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兄が父を討とうと計画している。
その情報を父へ報せるべきか、否か。
いや、父ならば既に知っていてもおかしくはない。そも、史実では兄は父に敗北するのだ。自分がそれに首を突っ込んでなんとする。だが報せなければ、後日叱言を貰うのも目に見える。
嗚呼、勝手にやってくれ。それに俺を巻き込まないで。
時は戦国世は乱世、名だたる家に生まれた定めが、それを良しとしないのだろうが。
外庭の木に降りる鳥が囀る。なんて穏やかなひと時。この命を狙わんとする輩さえいなければもっと良い。ついていた肘をずらして体勢を崩す。先程まで首があった空間が斬られた。そのまま両手を軸に足を回す。見たことのない動きに戸惑ったのか、黒装束が足を取られて盛大に転ぶ。その遠心力を利用して立ち上がるが、直ぐに転んだ男へ覆い被さった。頭の上を残影が走る。そのまま男と半回転、煌めく銀線が男の背を撫で、血を流させた。絶命する男を蹴り飛ばしてもう半回転、腕の横の空間に振り下ろされる刀の切っ先。肩口と腕を使って跳ね起き、体の向きを無理に変え、そのままに渾身の左拳を叩き込む。ぼっと鈍い音が耳に届いた。その人物は苦しげな動作をするが、口布が邪魔をしているようだ。血を吐いたか。
この二人の他に、刺客はいないようである。

「介錯してやろうか」

口布が張り付いて最早息もできないようだ。ばかなやつ。取り落としていた刀を拾い、彼の前に立つ。すっと喉にあててやり、勢いよく横へ引いた。自分に降りかかる血、そして周囲に飛び散る中速飛沫の血痕が、部屋をより物騒にする。倒れる男の首にもう一度刃を当て、首を切る。俺は介錯をしてやる、と言ったのだ。
外庭の木から烏が飛び立っていった。

「ド下手クソが」

どいつもこいつも、忍びとは言い難い野郎どもだ。
隠れるのが下手すぎる。うちの犬の方がまだましな隠れ方をするのではないだろうか。そんなど素人、暗殺に不向きな奴らを嗾けてくるのは、兄が無能だからなのか、もしくはこれも作戦のうちか。
それよりもだ。そんなことよりも。

「駄犬どもッ」

数秒して外庭に集まる5匹の犬、こいつらの始末をどうつけてくれよう。

「一体何をしていた」

目の前に姿を現わすなと言った。犯人を追えという命令も与えてある。だが、それとこれとは話の次元が違う。
やつらは飼っている犬だ。我が身を守る為の盾、手足たる従者、遠くを見聞きする為の忍び。それが全く、何の役にも立っていない。最近は更に腑抜けたと感じる。いや、今までに倒れた記憶なんてないから、余程の動揺があったのだろうし、心労だっていつもの数倍なのだろう。労わりたい、と思う。まだ褒めてやってもない。けれど口から出るのはいつもの罵倒だ。最近の失敗続きで、彼らも心なし表情が重いように見える。

「少しは身になる事をしていたんだろうな?」

血まみれのままだが部屋の外、縁側にしゃがみ、そう言ってやれば、5人ともが、ばっと顔を上げる。そして、慌てて頭を下げるのだ。よく、甘やかしてやるとこういう反応をする。人間に耳も尾もないのだけれど、あればさぞわかりやすい反応を示しただろう。少しだけそれを想像し、すぐに空想を取りやめた。本物の犬ならいいが、犬耳の野郎どもは流石に絵面が悪かった。

「俺が寝ている間、よくこの身体を守った。それは褒めてやる。戦の関係以外で倒れたのも初めてだからな、心配もかけたろう。だがなァ、最近の働きはクソだ。俺が起きて安心か、腑抜け。俺が撃退してちゃ番犬置く意味ねえだろうが。この鼠の出所はわかる。あの烏、どこのだ」

主人の言葉に一喜一憂する犬達の、全く違う仕草ながら全く同じ感情を表しているのが面白かった。褒めると言えば嬉しげにし、謝れば焦ったような仕草をする。叱れば意気消沈し、仕事を与えればまた喜ぶ。
一番前の男がほんの少し頭を上げる。許可する、話せ。そう言えばまた深々と頭を下げ、声を張り上げて答えた。

「真田の次男坊です」
「……真田ァ?」
「独断で名前様を観察しているようです」

予期しない答えだった。兄上が仕向けた暗殺者の、監督役かと思ったいたのだけれど。そうか、真田。真田かあ。確かに忍者といえば伊賀、甲賀、真田、のようなところがあった。真田十勇士、有名だ。映画や小説、漫画のモチーフにだってよく使われている。武田信玄と真田幸村が同時に存在する異世界だ。実在しない、架空のキャラクターが生きている可能性もあるはずだ。
真田。我が父の臣下。いわゆる部下だ。跡目争いをする上司の子供たち、どちらかが未来の上司になるのだから、観察しにくるのも最もか。

「……今、お前らを構う時じゃないな」

腰を下ろし、胡座をかく。膝を叩いて5人を見渡せば、伸ばしていた背をさらにぴんと伸ばし、すっと首を垂れる。この光景は気持ちがいい。この首は俺の好きにしてもいいという、忠誠心の具現化だ。手元に煙草なんか置いていないが、あれば吸っていただろう。誰だってこういうのは好きだろう。
しかし血が乾き始めて皮膚が引き攣る感触がある。そろそろ遊ぶのも終わりの頃合いだ。これが終わったら湯でも張らせるか。

「兄上の動きを、父上はご存知か」
「はい。兄君を廃嫡するとの話が出ております」
「そうか」

この判断がどういう意味になるのか、妥当かどうかわからない。暗殺の謀反を企てたというのであれば、この時代、命を取られてもおかしくはないだろう。けれど廃嫡という判断になったのは、己の息子だからか、まだ計画の段階だったからか。真意を推し量る事もできない。自分と父は、同じ屋根の下に暮らしているとは言えど、顔を合わせることは少ないのだ。朝の挨拶だって対面して行う事はほとんど無く、身の入った会話をすることはそれ以上に稀だ。更に上をいくのは兄弟との交流だが、これは他の一族には当てはまらないのかもしれない。若君の記憶も、大河の記憶も、そういうシーンをすぐには思い出せない。うちは、家族仲が悪いのかもしれなかった。
さて、本題だ。父上の事よりも、出した課題を見てやらねばならない。

「毒を盛った輩を連れて来い」
「承知」




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