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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

鬼が嗤う。けたけたと嗤っている。
鬼自体はさほど強くはなかった。
けれど、胡蝶の毒を使っても、頸をはねても、鬼はこちらをずっと嘲笑っていた。
言っていたのはこれか、と思う。
なまえ。人間が溜められていた穴から引きずり出した子ども。それがもたらした情報の一つ。女を見てはならない。
胡蝶もあまりうまい説明ではなかった。だが、実感すればしっかりと理解できる。
女を見てはならない。なるほど、女は本体ではない。
胡蝶が動くのを感じる。それに合わせて自分も動く。胡蝶の技を見る。邪魔にならぬ型を使う。鬼の銅と腕を斬り払った。胡蝶の日輪刀が鬼の額に突き刺さる。
だが、鬼は嗤う。死なない。本体はどこだ。
連れてきた隊士たちに指示を出そうにも、血鬼術にやられて動けない。
一人死人を出してしまった。もう一人は重傷だ。
これはなまえの言う、聞いてはならないに該当した。この鬼の血鬼術は、胡蝶曰く、催眠のようなもの、だ。
条件に当てはまると、術にかかる。その条件が何かはわからない。鬼の言葉なのだということだけだ。それしかわからないが、俺はすでに条件に当てはまってしまっているのだそうで。だから耳に栓をされているわけだが。
他の隊士達はどうなのかわからない。なまえも言及したのは俺だけだった。だが、隊士のほぼ全てが鬼の支配下にあるのなら、胡蝶も条件に当てはまりそうなものだが。

ふと、鬼が笑うのをやめた。
胡蝶も動きを止める。鬼が元に戻ってしまった。回復が早い。
胡蝶と鬼が見ている方向に目をやった。
夜に浮かぶぼんやりとした白いもの。
なまえだった。一瞬幽霊かと思った。
その腕には、あの胴体を抱いている。口が動いているのを見るに、何か子守唄を歌っているのだろう。
子守唄。なまえの抱く胴は、さながら大きな赤ん坊のようだ。そう言えば胡蝶は言っていなかったか。頸は子に有るのだ、と。
素早く鬼の頸を斬る。踏み込んだ足をばねに、なまえの方に走った。
胡蝶は他に何を言っていた。子に関する事が多かった気がする。
なまえの抱く胴を奪い、半分に割った。どぱん、断面から虫が溢れて雪崩れた。ちょっと詰まりすぎじゃないのか。気持ちが悪い。
その虫の中から、半分の胎児が二つ、ごろりとまろび出た。うぞうぞと蠢く虫の上に、半分に割れた胎児が転がる。さらに外側には、半分に割られた女の胴体。
この胴体が桃だったなら、嫗がうっかり斬ってしまった、生まれ損ねた桃太郎、というところだろうか。
その胎児の二つの首と胴を切り離す。
背後を見れば、鬼がこちらに手を伸ばして、何かを叫んでいるのが見える。
視線を戻した。意に反して、何も起こらない。これが鬼の本体だと思ったんだが、違ったか。なまえを見る。彼女がゆっくりと、口を動かした。

はら。

心臓が跳ねる。嫌な汗が噴き出した。なぜだかはわからない。
胴を抱いていないなまえを見る。寝巻きのまま出てきたのか、裸足だった。胸から下は赤く染まっている。あの穴の中に入ったのは容易に想像できる。ぱたぱたとまだ血が滴っていた。
なまえが横を通り過ぎた。それを視線で追いかける。女が胡蝶の首を掴み、ぐいと宙に持ち上げていた。日輪刀が足元に落ちている。
はら、はらだと。はら。
胡蝶の言葉を思い出す。胡蝶がなまえから聞いたという情報は、彼女の中で纏められていはしたが、元々ひどく乱雑だったらしく、彼女を通しても理解が難しかった。彼女の言葉の中にあった、本来なら言祝ぐべき事象も、悍ましい悪意の血にまみれてしまっては、ただ気味の悪いものとなっていた。
はら。腹……いや、胎だ。臨月、母、子、胎児、母胎回帰、赤ん坊、子守唄、揺り籠。二人の女性隊士の一人は胴だけになったが、ずっと抱えられていた。もう一人のなまえはまだ生きている。なぜか。
男達はあの穴の中か、もしくは食われたに決まっている。池の中に女の遺体が転がっていたのは見たから知っている。なぜ彼女らだったのか。なまえは今夜、と言っていた。臨月、臨月だ。ゆりかごと、鬼。あの鬼の女はさほど強くない。なのに頸を斬っても生きている。本体は別に在る。それはいい、誰にでもわかる事だ。本体はどこだ。安全な場所でなければならない。胴の隊士が囮なら、考えられるのは。
なまえは、はらと。
地を蹴った。今夜が勝負というのなら。己の考えが間違っていれば、自分は鬼殺隊には居られなくなる。だが、これがもし正解であれば。
もう一度鬼の頸をはねる。胡蝶の身体が、鬼の頭とともに地面に落ちるが、構ってはいられない。頭を鞠のように遠くへ蹴飛ばす。頭を再生するのは他より時間がかかるだろう。
胡蝶の日輪刀を拾った。刺突に向くのはこちらだ。なまえを見る。彼女は微笑み、小さく両手を広げてみせた。

「……すまない!」

精一杯の大声で一言。その柔らかな下腹部に日輪刀を押し込む。
手に嫌な感触が伝わる。止まりそうになるのを歯を食いしばって耐えた。押し込め。胎の奥にいる悪意の塊を、斬らねば。
震える手に、自分より小さな手が重なる。彼女の意志が、自由になったのを皮膚で感じた。ず、と刃が彼女の腹に沈んでいく。
もう一つの手が耳に触れる。栓を抜かれた。女の金切り声が片耳に飛び込んでくる。それと共に、苦しむ少女の息もする。

「み、ず、ばしら、さま、あと、すこし、おく、に」

ず、ず、と生きた人間の腹に、刀が沈んでいくのが、恐ろしかった。腹。少女の腹から、こもった怨嗟の念が漏れ聞こえた。


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