×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

「蠱毒、というものは知っているだろう」

珍しく男から喋ったと思ったら、突飛な話題だった。

「俺様が知らねえと思うか?」
「ハ、だろうな」

鼻で笑われる。なんだ。喧嘩なら買うぞ。
目の前の男は、普段顔を隠す布をしている。その男が素顔を晒しているのは稀だった。本当に、今日は珍しい。
燭台の火の中で、その男は丁寧に他人の牙を磨いている。鬼退治のための、毒蛇の世話だ。

「お前が知りたがっている男の話を少ししてやろうと思った」
「機嫌が良いのか? 珍しい」
「いや、悪い」
「……あの派手なドンパチは両成敗で手を打ってもらったじゃねえか。いや、両成敗じゃねえな。あれは煉獄の方が罰が多めだった」
「煉獄は柱だろう、当たり前だ。……最近は気に食わん事ばかり起こる。烏も一羽だめになった。娘を傷物にされたのもそうだ。友もまた一人死んだ。お前が仕事をしなかったのも許していない」
「謝っただろ!」
「謝罪を受けるのと許すのは別だ」

少し前の話だというのに、まだ根に持っているのか。確かに、こいつの可愛がっている子どもにうっかり傷を負わせてしまったのは申し訳ないと思うが、それが発覚した時は、気絶するまで追いかけ回されたし、起きた時は嫁達に泣かれるほど酷い怪我を負わされていたというのに、まだ許されていないとは。
お前も子を成せばわかると言われた。いやその子お前の子じゃねえだろ。また鼻で笑われる。表情が豊かになったな。人を馬鹿にする表情だけが。
男が可愛がっているという子どもは何人かいて、その一人と煉獄の一件が、まあ、直近のものと言えるだろう。
その隊士と炎柱のぶつかり稽古、もとい喧嘩は、蝶屋敷の一角で起こった。

「青年、俺は君が嫌いだ!」

と突如発された言が、事の発端であるらしい。
いきなり何をと思うのだが、聞けばその言が突然の大声だったからそう思えたというだけで、その前から会話はしていたようである。
そして、その返答がまた大声だった。

「うわ、奇遇ですね! 俺もお前が嫌いです!」

お察しである。
その青年の階級は甲であり、中々の鬼の討伐数であるだけに、柱達との交流も少なからず、ある。
敬語はあまり得意ではなく、結構柱相手にも砕けた物言いをするのだ。
煉獄はそれを気にするような男ではないが、まあ、色々あるんだろう。

「青年! 君、そう言うところだぞ! 武器をしまいなさい、隊士同士の戦闘はご法度だ!」
「何言ってんすか、稽古ですよ! 早く真剣を抜いてください!」
「ハッハッハ! よし分かった!」

という流れであったそうである。結局、蝶屋敷だった事もあり、胡蝶に話が行ってしまい、散々説教された後、煉獄はお館様にも少しばかりお叱りを受けたようだった。
一応稽古であると双方主張していたので、それ以上の大ごとにはならなかったが。いや、お館様にまで話が行ったのだから十分な大ごとではあるけれども。
さておき、その青年こと男の可愛がっている子どもの事が、俺は知りたいと思っているのである。

その青年は、明るく、元気よく、喧しい。勇ましくもあり、愛嬌もあり。普段からよく笑い、阿呆のようでいて、案外冷静で頭が回る。周囲を遍く照らすお天道様の申し子のようだと、多くの人間が彼を評した。
全集中の呼吸はできないけれども、それを補う武術を修め、その身一つで鬼と渡り合うのだそうだ。身の丈も六尺を超えて大きく、鍛え抜かれている。時折呼吸の型のようなものを叫びながら、鬼を相手に殴りこんでいるらしい愉快な男でもある。
彼が親友と呼ぶ男は、褒められた性格でないことも調査済みだが、そんな男でさえ、彼の傍にいれば、痘痕も笑窪、その性格は愛されるものへと変わり、愛嬌が覗いた。
滅の字が掲げられた隊服を着て、夜を駆け、血にまみれて尚、その明るさに翳りが出ることはない。
それが、その青年である。はずだった。
自分が見たのは、そんな愛らしいものではない。
鬼三体を相手に圧倒したその力でもない。
そのうちの二体の鬼の首を手に、もう一体の胸に片足を乗せ、喉を貫いている男の姿だ。
その長めの髪を掴まれて為すすべのない鬼達はしきりに怨嗟の言葉を吐いていたが、掴む男は意に介さない。首を落とされているにも関わらず、鬼が消滅していないのは、その男の持つ刀が日輪刀でないからに他ならなかった。
青年が鬼に語りかける。決して人に聞かせるようなものではなかった。周囲に人が居ないからと判断したから、日頃の鬱憤を吐き出すように、彼は言葉を零したのだ。耳の良い自分でなければ聞こえなかったであろう言。

