刀剣 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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▼ 05 

気付いたら布団の中でした。おはよう。
デジャビュを感じる。
跳ね起きて、辺りを見回すけれど、今回は誰もいなかった。また化け物が俺の寝顔を見ていたら発狂していたと思う。あまりにも怖い。自分の発想に恐怖を感じる。
何もない和室に、一人分の布団。障子からは薄っすらと柔らかい陽の光が射し込み、格子柄を畳に描いている。しんと静まり返った部屋で、障子に大きな人の影があるのを見付けた。どきどきと心臓が脈を打つ。大きい。縦にも、横にも。心臓が脈を打つ速度は次第に早くなっていく。夢か現か、もう自分にはわからなかった。殺されたのが夢なのか、追いかけられたのが夢なのか、これが一連の悪夢なのか、記憶が抜けている前の自分が夢だったりするのだろうか。それにしたって、障子を隔てた向こう側で、こちらを窺うように座っているあの影。障子に穴が開けられ、眼玉がぎょろりとこちらを見る。あの視線から逃れようと部屋を見回せば、布団を仕舞うための押入れが目に入った。近付こうとして、その押入れがゆっくりと開いていくのに気付く。ぞわぞわと鳥肌が立つ。その押入れの中からも、眼玉がぎょろりと現れた。悲鳴が漏れ、咄嗟に両手で口を塞ぐ。欄間の向こうは暗く、そこからもあの眼玉が覗いている、天井板が外れて眼玉が複数見えるかもしれない。床の間の掛け軸の裏側から、今にもあの、魚の骨が出てくるような気がした。部屋の真ん中から動けない。布団を被る。日本家屋は嫌いだった。だってホラーの温床だ。すぐそこに、あちらこちらに、幽霊や化け物の姿が見え隠れする。恐怖がそうさせているとわかっているし、暗闇がそれを助長することも知っている。その幽霊や化け物が、幻覚であることなんて、昔からわかっていた。だからこそ、怖い。
主に自分の想像力が。

「御手杵?」

身体が震えた。
障子が開く音がする。来ないで、殺さないで。
想像力に幻覚が絡まる上で、リアルな夢が重なれば、立派なトラウマの完成だ。自分はそもそもホラーが苦手だ。昔、父だか兄だかがやっていたゲームがあまりにも怖くて、現実にいそうで、それが自分を襲うのではないかと、怖くて怖くて、眠れなかったほどだ。母親に添い寝をして貰った記憶がある。だが、この記憶は本物だろうか。ゲームをしていたのが兄だったのか、姉だったのか、そもそも自分に兄弟なんていただろうか。添い寝をしてくれたのは誰だ? 父だったか、祖母だったか。わからない。おてぎね。おてぎねってなんだろう、何か、忘れちゃいけないものの気がするんだけどな。よくわからなくなってきた。なんで世界は暗いんだっけ。ふわふわする。眩しくなった。なにかがいる。

バン!

世界が揺れた。

「目ぇ覚めたか、坊主」
「へあ、あ?」

ぱちぱちと瞬きをする。目の前に渋いおじさんが座っている。黒い。おおきい。

「お、はよう、えっと」
「日本号だ」
「にほんごう」
「おう。お早うさん」

ちょっと我慢してろ、とその人は俺の体が着ていた服を剥ぎ取って、違う服を着せていく。訳がわからないと首を傾げていれば、ハハと笑われてしまった。何かおかしいところあった?
日本号に抱き上げられて、部屋を出る。視界が高い。俺もここまで高くないから新鮮だ。廊下から見える庭が綺麗だ。日本号の家の庭は綺麗だなあって言ったら、そうだろうって自慢された。俺んちは住宅街のマンションの一室だからな。庭なんてないんだよ。でもそうだ、プチトマトを育てたことがある。あれは楽しかった。毎日早く実らないかなあなんて水をあげていた。水をあげすぎて枯れてしまって、馬鹿だなあって笑われたんだ。その時はなんだかひどく悲しくて腹が立って、それ以来プランターというマイ畑には何も植えてない。畑ブームは去った。というガーデニング向かない話を披露したら、日本号に変な顔をされた。あるあるネタじゃないの?
しかしここは広い家だなあ。もしかして金持ちか。

「……なあ、坊主。お前、主に会えるか?」
「あるじ」

あるじ。主って言った?
ご主人様のことでしょ、主って。日本号ってこの家の人じゃなかったのか。庭師かな? だから庭を褒めた時ドヤ顔だったのか。成る程な。オッケー、この家のご主人には会ってお礼をしないとな。
待てよ……?
こんなでかい日本家屋、そうそう御目にかかれない。庭も美しく保ってあるし、使用人も大勢居るのではないかと想像できる。記憶の奥底に出てくるあの赤茶色の髪の長い、筋肉の立派な大きな人は、胸に入れ墨があった気がする。刀を持っていた子どもがわらわらいた。夢じゃないとすればな。ということはつまり、ここはもしかして、ヤの付く稼業の人のお家なのではないだろうか。やばい。軽くオッケーした手前断れない。怖くなってきた。そういえば着せられた服、あの時着ていた武道用の服と防具じゃないか? 俺もしかして記憶を失う前に会ってたりする? えっえっ嘘待ってそれってつまり少しでも何かしでかしたらいや既に凄いしでかしてるんだけど待って待って俺殺されちゃうんじゃない? 大丈夫? いいえ大丈夫じゃありません。日本号おじさんどうしよう俺死んじゃう。首をへし折られて死ぬかもしれない。いやそれならまだいいけど生きたままバラバラにされてコンクリート詰めにされて東京湾に沈められたらどうしよう。怖すぎ。ホラーの次は任侠かよ勘弁してくれマジ失禁しないようにしたい。
がたがた震える俺の背を撫で、オレも付いていてやるから、と言ってくれたおじさんのご好意に甘え、抱っこされながら主さんが居るという場所に来た。流石に抱っこされたままは不味いと降ろしてもらい、背を伸ばす。

「御手杵を連れてきた」
「入れ」

想像よりは若い声だ。だけど重い空気が流れている。おじさんが襖を開けた。途端に突き刺さる複数の視線。ビャッと悲鳴が漏れた。めだま、複数の眼玉が、ぎょろぎょろとこちらを向く。ぶわりと汗が噴き出る。おじさんの足にしがみ付いた。眼玉はダメだ。あの幻覚が思い出される。怖い。すっと背中を押される。
お、ま、待ってこんな所に一人で座らせないで横にいてお願い日本号おじさん!


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