刀剣 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ 08

目の前に一振りの刀がある。とある本丸から提出された燭台切光忠だ。
だから言ってきたのに、なんて我々を非難するのは審神者に仕えない六振りの刀剣男士達。全員、あの普段の装束ではなく、スーツを着用している。

「刀解してやれば良いだろう。ダメなのかい」

鶴丸国永が大倶利伽羅にちょっかいを出しながら言った。大倶利伽羅はだいぶ迷惑そうにしているが、それでも何を言わないのは彼の特性を知っているからか。

「愛着でも湧いたのかね。まあ、何年か暮らせばそれなりに情は湧くか。燭台切は情が移らなかったみたいだが」

日本号がそう推測する。同意の意思を見せたのは大倶利伽羅の隣に座る薬研藤四郎だ。

「まあ、やっぱ審神者としては生きて欲しいって思ってたんだろうな」
「あーあ、可哀想だなー。約束しちゃったから反故には出来ない、でも自分では刀解する勇気も出ない。他人にやってもらうしかないなんてさー」

浦島虎徹と獅子王はどちらかというと審神者に対して同情的だ。けれど、やはり彼らも刀解することに反対はしないようである。

「……言ってきただろう、他人の刀剣を管理するのは難しいと。良くも悪くも、ヒトは情を移しやすく、感情に振り回されやすい。今後は本丸で管理させずに、本部の辺りに……」

大倶利伽羅がちらと鶴丸を見て、ため息をつきながら言葉を続ける。

「刀剣男士の託児所でも作れば良いんだ」
「伽羅坊!俺の方見て言ったな!」
「アッハハハ!言い得て妙だな、託児所、託児所ときたか!確かに鶴の旦那に向いてる」
「薬研〜!」

彼らは訳ありだ。審神者の下に居るのを拒否し、または審神者が彼らを拒否し、しかし彼ら自身は刀解を望まず、戦い続けることを望んだ。我々が保護した刀剣男士達。
各局に一振りずつ割り当て、彼らは国に従事してくれている。そうして時折、刀剣男士の問題や慎重を期する案件について、力を貸してくれるのだ。
今回はこの、燭台切光忠。彼は審神者と約束を取り付け、自身の刀解を望んだ。だが、審神者はそれをする勇気が出ず、こちらへと助けを求めたのである。前代未聞だ。委託刀解、とは。

「刀解してやらないのか?光坊はそれを望み、審神者はすると約束したんだろう。何も躊躇うことなんてないはずだ」
「ヒトってのは、難儀な生き物だよなァ」

人間側は、彼、燭台切光忠を刀解したくないというのが本音である。練度も高く、刀解するには惜しい、と、そういう存在なのだ。しかし、刀剣男士達はそれを初めから考えていない。刀解でなければ、破壊するか、連結はどうか、という、譲歩の案しか出してくれない。大倶利伽羅だけは、どうやらこちらの意図をわかっている様子ではあるが、その案を出してくれることは無いだろう。そういう刀だ。あのひとは。

「……呼ぶか……」

嫌そうに大倶利伽羅が多機能携帯電話を取り出す。それを見て他の刀剣男士も少しばかり顔を引きつらせた。

「伽羅坊、あいつを……呼ぶのか!?」
「おい、それならウチの主任を呼んでやる」
「すぐ来れるのはアイツだけだ……!」
「やっぱりもう一人くらい審神者をこっちに置くべきだな。後で打診するかね」
「それじゃーあの子でも呼ぶ?」
「今はやめといた方がいいな」

