×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

02

「いつも危ないから手を出しちゃだめって言ってるでしょ!?」

目の前でぷりぷり怒る、黒い眼帯にスーツの似合うイケメンは、何を隠そう、歌舞伎町のナンバーワンホスト……って言ったら更に怒られるかな。でも絶対ナンバーワンになれると思うんだよなー。夜の帝王って感じじゃないけどさ。高級住宅街の、高層マンションで何LもあるDKに住んでる……ように見えるし。でもそれは道ですれ違ったお姉さん達の頭の中の彼。
本当は薄給に泣きながら、激務に疲れて帰るマイホームは1DKのアパート、2Fの角、のひとつ手前。寝起きは悪いけど、起きればしっかりするタイプ。朝はきちんと朝食をとって、身だしなみに1時間はかけて、しっかり糊付けしたスーツでビシッと決めて、今日出すゴミ袋とカバンを持って、家を出る。そんな毎日を送っている。

「もう!聞いてるの、貞ちゃん!」

彼こそはこの犯罪頻発地区米花町に居を構える、警視庁捜査一課の巡査長、燭台切光忠、愛称みっちゃんである。

「そうカリカリしてたら良い男が台無しだぜ、みっちゃん。ちょうどマドレーヌがあるから食べて落ち着きなって」
「もー!僕がそんなことで許すと思ったら間違いだからね!」
「要らねーの?」
「食べるよ!」

勝手知ったるみっちゃんのマイカー、サイドボードの上に持たされたお菓子をばらばらと撒いた。これは全てみっちゃんの胃袋に収まる分である。薄給でいつもお腹を空かせながら、この日本を守ってくれているみっちゃんに、俺からささやかなお礼でもある。さあ、もっと肥えるがいい。俺はみっちゃんの下腹回りのあのちょっとした贅肉が好きなのだ。今生であのスーツの下がどうなっているのか、まだ見たことはないんだけど。でも刑事さんだからなー、きっと引き締めてるんだろうなー。刀剣男士の時と違って、脂肪を溜めれば贅肉がつくし、消費すれば筋肉がつく。行動ひとつで体付きが変わってしまう、というのは厄介だ。激務のせいでカロリー消費の激しいみっちゃん、休みの日は買い物するか家で寝て過ごしているらしい。今度スパリゾートに行こうって言ってみようかな。あ、でも泊まりだと俺の方も面倒な手続きがあるんだった、いやでも、俺はあの噂の貞ちゃんであって貞ちゃんではない。良い子じゃないのだ、現代の貞ちゃんは。だから、いつも手続きしてないし、門限も全然守ってない。そもそも施設の人達だって、俺を厄介者としてあんまり好ましくは思ってないんだよな、わかってるぜ、引き取られてくれないものな。

「なーみっちゃん、今度、」

ジリリリン、と車内に突然の金属音が響く。口を閉じた。みっちゃんの携帯電話だ。この着信音、黒電話だな。荷物は後部座席だ。仕方ない。行儀も悪いし法律にも抵触するんだっけ、あとでみっちゃんに聞こう。とにかく携帯電話を取るのが先。だってみっちゃん、刑事さんだから。でも今は運転中。だから俺が通話ボタンを押す。

「はーい、燭台切の携帯です」
『もしもし!……ん?君、燭台切君じゃないな』
「みっちゃんは運転中だぜ。緊急か?他人に話しても大丈夫なやつ?」
『……ああ、大丈夫だ。燭台切君を出してもらえるかね?』
「OK、OK。スピーカーにする……おーい、聞こえる?」
「悪いね、運転中で」
『構わん。米花町東都銀行駅前店付近で事故だ。行けるか』
「うーん……うん、3分……いや5分で行ける」
『君が一番乗りになる、頼んだぞ!』
「了解」

