刀剣 | ナノ
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▼ 07

誉、というのはご存知だろうか。審神者をしているもの、刀剣男士達なら知っていて当然だと思う。出陣し、その時に一番活躍した男士がもらえる称号だ。MVPという方がわかりやすいのかも知れない。この本丸で働き始めて、刀を振り回さなければならないということはとても驚いたけれど、仕事ならばやるしかない。ついでに、痛くても良いから敵に殺されないかなあ、なんて思ってやってきた。結局殺されたと思ったら、手入れ部屋で目を覚ますということが何回もあって、ああ、今日も死に損なったと絶望した回数は数知れず。審神者、と呼ばれる上司兼社長にお守りを持たされてからは余計に死ねるかもしれない確率が減って本当に残念だった。余計なことをしてくれた。どうやらお給料は出ない代わりに諸々の経費もかからないらしいので、私は積極的にお守りを壊したし、審神者もお守りを買ってくるといういたちごっこをしていたが、それも今日で終わりなのだ。
先ほども触れたがこの本丸ではお給料は出ない。だが、誉を百回取れば一つ、御願いを聞いて貰えるんだそうだ。それはもちろんなんでもいい。ウン百万円するものをねだるのはさすがにダメだそうだけど。そりゃそうだ。他にも例えばその日の夕飯が豪華になったり、好物になったり、大きめのぬいぐるみを買ってもらったりできるようである。
そして私は先程、漸く百回目の誉をとった。実に長かった。私の、出陣すれば死のうとする、という性質を知った社員達が、なるべく出陣させないようにしようとしたからだ。それは困る。私は死ぬために頑張っているのに。
だから私はこの身体の特性、刀の付喪神、らしいことを逆手に取って、喚き散らした。何故戦に出してくれないのかと。私は戦うために顕現されたはずではないのかと。お前も前の審神者と同じなのか、と。全部でたらめだ。
正直に言えば、私は戦いたいとは思ってない。痛いことはごめんだ。積極的に痛みを感じようなんて狂った考えを持ってはいない。死ぬことができるのなら痛いことだって我慢ができる、というだけなのだから。
それに加えて、私は人間である。どうやら私はどこかで死んで、いつの間にか刀剣男士なんていうものに生まれ落ちてしまっていたようだけれど、それでも中身は人間である。なぜ何度も死んだと思ったのに生き返ってきたのか、ここで働くようになって数ヶ月、自分が人間ではない何かになってしまったのだと、なんとか飲み込むことができたのだ。燭台切光忠、というのだそうだ、この身体。何故そうなったのか全くもってわからない。スーツなんて着ているものだから、別人になったなんて気付かなかった。通りで視界が狭いし、遠近感も掴めなかったわけだ、と今ならわかる。右目が見えなかったからだ。私はずっと、死神に首を切られたあの時から、一つの目標だけ見て生きていた。身体がどうなっていようと構わなかったし、関係がなかったから、気付くのが酷く遅れたのだ。別に、どうでもいいことなのだ。そんなのは。
だから、ここの職員たちが私をどう思っていようとどうでも良かったのだけれど、私の目標の邪魔になるのはいただけない。そう思って彼らをさりげなく探ったりしたものだ。常に見張られているような状態の私だったが、彼らは私に同情的で、話すことは容易かった。腹を探られても痛いところがない、というのも関係したのだと思うが。どうやら私は、以前に所属した本丸で、酷い扱いを受けていた、という認識をされているようだった。何故か刀の付喪神は戦場に出たがる。それは共通認識で、付喪神の身体を持つ私もそうだと皆決めつけている。そして以前の本丸で、私は満足に戦わせてもらえていなかった、と思われているようであった。その認識を利用させてもらい、私は時折泣き、喚き、叫び、笑いながら、戦場に出る機会をもぎ取っていた。彼らも、以前の本丸でできなかったことをさせようとしてくれていたのだ。だが、残念なことに、本丸に所属するのはここが初めてである。この身体になる前であれば、確かに酷い会社に勤めてはいたけれど、それはここも同じようなものだ。むしろ、職場にずっといなければならないという時点で、こちらの方がより酷い。
私は燭台切光忠などではなかった。しかし、本丸に所属する上で、私は燭台切光忠に成らなければならない。幸か不幸か、この本丸には本物の燭台切光忠がいて、私は彼を参考に、彼の真似をして燭台切光忠に成る努力をした。結局のところ、成りきれたかどうかで言えば、ノーではあるが、はじめの頃よりは随分とましになったと自負している。おはようからおやすみまで、ずっと彼でいなければならないのだから、多少は身に付いたと言えよう。どんなブラック企業よりも就業時間が長い。以前の会社ですら、業務が終了すれば私は一人の時間を持てたというのに。まあ帰って寝て起きて出社、しかしてなかったけども。他にも、休日という休日がないというのも同じだった。いや、以前の会社では休日の概念すらなかったわけで、それに比べればこちらはどうかというと、休日という概念だけはある、とも言える。一応は休日を貰えるのだ。だが、その休日も休日の体をなしていない。結局は仕事に駆り出されるのだ。それは畑仕事であったり、子守であったり、掃除洗濯、炊事であったり、飲み会であったりするのだけど、どんなに仕事内容が変わったって、やる事は仕事に変わりないのだから仕事である。休日なんて名前が付いているだけで疲れは倍増する。本当にしんどかった。
数ある仕事の中で、馬の世話だけがまだましな時間と言えた。それも仕事の一環であるから、疲労の蓄積は免れないが、仕事の中で最も疲労が少ないものであるのだ。
生き物の世話をする、というただその一点において、なによりも慎重にせねばならないので、自然ともう一人の当番の者も悪ふざけはできない。特に集中を余儀なくされ、事務的な会話だけで済ますことができるのだ。一通り終えれば、遊び始める子もいたけれど。
なんの話だったっけ、そう、百回目の誉れの話。良かったね、とか、やりましたね、とか、社員に賛辞の言葉を送られ、私はきちんと謝辞を返す。そう、ここまでとても長かった。どれくらいの月日が経ったのか。この本丸に所属した期間も、以前の会社と同程度か、それ以上になってしまっている。本当に辛い時間だった。ただ、以前とは違って私には目標ができたから、起き上がれない、という事にはならなかった。時折、目覚ましが聞こえなかったり、涙腺が壊れて涙が止まらなくなったりはしたけれど。だけどそんな事も今日でおしまいである。
審神者からのお呼び出しを受けた。すれ違う職員たちに、何を願うのかと尋ねられたりもしたが、秘密という言葉だけで乗り切った。彼らも審神者と同じく、安楽死を忌避する傾向にあるようなので。だけどそれは何故なのだろう。合戦場や鍛刀で手に入れた刀は、結構ばんばん刀解していると思うのだけど。職員達が私を私だと気付いている空気はない。皆、私が訳ありの燭台切だと思っているはずだ。だから、刀解してもらうにあたり、本来なら私達分霊?は本霊?の元へ還るという事なのだけれど、私の中身は人間だ。本物の燭台切光忠の元に戻るわけがない。だから、刀解したその瞬間、私は消滅するのではないかと考えている。それを、職員達がわかっているなんて節はなかった。から、それで嫌がっているというのではないはずだ。それに、輪廻転生とか、もういい。生きるのが辛いのだから、消滅したって構わない。記憶が残って燭台切光忠になった私が、次も記憶が残って生まれ直さないという保証もないのだ。だから、本当なら、破壊が。ああだけど、痛くない安楽死の方が魅力的だ。いや、どっちでもいい。死ねるんだから。
でもやっぱり、どうして刀解を嫌がるんだろう。破壊を嫌がるのはまだわかるけれど。ああ、あれかな。育てたキャラクターには愛着が湧いて、とか、情が移って、とかその類なのかな。遊んだゲームのセーブデータを消すのには勇気が必要っていう感じなのだろうか。まあ、それならまだわからないでもない。私もそういう事、あったので。
目の前に審神者が座っている。私も彼の目の前に正座する。