「……マジ、斬首か日干しだけってのは、殺しがいがねえよな」

ざく、とまた喉を刀が貫く。鬼が悲鳴をあげるものの、音は出ず、血を吐くだけだ。血で溺れて苦しいだろうに、死ぬ事が出来ない。

「人間急所は多いんだ。喉もそうだし、ほら、心臓、肺……」

ざくり、ざくりと鬼の身体を容易く貫いていく。的確に、正確に、言葉で示した臓器を、だ。

「太い血管をやっても死んじまう。出血多量でな、確か体に流れる血液の……だいたい四分の一だったか。人間平均が凡そ四リットルだ、たった一リットル出ただけでダメになるんだよ」

お前らはもう、それ以上出てるだろうけど、と彼は続けた。

「火傷もそうだ。皮膚の……どれくらいだったかな。全体三十パーセント……くらいから影響が出る。皮膚で、だ。だったら脳はと思わねえか。脳はな、身体の機能を司ってるから、勿論壊せば死ぬ。確実にな。脳死なんていう例外はあるが、あれはまた別だ。臓器移植なんてものも、適合したっつったって、結局薬がなくちゃあ上手く機能しない。輸血だって型が違えば死ぬし、血液にほんの少し空気が入っても死ぬ。脆くて弱い生き物なんだぜ、精密なんだ。少し壊れただけで死に行く生き物なんだ、俺たち。お前らみたいに、刻んでもまた生えてこねえし、焼いても元には戻らねえ。だけどお前らも生きてんだから、死ぬだろう。生きている限り、平等に死は訪れる。死にたくないなら、生きるのをやめなきゃならねえ。哲学だろ」

話している間、その手が止まることはなかった。首を斬られた鬼達の身体は、動かないように固定されているか、炭のように黒焦げに焼かれて、元に戻るまでに相当の時間がかかりそうだ。だからといって、首からなんとか再生しようとするたび、男が素早く首から下を斬り飛ばしている。もう一体の方は既に再生を諦め、呪詛をひたすら零していた。

「誰が言ってたっけな。生きているのなら、神様だって殺してみせる。……神様が殺せるなら、鬼なんて簡単だろ、なあ。食物連鎖の頂点にようこそ、なんて言われて舞い上がってよ。気分はどうだ、格下に身体で遊ばれる気分は?」

そう言いながら、鬼の首をようやく刎ね、しかし、鬼が消えることはない。刀を血払いすることなく、三体目の首も二体を掴む方と同じ手に加えると、朝日が出るまで男は延々、それ以上喋る事なく歩き回った。
その日から、興味を覚えて調べはじめたのだ。そうして行き着いたのが、この旧い友人であったわけで。

「あれは、我々の中では最もたちの悪い男でな。先程も言ったろう。蠱毒だ。あれは、それを身の内でやっている」
「……毒虫を食ってんのか!?」
「毒を食むようなわかりやすい話だったなら、お前もここには来ないだろうが。説明した所で、お前には理解できまい。それでもわかりやすく言うとしたら、蠱毒、なんだ」

馬鹿にされている。思い切り馬鹿にされている。野郎。

「くそ! もういい!」
「癇癪は子どもの特権だ」
「お前な!」
「宇髄。やめておけ。覗くな」

そいつは磨き終えた武器の一つをこちらに投げて寄越す。

「それをやろう。ほれ、機嫌を直せ。もう一つ外つ国の言葉も教えてやる」
「子供扱い!」
「馬鹿を言え。子どもにそんな物騒な物はやらん」

丹念に研かれ、藤の花の毒をしっかりと塗り込められた対鬼用の短刀だった。普通の刃物だが、蟲柱の胡蝶を思えば、効果は期待できるだろう。

「で? 外つ国の言葉ってのは? 派手なもんなんだろうな」
「言葉に派手もクソもない」
「言葉の装飾だろ、無視しろよな」
「……『怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。』ニーチェ、哲学者の言葉だ」

これ以上はやめておけ、という忠告だった。本当に珍しい。にいちぇ、か。覚え辛い名前だ。




prev next
back