通話が切れる。こちらも終話ボタンを押して、エア吹き出し口に付いているドリンクホルダーに携帯電話を置いてやる。ちなみにみっちゃんの携帯電話もガラケーで、しかも折りたたみじゃないタイプである。みっちゃんとスマートフォンは相性が悪いのだ。いつも革手袋をしているから操作をするためには手袋を取らなきゃならないし、最新のiPhoneなんかは操作するのも苦労していた。なんでもタッチの強さで操作が変わるなんて理解できない、のだそうだ。料理では繊細な作業もできるくらい器用なのに、機械ではできなくなるんだから人体ってのは不思議である。カッコよく決めたいからって、家でパソコンのブラインドタッチの練習してるのは知ってるし、DVDとBDを間違えて買って、電話越しで悔しそうに見れないって言われた事もあった。みっちゃん、多分一人暮らし向いてないぜ。言わないけど。ちなみにみっちゃんちにはいつでも炬燵が出ている。布団を片付ける場所がないんだそうだ。ちっさい1DKだからなあ。炬燵失敗したんじゃねって言ったら、夢だったんだもん、て言われたな。まー、夢なら仕方ない。でもみっちゃんの部屋に炬燵はデカすぎんだよなー。

「貞ちゃん、いつもの場所で降ろすけど良いよね?」
「加羅のとこだろ。いーぜ」

と、口に出された時にはすでに店の近くなのだから、元々そこで降ろす気だったのだろう。今日は二人ともいたかな、と自由な彼らの大まかな予定を思い起こす。
大通りを右折して、何本目かの通りの前で停車する。通る車もなく、助手席から飛び降りて、歩道に回った。仕事頑張れよ。Uターンして大通りに戻っていくみっちゃんカーを見送って、今から向かう場所を想う。
この通りの道路は、自動車がUターン出来るほどの幅がある。けれど、人通りはあんまりない。道路沿いのその店の名前は「cafe & BAR Date」直接的で笑ってしまう。オーナー曰く、本当は独眼竜にするつもりだったが、あまりにも似合わなかったのでやめた、そうである。俺は初めて見た時そのままダテって読んじまったけど、本当はデート、と読むらしい。伊達じゃん、て文句垂れたらまあそうなんだが、なんてオーナーは言ってたっけ。因みにみっちゃんはデーツって読んだ。デーツ、つまりナツメヤシなんだけど、それは無い。流石にそれはねーよみっちゃん。ハワイアンなカフェのツラって感じでもないのに。
席数はカウンター合わせて12席、食事は要予約だけどテイクアウトも可能だ。みっちゃんは昼と晩利用している。料理する暇がないから仕方ないよな。道路沿いで、運転席から数歩でご飯が受け取れる所も使い勝手が良いって言ってた。看板メニューはないけど、俺はここのベーグルサンドが好き。
小さな看板、テイクアウト用の窓の横、薄暗い店内が見える硝子戸を引いた。
ドアベルのシャランシャランという音が店員に来客を知らせる。今日は誰も来ないと高を括っていたのか、店の奥でガタンと大きな音がした。

「いらっ、しゃ、あ、ああ……貞か……」
「おう、来たぜ!流石に気、抜き過ぎー」

慌てて出てきたのは褐色肌の美男子である。俺の姿を見て大きく息を吐き出した。よほど安心したらしい。他の人物が見当たらないから、今日は彼一人での営業のようである。人見知り、というより他人との交流を好まない彼だけなのだから、その心労は窺い知れよう。
切れ長の目、赤みのある黒髪、アジアンビューティを体現し、アラビア風の空気を纏う、クールでミステリアスな男。多分ハーフ。それが彼、カフェバーの代理店長、大倶利伽羅廣光くんである。大倶利伽羅くんである。すげえ苗字だよな。元刀だけに。5文字はなかなかお目にかかれない。長宗我部でさえ4文字なのに。流石だ。

