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目が醒めるとそこは蝶屋敷だった。
蝶屋敷。あの蟲柱様のお屋敷である。隊士になって初めて利用している。幸運だったんだろうが、今まで大きな怪我をしたことがなく、蝶屋敷にお世話になることもなかったわけだ。
原作キャラクターの誰一人ともすれ違わなかったのはこのおかげでもある。でも今回はそうも行かなそうだ。
板張りの床に、複数のベッドが並んでいる。自分の他に利用者はいないようで、どのベッドもぴしりと綺麗に整えられていた。
わあ、原作通りだあ。きっと同じような部屋はいくつかあるだろうが、もしかしたらここで主人公達がこれから療養するのか、もうしたのかもしれないと思うとちょっとワクワクしてしまう。不謹慎だな。すまない。
誰の声も聞こえない静かな大部屋の病室。
なぜここに居るのか記憶を辿り、先の硬い鬼を思い出した。
奴は同じ箇所を高速で三回突いてもさしたる怪我を負わなかった。だから思い切りの力技である脳天直下の型を使ったのに、これでも鱧の飾り包丁を入れるよりも浅い入りになった。本来ならあれで人間は真っ二つになるのに。テイルズシリーズでいう虎牙破斬なのに。飛天御剣流の龍槌閃並みの高さがないとダメだってのか。今度から頑張ってみます。
ともあれ、あの心優しい我が友を踊り食いしたあの憎き鬼の身体を、下半身と上半身になんとか切り分けた事までは覚えている。

金の呼吸は全部で十五の型があるけれど、実は更に三つの奥義が存在する。初めて聞いた時はそんなんもう二十型にしたら良いんじゃないですかねえ。と思ったし、実際ある。自分は最後の二つの型を知らないけれど、兄弟子なら知ってる気がする。まあ師の葬儀から会ってないんだけど。
抜刀式奥義。あれはとにかくいろんなものが斬れるヤバいやつだ。理論的に詳しく説明できないのでこれも簡単に言うけど、たしか超振動でものを切るんだそうだ。ダイヤモンドカッターとか、ウォーターカッターとか、世間にはめちゃくちゃものが切れる技術やカッターはたくさんあるけど、この振動カッター……絶対こんな名称じゃないな。何で振動するんだっけ。音波か。音波カッターも良く切れる。大正時代にはないがな。
流石にクソ硬鬼野郎も音波カッターには勝てなかった様で。真っ二つにされた時はそれはそれは驚いた顔をしていた。ざまあみやがれクソ野郎。ぺっぺっ、唾を吐いてやればよかった。友人を殺した罪は重い。
抜刀式、とあるように、居合式と無手式の奥義もある。あるけれど、実は自分は、抜刀式と居合式の二つしか奥義が使えない。無手式奥義はまだ練習も研鑽も不足していて、実践に使えるしろものではない。どういう型なのかも教えられない。わからないのだ。ただ教えられた動きを反復練習するだけで、だからこれを身に付けているとすら言えない。それこそ型をなぞれているだけ、なのである。
残りの二つの奥義を知らないのもこのためだ。師は、この無手式をものにできたら残りの二つも教えようと言っていたから。自分がものにする前に、師が死んでしまったので、新しい育手を探すか、兄弟子に聞いてみて知っていたら教えてもらうしか、もうその二つを知る機会はない。奥義が三つだから残りの二つは秘奥義とか言うのかもしれない。
研鑽不足といえば、抜刀の参。三段突きも、実はまだ完成形には程遠いのだ。実践でよく使用するのは、使用しなければ上達しないからに他ならない。本来なら一度で三度突かなきゃならないのである。そんなことできると思うか? できないよそんなの。でも金の呼吸ってそういう型ばっかりで、理想の技はこれこれこういう形なので、それを目指して頑張っていきましょうね、という、地道にコツコツやるガチの武道なのである。
三段突き。詳細をお知りになる方で、各方面にも知識の深い方ならお気づきと思うが、あれは無明三段突きが理想形だ、多分。元現代のオタクだからこそわかるネタだけども、そんな人外技を人間の身でやろうと思う事自体狂ってるとしか思えない。沖田総司はそれが出来るように生まれてんだからいいんだよ。
元現代のオタクだからこの技は虎牙破斬に似てるなとか、これ二重の極みなんじゃないとか言えるんだけども、金の呼吸の創作者は一体何を考えてこんなのを作ったのか。もしかして創作者も現代のオタクだったのか? そうだったら可哀想が過ぎる。原作キャラクターと絡めない時代に生きたんだと思うだけで気が狂うんじゃないか。自分は積極的に絡もうと思わないけど。いや待てよ。時代が時代なら某始まりの呼吸の剣士とかと一緒にいたかもしれないな。それだったらいいか。良くないな。良くない。良くないですよ。そんなぽんぽん人間が漫画の世界に転生してたまるか。
ずきりと脇腹が痛んだ。あのクソ硬い鬼の爪が肉を抉っていった場所だ。そろりと服を捲れば、何重にも巻かれた包帯が見える。その包帯が薄いピンクになっていた。出血多量じゃないのかこれ。内臓出たりしていたかもしれない。内臓出しながら戦ってたのか自分。よく死ななかったな。
いやでも割腹したあと自分の内臓を投げつけた偉人とかもいるから案外内臓出ても大丈夫なのかもしれない。いやまあそもそも身体に穴が開いたら圧力とかでびゅっと内臓が飛び出るらしいんですけどね。要らないこんな知識。
転生してからなまぐさい知識ばっかり頭の中に入ってくる。最悪だ。原作の蝶屋敷の事を思い出してしまった。治療を終えても機能回復訓練とかいう鬼のメニューがあるんだった。逃げ出したい。
チベットかニューヨークに行きたい。ニューヨークは今行ってもダメか。大崩落っていつだったかな。いや大崩落後に行ってもだめじゃん。とにかくチベットに行って波紋の呼吸を教わるか、どこかの血を操る戦闘術を使う人に弟子入りしたいな。そうすれば戦闘技術が増えて、あのクソ硬鬼野郎ももっと簡単に倒せたに決まっているのに。
でもあれだ。斗流血法は師匠怖いからやだな。ブレングリード流血闘術は自分の膂力じゃ使いこなせそうにないし、使えるとしたらエスメラルダ式血凍道か血弾格闘技か。待てよ。鬼滅の世界でこれやったらもしかしなくても鬼と間違えられるのでは。血鬼術じゃない? 上弦の弐が確か氷結系の血鬼術を使っていたな。だめだ。身に付けたら鬼として打ち首にされる。やっぱりチベットか。いつ出発する? 私も同行する。鬼殺隊院。まあ自分の名前にジョはついてないんだけどさ。

