刀剣 | ナノ
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▼ 03 

耳が音を拾い始める。ふわふわとしたぬくもりに包まれてあくびが出る。すごいあったかい。きもちいい。素足が感じるのはシーツの感触だ。
ああ嫌な夢を見た。
遭難して散々疲れ切った挙句首をへし折られて死ぬ夢なんて縁起でもない。
自然と上がる瞼に、うすらぼんやりとする視界。時を重ねる毎にはっきりと姿を現していく世界に、流れる汗が増えていく。
知らない部屋だ。起き上がる。やはり、自分の部屋ではない。まだあの森の近くに居るんだろうか。生き延びた? 首を触る。折れてはないよな、いや、折れてたらこわい。ゾンビになってるってことだからな。
……あれ、利き腕がある。
だって、俺の腕は確かに奴に斬られたのだ。
なんで? 体を見る。所々に包帯は巻かれているけれど、あそこまで沢山あった小さな傷は見当たらない。

「起きられましたか、御手杵殿」

背後から声を掛けられてびっくりした。口から心臓が出るかと思った。振り向いてそのひとをみる。障子からの穏やかな陽の光が逆光になっていて、どういう顔をしているのかわからない。ただ、目だけがぎらぎらとこちらを見ている。記憶の中の化け物と重なる。

殺される。

化け物の横をすり抜けた。障子を開いて廊下に出る。心臓が跳ね回っている。見た事のない日本庭園に構う事なく飛び降りて、あるはずの門を探す。逃げないと、逃げなきゃ、殺される。もうあんな痛い思いは嫌だ。死にたくない。
足の裏に砂利が食い込むが、気にしてはいられなかった。あの化け物が追いかけてくるかもしれないからだ。
土塀に沿って曲がれば、ひとの姿が見えた。数人の子供達だ。知らせなければ、あの化け物が近付いてくることを。
逃げろ、と声を出そうとして息を吸い込む。そこではたと気がついた。あいつはこの家でなにをしていた? じっとこちらを見ていたのだ。この家の者がなぜあれに気が付かないのか。この家の生き物は本当に味方なのか。あれの仲間なのではないのか。
子供達の腰に細長い物がある。

刀だ。

あの、化け物達が持っていたもの。魚の骨が咥えていた長さの刀を、彼らも所持している。足が止まった。あれも、ひとの形をした化け物。
冷や汗が止まらない。どういうことだ、なんで、俺はこんな化け物の巣窟にいる。
こどもがこちらを見た。全身の毛が逆立つ。
見つかった!
どうしよう、と周囲を見る。後ろからは化け物が追いかけてくるし、前からはこどもの形をした化け物が近付いてくる。
どうしよう、どうすればいい。
ぱっと目に入ったのは縁側の終わりだ。家屋の中に入るための廊下。後ろからも前からもやつらが迫る今、選択肢はそれしかなかった。
敵の巣だとしても、眼前に迫る死の恐怖からどうしても逃れたくて、俺はその廊下へと飛び込んだ。
明るい場所から薄暗い場所へ。目が慣れないけれど仕方がない。逃げられなきゃ死ぬ。この家から出ないと。ひとの足音がどこからも聞こえてくる。ひとの声が辺り一面に広がっている。俺を探している。荒い呼吸を無理やり押さえ込んで、どうにか出口を探そうと隠れたり走ったりを繰り返す。途中、この家の奴にぶつかってしまった。何とか切り抜けたけど、背中に投げ付けられた大声が怖かった。
捕まったら殺される。
漸く見付けた庭への廊下を飛び降り、土塀に沿って走り続けた。ひとつ角を曲がって視界の端に移ったのは大きな和風の門だ。これでここから出られる。急いで門まで走り、扉に体当たりをした。開かない。閂が掛かっているのかと見回すが見つからない。取っ手がないのて引き戸でもない。どう見たって押し戸だ。なのに開かない。なんで、力が弱いのか。くそ、くそ! 早く逃げないといけないのに!
後方で声がした。もう見つかった。
扉は後だ。とにかく身を隠さなければ。
辺りはだいぶ暗くなってきた。こわい、あいつらは化け物だ。俺の目が闇で見えなくてもきっと向こうからは見えている。どこか、どこかに隠れてやり過ごさないと。
とにかく走った。周りに誰もいない事を確認して床下に潜り込む。奥へ、もっと奥へ。相手から見えない場所でなければいけない。がちがちと奥歯が鳴る。見つかったらおしまいだ。
なるべく小さく丸まって、少しでも肌色を隠すように両腕で顔を覆う。見つかりませんように、見つかりませんように。
ああ、神様、どうか。


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