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「#幼馴染」のBL小説を読む
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ちょこまかと動き回る鬼だった。素早く、ずる賢い。
前に一度、似た血鬼術を使う鬼と戦ったことがある。
三人に分裂し、壁や地面に潜っていた。彼らは皆同じものから分かたれたのだろう、三人とも、全く同じにおいだった。
今回の鬼も同じだ。どの鬼も全く同じにおいがする。
今までも鬼を倒せて来た。今回は善逸も伊之助もいる。だから、大丈夫だ。絶対に倒せる。大丈夫。大丈夫、だけど。だけど。

「数が……数が多い!」

分裂している数が多すぎて、どこもかしこも鬼の臭いだらけだった。これではどこにいるのか分かったものではない。
今までの経験で、少しは臭いに頼らなくても鬼の攻撃を躱すことも、それに合わせて型を繰り出す事もできる。でも、どれも頸を斬るまでには至らない。頸を斬らねば鬼は死なないし、無数にいる鬼の数も一向に減らない。数が多すぎて捌き切れなかった攻撃が細かい傷を増やし、じわじわと体力を削っていく。目の前の鬼に気を取られていると、横や後ろからから攻撃が来るのだ。なんとかそれを躱しても、別のところから攻撃される。呼吸を整える隙もない。
皆も、だいぶ苦戦しているみたいだった。善逸も、伊之助も、禰豆子も。
禰豆子。
禰豆子は俺たちの中で一番ぼろぼろだった。鬼同士、というのもあるんだろう。俺たちと違って、禰豆子は鬼だ。多少の傷を負っても治るから、防御するよりは躱す事の方が多いし、武器だって持っていない。仲間のはずの同族がなぜ、と、あたりも強い。その身一つで戦っているのだから、ぼろぼろになるのは当然だとも言える。ああ禰豆子、ごめんな。兄ちゃんが鬼の頸を斬れないばっかりに。お前をそんなぼろぼろにしてしまって。

「──禰豆子!」

鬼の蹴りが禰豆子に当たった。後方に吹き飛び、木の幹に激突する。迫る鬼をなんとか薙ぎ払って、禰豆子の元へ走った。
走るけれど、それも邪魔されてしまう。走る先にまた鬼が現れ、それをどうにかしようとすれば、もう別の鬼が禰豆子へ攻撃している。鬼が、多すぎる。
禰豆子は強い。強いけれど、強いけれど!

「邪魔、をっ、するなっ!」

禰豆子は俺の妹なのだ。妹が痛い思いをするのも、勿論傷が付くのだって、そんなことをされて良い思いをする兄なんていない。
漸く一体鬼の首を斬った。だけど煙のように消えてしまう。いつものようにいかない。そうだろう。たぶん、この多くいる鬼は、分身した方の鬼を斬ってもだめなのだ。
ぎゃ、と遠方から声が聞こえた。そちらを見れば、伊之助が地面に叩きつけられている。それを助けようとして駆け出そうとした善逸は、脚を鬼に齧り付かれた。甲高い悲鳴が上がる。助けてえ、なんて余裕があるのかないのかわからない叫び声だった。気を取られた俺も、爪に羽織を破かれた。丈夫な隊服が無ければ、きっと腕をやられていた。
どん、別の場所から轟音が上がる。それに続いて、ざあっと強い風が吹き抜けていく。

「もう大丈夫!」

鬼が次々と煙になって消えていった。
別に風圧でやられたとかではなく、普通に殴られて首が跳んでいったのだ。
拳一つで、鬼の首が。
禰豆子が初めて鬼の首を蹴飛ばした時は、心臓が飛び出るほど驚いたけれど、あれは鬼という存在をあまり認識していなかったし、あの時の驚きは、まだ鬼と人の区別がきちんと付いていなかったからでもある。
その時と似た衝撃だった。

「俺が来た!」

その拳の人は、そのまま俺の前を通って、善逸の脚に噛み付いた鬼の顎を、まるで紙を破くように両の腕で引き裂いた。それもまた、煙のように消えていく。
その人は木々の隙間から漏れる僅かな月の光の下でも、太陽のように輝いているみたいで。その人はにっと明るい笑顔を俺たちに見せた。
俺たちの周りにいたはずの無数の鬼は、ごっそりと数を減らしていた。

そこからはその人の独壇場だった。怪我だらけの俺たちを庇いながら、その人も多くの傷を負いはしていたけれど、俺たちができなかった鬼の数を、みるみると減らしていったのだ。その身一つで。
その人の姿から目が離せなくなっていた。
視界の端で、疲れ果ててしまったのか、禰豆子が桐の箱に入っていったのが見えて、箱を引き寄せた時以外は、ずっとその人の戦いを見ていた。
すごい。
もう鬼の数が数えられるくらいにまで減っている。本当にあっという間だった。
また一人、その人の手で消される。
その無数の鬼は、首を切らなくても良いようだった。だからその人も日輪刀を振ってはいないのだろう。
だけど、最後の一人になったらどうなのだろう。やはり、本物の鬼は首を斬らなければいけないのじゃないだろうか。
その人の腰には革の袋が下げられていて、がちゃがちゃといろんな道具がお互いにぶつかって音を立てているけれど、それ以外に道具は見つからない。腰に刀は見当たらない。
日輪刀を佩いていない。
着ているのは隊服だった。背中には滅の字が白抜きされている。これが隊服でないわけがないから、彼も鬼殺隊士なのはわかる。でも、それならなぜ。
そのうちに、鬼の分身が全ていなくなったようだった。
鬼の顔が青褪めている。まさかあの数の全てを、一人の男が素手で蹴散らすなんて思っていなかったのだ。そしてきっと、あれが本体。
その人は腰袋から金槌を取り出した。頭の片方に釘抜きの爪がついたものだ。
今までと同じように、素早い動きで鬼を殴った。その金槌で。痛い。つい俺も顔を歪めてしまった。ごしゃ、と嫌な音が耳に残る。
善逸は既に気絶している。彼は耳の良い男だから、本当に気絶していて良かったと思う。
俺でも嫌な音だと思うんだ。善逸はきっと、もっと嫌な音を鮮明に聞いてしまうだろう。
伊之助は、あの人が現れてから一言も喋らない。どこか、怯えたようなにおいがしていた。
鬼を殴っていた音が止まった。どうやら鬼が気絶したようで。倒れていた鬼に馬乗りになっていたその人は、腰袋から新たなものを取り出した。
月光に照らされて輝くのは。
その、
細かな牙のついた、

「ま、ま、待って下さい!」

のこぎりだ。
間違いない。のこぎりだ。
まさか、まさか、まさか。

「そ、その、のこぎりを、どうするんですか?」
「首を斬る。これは日輪刀と同じものだ。これで斬らなきゃ鬼は死なんだろ」
「お、俺が! 俺の日輪刀があるので! あの、よ、宜しければ、その、俺が斬ります! イエ! 斬らせて下さい!」

流石にのこぎりは可哀想だと思った。




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