「お、目が覚めたのか。胡蝶呼んでくるから待ってな」

なあオイ見たか今の。
ドアを開けてさも当然のように見舞いに来ましたみたいな顔をして、花瓶を飾って出ていったあの銀髪の美形と、閉まるドアの隙間から見えた剃髪してない巨大な僧侶を。
なんでだ? 何があった? なんで音柱様と岩柱様が一隊士の見舞いに来てるんだ。しかも胡蝶を呼んでくるって言ったぞ。蟲柱様のことを言ってるんだよな。原作キャラクター大乱舞が急すぎないか? 死期か。死期が近いのか……!?
白状しておくが、三人とも知り合いではない。全くの初対面である。何故なんだ。

「失礼、する」
「あ、はい、どうぞ……」

スス、と入ってきたのは岩柱様だ。フランケンシュタイン博士の人形のような四角い頭と、おでこについた大きな傷が特徴的だ。更には濁った真っ白な目。原作知識がなかったら悲鳴をあげたくらいには怖い。背が高く筋骨量も多く、威圧感もある。
じゃり、沢山の数珠が擦れる音と、摺り足の音が響く。

「君が、無事で良かった」

大きな手が伸びて、頭を掴んだ。ぐわん、と世界が揺れる。撫でられているのだと思うが、撫で方が雑。兄弟子ですらもう少しこう、優しい撫で方をするのに。いや兄弟子の撫で方はむしろ恐る恐るというか、触れた先から腐って崩れていくと思っているのか怯えたような手なのだけども。でも他人を撫でたことがないから力加減がわからず、髪の毛を何本か引きちぎっていった事もある。
自分はその時怒ったけど、これが妹弟子だったら髪の毛数では済まず、もっと大変なことになっていた。多分ね。
硬い皮膚だ。あの鬼よりは柔らかいけれど。肉刺を潰して、更に肉刺を作って。この硬さは戦う人の手の硬さで、師と同じものだ。
それにしても手がでかい。師が頭を掴めるのは自分が幼かったからなのもあると思うが、岩柱様の手も大きい。多分そのままアイアンクローもできる。顔を掴んで持ち上げられそう。こんな親子並みの体格差知りたくなかったなあ。知るはずなかったはずなんだけどなあ。なんでこの人マジで見舞いに来てるんだろう。知り合いでもないのに。

「な、なんで起き上がってるんですか! 悲鳴嶼さんも撫でてないで寝かせてください!」

蟲柱様である。実物がこんなに美しいとは。胸も大きい。流石だ。可愛らしい。
手馴れた様子でベッドに寝かされ、傷の具合や身体の異常の有無を聞かれる。

「今はきちんと縫っていますが、運ばれてきた時は大変だったんですからね。傷が塞がるまで無闇に起き上がらないこと」
「あ、やっぱり内臓出てたんすね……」

言葉では言及が避けられていたけど、蟲柱様のボディランゲージが確実にお前内臓出てたぞと言っていた。だって腹に何かを収める動作があるもの。そこから縫う動作が入っているもの。
内臓踏んでたりとかしなくて良かった。切腹って死ぬほど痛いらしいけど、あの時何にも感じてなかったな。アドレナリンが出ていて痛みが鈍っていたのかもしれない。なにせあのクソ硬鬼カス野郎を殺すことに夢中だった。内臓出てた事は全く感知してなかった。

