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03

お腹の底から震える鼓動、世界を揺らす黒く輝く鉄の馬。走る興奮が収まらず、馬は未だに嘶いて、砂の埃を蹴り上げる。闇より出でし漆黒の騎手は、手慣れた様子で馬を撫でれば、魔法のように静寂が這う。炭素の糸で編まれた兜は、次の舞台のために積荷に紛れ、陽光の下、出でたるは彼方より来たりし神の落とし子。
その後ろから華麗に着地。加羅が俺を送り届ける前に寄らねばならないという銀行に来た。米花町の駅前だ。あれ、さっき誰かが事故ってみっちゃん派遣されてなかった? 忘れた。みっちゃんいるのって郵便局だっけ? ヴ、と加羅の尻が揺れた。バイブの振動だ。いやそんなえっちなやつじゃない。大丈夫、俺わかってるから。加羅のAVの趣味もそれをどこに隠しているのかもな。大丈夫、大丈夫だぞ。俺は加羅をそんなのでからかわない。鶴さんは知らない。みっちゃんは……AVを見る時間あるのかな……ちょっと心配になった。バイブレーションの正体はiPhoneだ。少し前の世代のやつ。加羅は携帯電話を2台持っている。普段用と仕事用ってやつだ。カフェバーのバイトとは別の仕事のやつ。ところで加羅の仕事ってなんだったっけ、まだ大学生だったような気もする。
で、今存在を主張してるのは仕事用のやつ。普段用のiPhoneはクリアカバーがしてあって、裏面のリンゴにスパイダーマンがぶら下がったデザインのやつだ。カッコいいもんな。わかるぞう。
チ、なんて舌打ちしながら電話に出た。

「何の用だ、ベレッタ」

べれった。なんだったかな。鶴さんに教えてもらった。お酒を別のお酒で混ぜたお酒の名前だ。そう、白ワインのカクテル、思い出した!
銃の名前にもベレッタって言うのがある、面白いだろう、俺のコードネームだぜ、なんて教えてくれたのだ。そう言うの教えていいのって聞いたら、まあコードネームだから大丈夫だろう、なんてケラケラ笑っていた。ちなみに加羅のコードネームはシュヴァルツである。ドイツ語でそのまま黒なんて安直だと思うなかれ、黒ビールの定番の名称なのだ。黒と白で似合いだろう、ってやっぱり笑って俺にナポリタンスパゲッティを作ってくれたのだ。あれ美味かったなー。加羅もみっちゃんもすげー料理が上手いのは周知の事実だけど、鶴さんも料理上手なのだ。みっちゃんは仕事のせいで昼と晩、加羅の弁当を食ってるんだけど。朝食だけは頑張って作ってるって言ってた。モーニングってやつ。トーストとコーヒー、ベーコンとポテトサラダ、フライドエッグ、だっけ?うーん、みっちゃんやっぱり誰かと暮らした方がいいよ。ここに加羅もいるし、鶴さんは何やってんのかわかんないけど不動産いっぱい持ってるらしいし。今度会ったらそれとなく言っておこうかな。
で、加羅は仕事上コードネームで呼び合わなきゃいけない電話で鶴さんと会話している。酒の名前ばっかり出てくる。もしかしてこれみんな人の名前かな。人間も難儀だなー、俺も人間だし、元人間でもあるけど。刀の生を経たせいでついつい人外の思考になっちゃうことがある。これがなかなか直んないんだよな。それで養子縁組無しになったこともある。アー、そんなかっこ悪い記憶は消去だ。でもやっぱり、こうやって何個も名前を使い分けるのは面倒そうだ。刀の頃はそんなことなかったのに。いや、俺もいっぱいいたし、加羅もみっちゃんも鶴さんも数え切れないくらい沢山いて、見分け付かなかったもんな、演練。これが俺のところのみっちゃん!て思って付いて行ったら違うみっちゃんだったことあるしな。迷子放送で主を呼び出したことは謝るぜ。

「わかった。話は終わりか?……やめろ……ハァ、わかった」
「終わったか?」
「この後人と会う事になった。ここから一人で帰れるか」
「ああ、もちろん!あー、そうだ」
「……なんだ」
「お菓子。疲れてるだろー?」