「鶴さんは?」
「仕事」
「……そりゃそーだよな、加羅だけしかいねーもんな」

この店のオーナーは鶴丸国永である。と、同時にこの店の立つ土地、そして住居となっている二階部分の所有者もまた鶴丸国永である。一軒家の一階部分をまるっと店にしているのだ。違法なんじゃないのかと疑ったこともあるが、きちんと届け出ている、合法のカフェバーである。働き手は鶴さんと加羅、たった二人。加羅は代理店長だけど所謂住み込みのアルバイト。この二階に住んでいる。一応、鶴さんも住んでいる。ただ、あんまり帰って来ないみたいで、加羅の店になりつつあるのであった。人は全然来ないけれど。勿論赤字経営。けど二人とも気にした風はない。これが鶴さんの趣味であって、赤字を補える稼ぎが他にあるからだ。店を開く日だって決まってないし、まあ基本開いてはいるけれども、いわゆる開店休業というやつで、食材とか、豆とか、酒とか、仕入れも結構少ないから、廃棄もあんまりないという。使われなかった食材は、傷む前に加羅の胃袋に消えていくわけだし。俺とみっちゃんの胃にも消えるのだし。俺、あんまお金落としたことないけどさ。
あと、閑古鳥が鳴いてるのは加羅の接客もある。性格上、店員に向いてないからだ。鶴さんが店に立っているときは何人か女の人が来ていたりするし、加羅も意外と女の人に人気なんだけど、どっちかっていうと加羅のファンは外から加羅を見ている方が多いかな。テイクアウトをして行く客は大体加羅が目当てなんだけど。
加羅の接客は塩対応なのだ。嫌がる客も多い。ただ面倒なのかもしれない。俺は加羅じゃないから、結局加羅が何を思って他人と関わり合いたくないのかわからないけど、刀の時とは違って人間は一人じゃ生きていけない生き物だ。
それもわかっているから、一緒にいてもまだマシな俺たちと居てくれてるんじゃないかと思う。加羅もそうだけど、鶴さんもみっちゃんも、俺は知ってるようで知らないんだ。みんながどういう生活をしているのかとか、1日の大抵のスケジュールは知ってるけど、みんなの家族がどうしているとか知らないし、もしかしたら彼女がいるかもしれない。人間関係は全然知らない。多分みんなも、俺のそういうところは知らない……というか俺は無いんだけど。親居ねーしな、施設の奴らがどうとかいうのは知らないんだろうな、言ってねーもん。

「加羅〜今日は何食べんの」
「……皿うどん」
「さらうどん?」
「……皿で食ううどんだ」
「俺んとこいつも晩飯さつま揚げだぜ」

正確に行こう。薩摩揚げ二枚、白米、味噌汁、大根の煮物、サラダだ。いつも通り。作ってもらう立場にある俺に、文句を言う資格はない。ただ、こう言う時、養子縁組が成功した彼らは今日何を食べているのかと夢想するのだ。オムライス、スパゲッティ、カレー、唐揚げ、豚肉の生姜焼き、ラム肉のステーキ、ハンバーグ、天ぷら、おでん、鍋焼きうどん、チゲ鍋、焼きそば、お好み焼き、すき焼き、牛丼、鮭のムニエル、鰤の照り焼き、鯖の味噌煮、鯵のフライ……腹が減ってきたな。持たされているお菓子があった。ジャーン、おかきの小袋。いりこ入り。ザラザラと中身をそのまま口の中へ流し込む。そのまま一気に噛み砕く。様々な食感なんて楽しむということはない。むしろちょっとばかり口内が痛い。仕方がない。

「……加羅も食う?もう一袋ある」
「……要らん。食い終わったら出るぞ。送ってってやる」
「マジ!?やった!」

加羅のバイクに乗れるぞ、と思うとテンションが上がる。奴は大型バイクの免許持ちだ。勿論加羅もこの店の従業員が本業じゃない。アルバイトだ。本業は他にあって、それらの給料の使い道が基本的にバイクなのだ。因みに加羅の財布の中にあるクレジットカードはアメリカンエキスプレスである。チョーカッコいい。みっちゃん?みっちゃんのクレジットカードはディズニーJCBだ。ミニーちゃんがこっちを見ているやつである。なんでそれにしたんだって感じだけど、多分、みっちゃんディズニーランドに行きたいんだろうなって……激務だからなあ。やっぱこんどスパリゾートに俺が連れてってやろう。鶴さんのクレジットカードは……あの、あれ、めちゃくちゃヤベーやつ。黒い色をしている、アメリカンエキスプレスです。年会費がべらぼうにたっけーやつな。ステータスカードっての。上限がないように思えるくらいに高額上限のあいつだ。そう、鶴さんは金持ちなのだ。
俺の持たされてる菓子類は全部鶴さんがくれるやつだし、俺の服もほとんど鶴さんが買ってくれている。でも俺の父ではないし、祖父でもないのだ、残念だけど。俺は貞ちゃんだから、太鼓鐘貞宗じゃなきゃダメって思ってるんだろうな。
加羅が店の戸締りを始めた。今日はどのバイクに乗せてくれるんだろうなー、楽しみだ。


/