「……そう言えば、自分はどうしてここへ? あの鬼はどうなりました? 首を斬った記憶がないもので」
「あれは俺が斬った。お前を運んだのもこの俺だ。有り難く思えよ」
「お、音柱様が!? は、それは、いや、その、なんと言いますか、大変恐縮です……すみません」

音柱様が助っ人に入って生き残ったダメな隊士を蝶屋敷まで運んだと。怒られるし刺されるぞ。良かったここが大正時代で。もしここが現代のキメツ学園だったらまず間違いなくファンの女の子に刺されたな。良かった。本当に良かった。いや全然良くはないんだけど。死の一つが有るか無いかくらいで、ファンに刺される現代の方が断然平和に決まっている。良くないぞこんな大正時代。キブツジムザンは早く死んでくれ、我々の平和のために。申し訳ないけど。奴の名前の漢字は忘れた。
そういえば今は原作軸のどの辺なのだろう。原作キャラクターと交流してきてないから全くわからない。いやこれからも交流することはないと思うけども。この目の前の三人は例外なのだ。だって知り合いじゃない。音柱様と蟲柱様がいまここにいる理由はわかった。蟲柱様はこの蝶屋敷の主人だし、音柱様が助けた隊士が生きているけど昏睡状態って事なら気にするのだろう。原作でも言っていた。優先順位は嫁、堅気の一般人、俺。と。多分自分はその堅気の一般人か、俺の次に居るのだろうと思う。だけど岩柱様は謎だ。本当になんでこの人はここに居るのだろう。

「アー、そこまで恐縮しなくていい。俺はお前の兄弟子の知り合いだからな、親戚の姪っ子くらいの気持ちでいるんだよ」
「音柱様が兄弟子の親戚の姪!?」
「落ち着きな、変な繋がり方してるから」

兄弟子が他人に自分のことを喋っていることに驚いたし、音柱様が親戚のおじさんみたいな気持ちになっていることにも驚いた。元忍者のくせに感情が豊かすぎる。
元忍者だって事を思い出したら少し冷静になった。そうだった。この派手柱様は元忍者なのだった。銀髪で目の覚めるような美人だから、潜入とか絶対向いてないのに、とても優秀な忍者なのだ。元だけど。つまり嘘をつくのがべらぼうに上手いわけだ。驚いて損した。いわゆるリップサービスという奴だな。兄弟子の知り合いというのは本当だと思うけれども。態々兄弟子を引き合いに出す意味がわからんからな。いや、結構動揺してしまったので、兄弟子を引き合いに出すのも正解なのかもしれない。侮れないな元忍者。警戒しよう。別に隠している事とか全くないが。前世があって原作分の未来予知ができるくらいか。めちゃくちゃデカい隠し事じゃないかこれ。悟られないようにしなければ。と、言っても今までも通りに動いてさえいれば、そんな突拍子も無い事を探られるような可能性はないに決まっているのだが。だってこの人は腐っても元忍者。何か知っていたらもっと早くに接触しにきているはずだものな。

「すう、はあ、動揺しました。お見苦しい所を。……それで、音柱様がいるのはわかったっすけど、その、岩柱様は、なぜ」
「……君のお師匠とは知り合いだった。君たちの事を良く知っている。面と向かって顔を合わせることは、無かったが」

どうやら音柱様も岩柱様も、我々金の呼吸一門をしっかりと知っているらしい。原作キャラクターに認知されてんのはヤバい。やはり死期が近いのかもしれない。
蟲柱様はにっこりと笑って、脇腹の具合を確認してから、また後ほど来ますと言って出て行った。空気を読んだのか、単純に変えの包帯を取りに行ったのかわからない。そもそも読む空気なんてないのだ。目の前の男性陣がこちらを一方的に知っていたとしても、こちらは原作を読んでいただけで、この世に生を受けてからは全く知らない人である。
まあつまり、あれだな。考えるのが面倒くさくなってきた。親戚が増えたってことでいいか。年末年始に本家に帰ったら、実は今までは来られなかったんだけどこの人たちはあなたのおじさんよ、と言われた感じだ。向こうは知ってるけどこっちは全く知らない男がいる、という。うん、わからんな。
とりあえず、助けてくださったのだから音柱様には礼を言い、岩柱様にもお見舞いに来てくれた礼を言っておいた。
それにしても。目の前の巨人二人を前にして、まだ死にたくないなと思う昼下がりである。



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