持たされているお菓子だ。これはチョコレート味のスナック菓子。溶けないって謳い文句のやつ。小袋に分けられているから持ち運びはもちろん、分け合うにも便利なのだ。これもこれも、と加羅の革ジャンのポケットに詰め込んでいく。
俺は加羅や鶴さんがコードネームを名乗る時、彼らの名前を呼んではいけない。指示された時もそうだけど、彼らが仕事仲間といる時も。外出してる時だって、必要以上に名前を呼ばないようにって言われている。それくらい危ない橋を渡ってるんだろう。たぶん。だからコードネームが必要で。ああ、なんだか審神者に似ている、なんて言ったことがある。加羅も鶴さんも、今生の審神者、なのだ。
俺には2人に渡すお守りを買ってやれない。2人も人で、折れてしまうと、お守りでも守れないのを知っている。死んでしまう。俺が2回、死んだように。
でも正直言えば、ちょっと心配性なんじゃないかなと思わないこともない。刀剣男士じゃなくなって、柔らかくなったというか、頑丈じゃなくなったけど、加羅も鶴さんもそこら辺の人間じゃ勝てないと思うんだよな。前世に引きずられ過ぎなのかなー俺。
そのせいでみっちゃんにはよく怒られるんだけど。僕達はもう刀剣男士じゃないんだよ、少しの怪我でも死んじゃうかもしれないんだ、主くんがそうだったでしょう、ってね。
俺たちはもう、手入れで綺麗さっぱり直るって事がない。怪我をしたら肉体の能力に任せて、時間をかけないといけないし、跡が残ってしまうこともある。みっちゃんの身体にも、加羅の身体にもいっぱい傷があるように。
でもね、みっちゃんや。
俺は人生3回目、人間は2年生なのである。間に人外を挟んでしまったおかげで、普通よりもちょっとおかしくなってしまっているけれど、みっちゃんよりも人間歴は先輩なのだ。えっへん。
話を戻すね。なんの話だったっけ、お酒か。二人の名前を極力呼ばないようにしなきゃならんって話、そう、それだ。二人も仕事仲間の前で俺らの話題にあげる時は、俺を雛とかみっちゃんをハスキー、とか呼ぶらしい。いいぜ、普通に呼んでくれても。そうは言ったけど、どう処理したのかわからない。まあ、いつかわかるだろ。
パンパンになった加羅のポケットに満足して、じゃーな、また遊びに行く、と別れた。いやーしかし、加羅のバイクは最高だった。あのエンジン音、流石だぜ。ヒューッ!カッコいい。因みにみっちゃんは軽自動車なんだけど、いつかオープンカーを買うんだって言ってた。めっちゃ似合うってめちゃくちゃ持ち上げておいたし、実際似合う。今の軽から出てくるみっちゃんもサイコーなんだけどさ!あんな可愛い車からカッコいい男が出て来んだぜ?女の子もギャップでキュンキュンするだろ?俺はするね。うーん、俺も何かかっこいい乗り物に乗ろうかなー。何もないけど。金すらもな。さー、帰ろう帰ろう。薩摩揚げが待ってる。

「ねえ、そこのお兄さん!」
「……俺?」

辺りを見回して、たくさんのお兄さんが忙しなくあっちこっち、そりゃあそうだ、駅前だもの。そこで足を止めたのは俺だけ。だから辺りを見回して、その声の主を探す。

「そう、そこのお兄さんだよ!」

走ってくるのは見知らぬ子供だ。大きな眼鏡に蝶ネクタイの、多分いいところのお坊ちゃん。おいおい、保護者はどこだよ?こんな子こんな米花町に1人で放り出したら誘拐待った無しだぞ。犯罪率日本一、ミステリ小説の縮図こと我が大都市東京である。
ぼんやりと1番目の記憶が浮き上がる。見たことあるぞ、しきりに俺が騒いでいる。知らない坊主だぞ、知ってるわけないだろ。そう思っても、絶対知ってると記憶が叫ぶ。月曜日のゴールデンタイムの顔だった男だ、と。なに、謎解きはディナーの後で……そう、朝飯前という意味だ。違うそんな言葉遊び……エドガー・アラン・ポーから取られた名前が江戸川乱歩で、かれは日本探偵小説モノの先駆者で、っていう知識は今生図書館で得たものだ。ここら辺の図書館はなにかとミステリやサスペンスの本の品揃えがいいんだよな。つまりはあの時代の文豪達が多く輩出され切磋琢磨し殴り合ってきた明治時代のあたりから昭和にかけて、馬鹿野郎違う。金田一耕助の話だっけ、誰の作品だったかな。ルパン三世、明智小五郎、怪盗二十面相、古畑任三郎、小林少年……いかんごちゃごちゃになってきた。2番目の生でも面白そうな漫画は主に買ってもらって読んでたんだ。あのときは活字が読めなかった。眠くなってダメだったんだよな。つまり目の前の存在はそれらのパロディの詰め合わせだ。そう、思い出した。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ。だワン。