アイツ、と呼ばれるのは監理部違法本丸対策室に所属する女史の事だ。元審神者という肩書きであるが故に、刀剣男士達への態度が他の職員達とは違い、それが彼らにとって不快なのだそうである。特に、大倶利伽羅は恋慕の情を抱かれているようで、彼としては極力関わり合いたく無い、との事である。しかしながら、大倶利伽羅は監理部所属の刀剣男士である。残念なことに関係を切ることは出来ない。
また、日本号が口に出した主任、というのは技術開発局の刀剣管理主任の事である。技術開発局には試用運転場という名の本丸が設置されており、それの管理も刀剣管理主任が担当している。つまり彼は、審神者の能力も有するのだ。
浦島が言及したあの子、というのは多分、よく我々に手を貸してくれる審神者のことだろう。特異な眼や能力を持つが、性格に難のある少年だ。現役で高校生なのだが、特例措置として審神者業務を請け負ってくれている。頭が上がらない上に足を向けて寝られないような、大変な存在なのである。

「刀解させるのに異論はないな」
「……本当にそれしかないのでしょうか」
「ああ、ないな」

六振り全員が頷く。わかっていたことだ。これは悪あがきにすぎない。大倶利伽羅が対策室に電話をかける。女史に引き継がれ、電話越しにも彼女の興奮がわかる。スピーカーにせずとも漏れる彼女の声。今すぐ向かう、とのこと。数分も経たずして会議室のドアが開いた。

「監理部違法本丸対策室所属、佐藤只今参りました!」
「お、お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です。問題の燭台切様はその机の上の?」
「そうです」

元気よく入ってきた彼女は、数人の職員を縫って此方へとやって来た。あら、と彼女は何かに気付いたように此方を見て、燭台切光忠を見て、六振りを見る。

「良いんですか?この子……刀解しても」
「構わないぜ。光坊たっての希望だ。ちゃんと理解しているさ」
「ああ、してやってくれ。ここに置いてたら主任が喜んで持ってっちまう」
「本当は君じゃなくて、あの子の方が適任だと思うけどー、まだほら、学校だし!」
「やってくれ」
「任されました。……本当は炉に近いところが良いんですけど、皆さんもいるから大丈夫ですね。よーし」

彼女はその長い髪を縛り、スーツを脱ぎ、シャツの袖を捲り上げる。何か口の中で唱え、燭台切光忠に手をかざした。ぱっと刀剣が発光し、会議室全体を光が包む。あまりの眩しさに目を閉じ、次に目を開いた時には、机の上に乗っているのは刀剣ではなく、金属の小さな塊と、木炭などの、いわゆる資源だった。聞いてはいたけれど、なんだか映画の中のようだ。

「……よく頑張ったなあ」
「ああ……安らかに眠れよ」

六振りは思い思いの言葉を口にし、数分後にはもう、各自の仕事の話をし始めた。

「獅子王、法務部に寄っていいか」
「ああ、構わないぜ。やっぱ条文要るよなあ」
「俺っちは招請局に出るか。医療知識のある審神者をピックアップしておきたい」
「オッケー!局長さんに連絡するね」
「それじゃ、帰ろうかね」
「日本号!お前はまず総本部に来い!やる事があると何度言ったらわかるんだ!研究を始めるにも運用するにも判が要るんだ!」

ぞろぞろと会議室を出て行く彼らにならい、職員達も各々の部署へと戻って行く。対策室の佐藤女史が、机の上の資源を集めて、持って来ていたらしい箱の中に詰めて、此方へと渡して来た。

「貴方が担当さんでしょ?これ、燭台切様の審神者に渡してくださいね」

それじゃあ、と彼女は手を振って、会議室を出る。大倶利伽羅さーん、と廊下から聞こえて来た。彼が大変なのが理解できた。
手元の箱を見てため息をつく。これがあの刀だったのだと思うと信じられない気持ちだった。
これが、先程まで動いていた六振りの彼らと同じ刀剣男士だったもの、だなんて。幸い、今日は金曜日。土日に当直や夜勤は入っていない。これから審神者への報告というしんどい仕事が待っているが、花の金曜日だと思えば耐えられる。もう一度ため息をつく。

「あー、ハワイに行きてえ〜〜〜」

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