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ガツン、硬質な音がして振り返れば、地を殴ったらしい名前がふうと息を吐いたところだった。
勢いが強すぎたのか、コンクリートで固められたはずの地面は彼の拳からひびが走っており、篭手がわりにもなるそれを使用しているとはいえ、元々攻撃専門であるナックルダスターはやはり衝撃をそのまま拳に伝えてしまうらしい。少量めり込んだそれを引き抜いたときにぼたぼたと血液が伝い落ちた。

「……やり過ぎだ」

荒い呼吸を繰り返しながら、それはぎろりとこちらを睨んだ。まだ興奮状態にあるが、睨まれるだけなのだから、それも徐々に鎮火して来ている様子である。

「悪魔になら何しても許されるでしょ」

日頃の鬱憤を悪魔にぶつけるその戦闘法は、確かに彼の唯一のストレス解消法なのだが、それではいつか必ず大きな反撃を受ける。
現に彼は傷だらけだった。特に今回は首についた魔障のあとが酷いようで、くっきりと悪魔の手形に爛れてシャツの首元が赤く染まっている。あれ、これやばいんじゃねーの。

「名前、ほらこっち来い。応急処置してやっから」

渋々といった体で立ち上がり、ゆらゆらと覚束ない足取りでこちらへ向かう。
おいおい、貧血起こしてんじゃねーか!

「たっくこのバカ! 悪魔相手に感情剥き出しにしてどうすんだ! 付け入られて弱み握られたら終わりなんだぞ!」

応急処置といえど、魔障に市販の傷薬をかけるわけにもいかず、仕方なしに聖水で湿らせた包帯を巻くだけに留まった。
小さなうめき声が上がるが無視して作業を続ける。
この酷い爛れだから、厳密には塩水である聖水は堪えるだろうとは思いもしたが、生憎このための薬も道具も用意なぞしていない。そもそもこんな怪我は想定外だったのだ。

「それに毎回、悪魔と会話すんなっつってんだろーが。お前は基本も熟せねーのか?」
「……すいません」

素直に非を認めるだけまだ扱いやすいが、それも俺相手だからの態度だ。これが俺でなければ今にも殴り掛かってきただろう。周りから厄介だと言われる所以はこの性格にある。
普段は猫をうまく被っているのだが、皮を剥いだら中身は得体の知れない獰猛な獣だからだ。
それに周りから聞いた話に寄れば、今のところ、これを飼い馴らせているのは俺だけらしい。嫌煙されるわけである。

「まあ、お前が特殊な体質だから良いものの……対処法は無数なんだぞ、わかってんのか?」

そして、これは特殊だった。悪魔の憑依を許さない体質なのだ。例えどれだけの高位の悪魔でも乗っ取れないらしい。あのサタンでさえもだ。
実際乗っ取られたことはなく、それは偶然なのかもしれないが、とにかくそう言われているのだ。
そういえば悪魔落ちもしないのだと誰かが言っていた。どれだけ悪魔らしいことをしても、悪魔にはなれないと。
そうしてそのことをこれはきっちり理解していて、だからこそストレス発散に無茶苦茶な戦闘法をごり押しする。

「……悪魔に体乗っ取られないんだから、いいじゃないですか、好きにしても」

むっすりとした表情をつくり、視線はこちらを向こうとしない。図体ばっかりでかくなりやがって、まだまだ中身は複雑なお年頃なのだ。

「あのな、お前が良くても周りが良くねえんだ。わかるだろ」
「……もしそれで俺が死んだって、俺は構わないし、騎士團だって痛くも痒くも、」
「何言ってんだ。死ぬのは俺かもしれんだろーが」

勢いよくこちらを向くものだから、うっかり包帯が傷口を擦り、かつ首が締まったらしい。痛みで上がる叫び声は、しかし気管が締まっていて声にはならず、悶える。

「ゲホッ……なん、で、獅郎さんが死ななきゃならないんすか!」
「弱み握られるってのはそーゆーことだ。お前、俺に弱いのは自覚してんだろ。俺が引き合いに出されたらなにもできねーんじゃねーか?」
「……う、ぐ」

何も言い返せないのか、それはぐっと押し黙った。おとなしくなったのを良いことにさっさと、首周りの処置を終え、他所の大きな傷に作業の手を移すことにした。しかし、首以上の傷も、それほど酷いといった傷は無い。

「わかったら今度から基本ぐらい熟せ、良いな」
「……はい」

不本意そうにそれは頷き、すっかり意気消沈してしまったそれの頭を、俺は撫でてやることにした。