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05

なんだかんだ、小学館で出ている子供向け漫画なんだ、というのを思い出した。人間の最期はゴロゴロ転がったとしても、罷り間違っても人間が産まれるための過程を子供向け漫画で生々しくやるわけがないのだ。ただ、運搬される上でうっかり寝落ちした俺という美少年が無防備に転がっているのに何も手を出してこなかったっていうのはちょっと自信なくすわ。いやまあ確かに、確かに、この世界顔が良い人ばかり生きてるから仕方ないのかもしれないんだけど。本丸でも麗しい妖怪の神々が居たからそういう造形には慣れてるとはいえ、一般的な人達から見れば俺、というか太鼓鐘貞宗は美少年だよな?大丈夫だよな?うーん、違ったら悲しい、俺、というか「私」の価値観が疑われてしまう。だれか貞ちゃんは世界一可愛いよって言って抱っこして頭撫でてくれ……甘やかしてこの傷ついた自尊心を癒してくれ!中古品でも可愛いもんは可愛いだろうが!他人の手垢がついたフィギュアは嫌だって?確かにブルーライト当ててなにかが浮かび上がるのは嫌だよな、わかる。わかってしまう……ちゃんとお風呂に入ってるから許してほしい。悲しくなってきた。
縛られていたのは手だけだったのが幸いで、後ろ手にされていたけれどこの身体は柔らかいので腕を前に回すことは簡単だったし、縛る道具も結束バンドだったから簡単に外すことができた。テレビでもやってたぞ、腕を振り下ろすとき力を入れてこう、なんとかすれば外れるって。ちょっと擦れて充血はするけど、大して痛くはない。誘拐犯達はどこだろうと見回すけれど、薄暗いだけで何もない。どこかの小部屋だ。物置なのかもしれない。目の前にはドアが一つだけ、試しに押したり引いたりしてみるけれどがたがたと揺れるだけで開くことはなかった。が、揺れるんだったらたぶん、開けられると思う。全く、幸先が良い。どこかのトイレみたく、ここは狭すぎる部屋ではない。俺は兄弟ではないけれど、貞宗だから幸運をどこかで拾ったのかもしれないな。
手元に本体、いや本体は俺だわ。本体じゃなくて、使い慣れていた刀がないのがちょっと不安だ。前世が濃すぎたせいなのか、やっぱり妖怪だか神様だかを経由したからなのか、男士としての「俺」が滲んで染み込んでくる。すぐ近くに戦場があることに興奮してしまう。戦場でもなければ、下手をすれば自分が簡単に御されてしまう未来が待っているだけだというのに。負ける気はしなかった。根拠のない自信でしかない。だけど「俺」は大丈夫だと思ってしまう。「私」は絶対うまくいかないと思っている。俺だってそう思う。でも今、俺を突き動かすのは太鼓鐘貞宗だ。大丈夫、やれるとも。ああ、この先の展開が待ちきれない。相手は歴史修正主義者じゃない。だけど御さねばならない悪である。この扉の先は本番で、俺の久々の晴れ舞台。気合いも入るさ。さあ、派手に行こう!