「ボク、江戸川コナン!」

体は子供、頭脳は大人、その名も、名探偵コナン!
男性のナレーションが頭に雷を落とす。主の漫画、ご長寿アニメ。ぱちっと瞬き。
何はともあれ名乗られた。ならばこの太鼓鐘貞宗がすることはひとつ。

「俺は太鼓鐘貞宗!伊達忠宗様が使ってた刀、と、お、なじ名前なんだぜ!」

あっっっっっぶねえ!つい張り切って名乗ろうとしちまった!俺はもう刀剣男士じゃないんだよな!2番目と同じ間違いをするところだった!2番目の時も前世が女だったから、結構色々やらかしたりやらかしそうになったりしたんだよなぁ。今生もなんかやらかしそう。いや、もうやってんだった。養子縁組できてねーわ。へへへ。ちょっと首を傾げられた。だよなあ!刀のこと言われてもなあって感じだろ。あ、それとも最後の方の取り繕い方悪かったか。いやあ、やっぱ流石は名探偵、何か引っかかったかな。正直漫画の内容なんて全く覚えてないからよ、レギュラーキャラクターくらいしかわかんねーぞ俺は。確か、高校の英語の先生がFBIってことくらいまでならわかる。あと、工藤さんの家にピンクの髪の毛のお兄さんが住んでるのはアニメで見たことある。工藤新一の親戚かなんかなのかな。知らねー。

「伊達忠宗って、陸奥仙台藩の第2代藩主の?」
「おっ、忠宗様を知ってんのか!いやー、嬉しいな!」

うおっ、流石は工藤新一、すげえな、やっぱ教養あるなあ!流石だ!しかも陸奥仙台藩第2代って言ってくれるところ、痺れるねえ!政宗様の息子って言わないところ、最高だぜ、坊主!
いやあ、やっぱ日の本守って正解だな。正解だ。こんな素晴らしい民が生きてんだから。それにしても、なんだ、やっぱ漫画の中のキャラクターだからかめちゃくちゃ可愛い顔してんな。保護者どこなんだろ。毛利さんはどこに?それとも阿笠博士?こんなの放置してたら誘拐されちまうぞ。マジで。辺りを見回しても、それらしい人間は見当たらない。どうしたんだよ、江戸川少年。迷子ってわけじゃないだろ?と、面と向かって聞くのは流石におかしいよな。

「で、どうしたんだよ。迷子か?」
「えっ、あっ、う、うん!ボク、蘭姉ちゃんとはぐれちゃって、お兄さんが一番年が近そうだったから、話しかけやすそうで……」
「そうかあ?まっいいか。OK、兄ちゃんに任せな!大船に乗ったつもりでいてくれて構わねーぜ!」

それじゃ、まずは駅前の交番だな。よーし、お兄ちゃん張り切っちゃうぜ!
と、江戸川少年の手を引いた。手を繋いだ先に、小さな子供がいるのは慣れている。施設では俺はお兄ちゃんの枠なのだ。引き取り手が見つからない子供は少ないけれど、小学校を卒業してしまったのは三人だ。中でも1番上は高校生で、そろそろ施設を出る準備を始めている。俺たちは18歳までしかあの施設には居られない。
それを考えると、ああやっぱり、引き取られる方がいいんだろうなと思うのだ。例えもう太鼓鐘貞宗じゃなくなるのだとしても。
勉強するとか、仕事するとかにしても何かしら後ろ盾が欲しいって気持ちあるもんな。やっぱ家族の応援とか欲しいしな。あと大学生ってそれだけでなんか楽しそうじゃん?実際は過ごし方にもよるんだけど。1番目の時も期待して通った割に普通に過ごしてしまったんだよな。まあそれはそれとして。この俺、噂の貞ちゃんが、大学生になったとかもう、女の子どころか男の子も多分選り取り見取りだと思う。何せ姿は付喪神。神造の麗しき男児である。もしくは魔性の美少年。言葉の力が強すぎる。
あれっ、でも待てよ。今の状況はつまりヤバいのではなかろうか。神造魔性の美少年と、2次元の暴力的な可愛い小学生が手を繋いで駅前を歩いているのである。誘拐待った無し。
いやでも俺、貞ちゃんだし。多分大丈夫だ。いける、いける。いざとなったら、みっちゃんを呼ぼう。確か駅前に派遣されてたよな?俺の記憶が、正しければ!


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