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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

「主文──」

あ、死刑じゃない。
瞬きをした。落としていた視線を上げる。
死刑を言い渡す時は、その重圧から逃れたい心理状況から、主文を後回しにするのだとどこかで見聞きしたことがある。
この俺が、死刑じゃない? 無期懲役かもしれないって? いったい誰が、何を思って。
裁判官席をゆっくりと見る。初老にさしかかっている裁判長、白髪混じりの裁判官たち。揃いも揃って、腑抜けと阿呆ばかり。
凶悪な事件だったはずだ。俺自身ですらそう思う。検察側からの求刑は当然死刑。国選弁護人はなんとか死刑だけは回避しようとしていたから、これは検察側の敗北で、俺たちの勝利だだ。上告は必至だろう。だけど、裁定がそう簡単に変わるとも思えない。一審判決が、二審で覆ることはほとんどないのだと弁護士も言っていた。有罪が無罪になるよりはずっと確率は高いだろうが。
無期懲役か。永遠に塀の中というのも、なんだか面倒な気がする。いっそ死刑の方がいい。もっと傲慢不遜に振舞うべきだったか。大人しくしすぎたかもしれない。弁護士からの要請は、反省の意を示す態度でいることだったから、そうしてはいるけれど。この弁護士が嫌な奴だったら、俺の態度はきっと悪かった。
背後で喚き散らす声がする。被害者遺族だろう。何を言っているか定かじゃないが、どんな言葉が吐き出されているのか推測するのは簡単だ。遺族なのだから。遺された家族だ。俺が憎くないわけがない。静粛に。裁判長の声が降る。静粛に。ハッ、馬鹿を言うな。最も憎むべき野郎が目の前にいて、そいつが望んだ刑に課されないのだから、泣き、怒り、喚くのは当然だろう。俺の殺した人間を愛した人間たち。振り返りたい気持ちを必死に抑える。いや、振り返ってもいいのではないだろうか。どうせ上告されるのだ。
ちらと視線をやった。遺影を持った、男が見える。女が見える。老若男女。あれはきっと記者だ。ああ、あれは俺を逮捕した警察官。手錠さえかかっていなければ、手を振って微笑んでやりたいくらいだった。
申し訳ないという表情を作る。頭を下げる。ふざけるな、怒鳴り声がする。だよなあ、俺も思う。ふざけてはないけど、頭を下げるくらいなら最初からやるなって話だ。
俺が今罪に問われているのは二件の犯罪だ。初犯の死体をバラしたやつと、逮捕のきっかけになった最後の殺人未遂。
初めのはほんの些細なものだ。できそうだからやっただけ。よく言われる、カッとなってやったとか、そんな感じだ。ありきたりな動機。いや、動機にすらなってない。誰かを殺したかった。誰でも良かった。よく聞くだろう。反省はしている、後悔はしていない。丁度よく通りかかったのがそいつだっただけ。後から聞けば、そいつはジム通いをしていたサラリーマンで、よく殺せたもんだと俺は俺に感心した。誰でもいいから殺したかったんだ。別に反撃されて死んでも良かった。
そこからはもう、殺人に躊躇いはない。一度殺せば、その線引きは無くなる。一度課金したら課金に躊躇がなくなるのと全く同じだ。殺しも課金も同じなんだ。薬もそう。一度やれば、あとは坂を転がって下るだけ。
最後のはちょっと失敗した。女子高校生を殺そうとした。殺せた思ったんだ。だから死後硬直が解けるのを待って、いつものように解体しようとしたのだけど、殺しきれてなかった。気付いた時にはもうそいつは逃げ出していて、それで俺はお縄ってわけ。
もし次があったら、きちんと指差し確認しておこうと思う。息の根、ヨシ! てな。
ま、余罪はたんまりとあるけど、口は割ってないから、俺が殺した他の奴らは、きっと多くの行方不明者の中に埋もれてしまっているんだろう。俺は知らない。警察が掴んでないなら、別に言ってやることもない。
どうせ俺は、塀の中から出られやしないのだから。




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