その扉に体当たりする。思った以上に力が出たのか、その扉が脆すぎたのか、一撃で壊れてしまったその先、油断していたのか男達がぎょっと驚いた表情でこちらを見ている。たったの四人だ。それも多分、短刀より弱いのばかり。これならやれる。展開する刀装はないが、なんとかなりそうだ。先ずは、そう、武器が要る。あれが良い、あの男のポケットの中にあるカトラリーにも似たバタフライナイフ。
先ずはその男の方へ走る。その方向には外部へと通じるドアでもあるのか、逃げられると勘違いした彼らがこちらへと手を伸ばしてきた。元短刀の機動力を舐めるなよ。ひょいひょいと軽く避け、男の数メートル前で踏み込み、胸目掛けて飛び蹴りを入れる。クリーンヒット、そのまま倒れる男をスケボー代わりに数メートル滑走する。トドメにその胸の上でジャンプをひとつ、駄目押しで顎を蹴り上げる。ノックアウト!男のポケットを探ればお目当ての彼女、さあお姫様。俺に力を貸してくれるかい。この修羅場が終わったら一緒に、そうだな、キッチンに立とう。
腕に少しスナップを利かせて刃を取り出す。手慣れた動作に驚いたのは犯人達だ。へっへ、そうだろうとも。日本に生きていて、普通の中学生はこんな修羅場に慣れているはずがないのだから。
まだ1対3、多勢に無勢、一気に来られちゃ厄介だ。こういうのはさっさと勢力を削るに限る。さすがにこの状況でスニーキングミッションでスニーキングキルは難しいけれど、カウンターキルくらいは頑張ればできるのでは?そう、前世ではゲームもちょっと嗜んだりしたのだ。
短刀時代の機動力と比べれば遥かに劣るが、それでも足は速い方。それに任せて近場の男に飛びかかる。ウワッと悲鳴が上がるが無視だ、無視、男の悲鳴なんか面白くもない。ナイフを一閃、服が切れるが肉を断つにはいかなかった。ちゃんと彼女の身嗜みを整えてやらなかったな、あの野郎。これだから人間ってのは。物は愛情を注げばそれに応えてくれるのに、便利になってきた昨今、その気持ちが薄れてきている。万物にはすべからく生命が宿るって習わなかったのか。八百万の神の話は?闇の少なくなった便利で明るい世の中、人知の外に居た者達の居場所はどんどんなくなっていく。恐怖を糧に生きた妖怪達はもはや絶滅種に等しい。スレンダーマンの伝承ように、またはエルム街の悪夢の化身のように、その存在を知るだけで、存在できたらどれ程良いか。存在を信じなければ、人の輪の外にあるものは存在できないのだ。
一歩踏み込んで腕を振る。パッと世界が赤く染まった。男の悲鳴が降り注がれる。痛みに鳴く人間の声だ。心臓が痛み、跳ねるほどの悲痛な悲鳴、ごめん、ごめんな、痛いよな。脚を払って頭の位置を低くさせ、回し蹴りを一撃、悲鳴が止んだ。流れる血は止まることがない。深く斬ったつもりはなかった。だけどこのままじゃ死んでしまう。人間は手入れじゃ治らない。そして、大きな怪我は、時間が経てば経つほどに命を蝕む。あと二人。どれだけの時間がかかるだろう。なるべく早く倒さねばならない。背後で伸びている男も、腹から血を流す男も、対峙するあの二人だって、俺たちが守ってきた人間に他ならない。ああ、ああ、俺はお前達を守る存在だったのに!
逆上した男がこちらへ走ってくる。遅い。殴り掛かろうとするのを避ければ、空振り男は体勢を崩す。その男の後頭部へナイフの尻を叩きつければ、脳が揺れて意識が飛ぶ。脳震盪だ。だけどその意識障害は短時間しか効果がない。あと一人。幸運なことに、彼らは殺傷能力の高い武器を持っては居なかった。本当に俺が孤児だったのが誤算だったのかもしれない。低い天井にかかっている梁、埃だらけの木造建築、どこかの山小屋のように感じられるが、外観を知らないのでなんとも言えない。彼らの本来の拠点ではないだろう。彼らにもきっと、ちゃんと帰る場所があるはずなのだ。襲い来る男を梁に捕まって避け、男の首に足を絡ませる。ぎゅっと力を入れれば、苦しそうに呻く。ぐらりと揺れる男の体、ごめんなあ、そう謝るしかない。手の中の彼女は血に濡れていたから、今は埃もこびりついてしまっている。あとで洗ってやるからな。大きくグラついた男から飛び退いて、誰かの携帯電話を探す。あった。iPhoneだ。やはり幸運だったのは、ここが圏外ではなかったことだ。緊急連絡で119番を押す。はい、こちら救急──。


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