらいしか思い当たらない。子飼いの犬は少数で、穴が開くのはいい事とは言えない。心の中で地団駄を踏んだ。張り手や折檻で済ますには事が重過ぎるのだ。

「命令に忠実でいれば良いものを」

駄犬どもめ!



使えない犬達と違って、金はシンプルで信頼できる力だ。忠誠心が薄く、資金難にある家臣を金で叩けば簡単に情報を漏らす。だが、例え自分の命を狙う兄の家臣であっても、忠誠心のない男が、武田に与しているというのが許せない。カネの入った箱を手に立ち上がろうとする男に待ったをかける。欲で目が眩んだ奴らの、何と御し易いことだろう。近付く奴の足をすかさず短刀で切り付け、喚き散らすそれに血のついた短刀を投げる。

「今ここで腹を切れ。武田の敵に成りたくは無かろう」

最後のチャンスだ。家を守る為の。武田の家臣として死ぬ事を赦すと、そう言っているのを、果たして目の前の馬鹿は理解できるだろうか。目の前の男に価値はなく、けれどこれで潔く死ぬのならば少しは評価をましにしてやろうと思う。
犬達ができないことは自分でやらねばならない。ああ本当に使えない。耳に聞く、他国の有能な家臣達が羨ましい。
喚く男は一向に刀を手に取らず、しっかりと箱を抱いている。なんて野郎だ。虫唾が走る。息を吐き、投げた短刀を拾い上げる。近付けば後退りをする彼、立ち上がろうとするがうまくいかない。当たり前だ。腱を切ってやったのだから。

「お前の答え、よく分かった。家を取り潰してやる。武田の敵としてな」

奴の顎に蹴りを入れ、床へと転がる男に飛びかかる。奴が手放した箱からは小判が飛び散るが、そんなものには目もくれず、短刀を振り上げる。

「例え兄上の臣下であろうと、忠誠心なき者は武田には要らぬ!」

短刀を振り下ろす。どう、と鈍い音がした。悲鳴が上がる。気にするものか。人払いは完璧で、この声が聞こえるような場所に人はいない。いや、居たとしても構わない。武田の若君は暴君として有名だ。多少悲鳴が聞こえたとしても、誰も気に留めやしないだろうから。
短刀を引き抜く。服が勢いよく赤く染まっていく。もう一回、胸目掛けて短刀を突き刺す。引き抜く。刺す。
何度か繰り返し、ふっと息を吐き出して、赤い着物の男を見れば、目を見開いたまま事切れていた。まだ濡れて居ない袴の裾で短刀を拭い、鞘に収める。一仕事終えた気分で肩に手を当てて首を回し、散らばった小判をもとあった木箱へと集めて仕舞う。これで人を殺すのは三人目だ。こんな短いスパンで人を殺しているということは、これからどんどん数が増えていくに違いない。ああ、嫌だな。

死体の処理は、さて、どうしようか。






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