苗字が珍しく顔をしかめた。 「……うわ」 それは嫌そうに言葉を漏らし、さっとアタシの後ろに移動する。 目の前にいるのはアタシらの上司。金髪を靡かせて流暢な日本語を喋っている。 「山田くん、俺こいつ嫌い」 「嫌いとは言うなあ、苗字」 ぎりりと歯ぎしりが聞こえる。苗字が後ろに隠れているために表情は見えないが、良い表情でないことは確かだろう。 アタシもこいつが特別好きだというわけではない。だが嫌いかと問われてもはっきりと嫌いだとは言えないのだ。つまり、有り体にいえば、面倒臭い。 「お前はよく働くから、オレは好きなんだが」 「……好いてもらわなくても結構です!」 ちらりと苗字の顔を覗けば、ぎりぎりと歯ぎしりを隠すことなく全面に押し出した表情。 こういった顔は本当に珍しいと思うけれど、奴がなんの反応も示さないということは、つまり、奴と対面するときはたいていこういった表情をだしているのだ。 山田くんも何か言ってやってよ、なんて言われるが無視だ。そもそもアタシは山田くんなんて名前じゃあない。意趣返しだ、ざまあみろ。 それに、上司といさかいとかはしたくない。アタシが困るからだ。 ぶん、頭の上で風を切る音と、なにか鈍い嫌な音。恐る恐る見上げてみれば、苗字の拳が奴の顔面にめり込んでいた。 「エンジェルくんはさっさと死ねば良いんだ!」 そして逃走。おいおいおいおい、良いのかそれで! 仮にもこいつは上司だぞ、上司の顔を殴って逃走なんてしていいのか。 「はっは、オレはまだ死なん!」 しかし顔を少しばかり赤くしながら、奴もまたからからとにこやかに笑っていた。 「お、おい……良いのか、殴られっぱなしで……?」 「ああ、いつものことだ。あれの可愛い愛情表現じゃないか!」 ポジティブにも程があるだろ。 ← |