「どうして呼び出されたかわかるかい」

最後の戦いの狼煙が上がる。
わからないわけがないではないか。
私はこの時を待っていた。待ちに待った。待ち侘びていたのだ。

「勿論だよ。今日でちょうど、誉を取るのは百回目だからね。御願いを聞いて貰えるんだろう?聞いてから楽しみにしてたんだ」

へえ、と審神者が目を丸くした。たしかに私が何か欲しいものがあるなんて考えられなかっただろう。彼らの中で、私は虐げられていた刀剣男士で、世間知らずの刀剣男士だ。知識も不完全で、戦い方もなってない。だけど、私には強く願うものがある。欲しいものがある。そのためだけに耐えてきた。それを貰うためだけに生きてきたのだ。

「それじゃあ、聞いて良いかな」

彼は微笑む。

「その前に、ちゃんと僕の願いを叶えると約束して欲しい。あ、大丈夫、そんなに難しいお願いはしないつもりだよ。でも、やっぱり保証が欲しいんだ。ごめんね、信用してないってわけじゃないんだけど」
「ん? ああ、そうだな。……わかった、約束するよ」

信用なんてしてないよ。
するわけがない。でも、そう、この身体になって息をするようにさらりと嘘を付けるようになった。そうしなければならなかった。だって私は生きるのがただただ辛かった。すぐにでも死んでしまいたかった。だけど死ぬために生き、生きるために仕事をせねばならなくなり、仕事のために燭台切光忠にならねばならなくなった時、私は私を嘘で固めなければならなかったのだ。燭台切光忠の皮をかぶるために、自分は刀であると嘯き、彼に成りすます。ボロが出た時は彼らの勘違いに便乗した。全ては私のためだ。全ては、全てはこの日のために!
彼らを信用なんてするはずがない。彼らは死を忌避するものだと考えているから。だから約束を取り付けた。聞いたことがある。刀剣男士は付喪神。妖怪を祭り上げて神格を持たせ、神へと昇華させた存在だと。特に意味なんてわかってないけど、私が神のひと柱で、神様との約束は必ず守らなければならない、ていうことだけはきちんと覚えた。

「後にも先にも、私の望みは一つだけ」

さあ、これであなたに退路はありません。
私のお願い、聞いてくださいますよね?

「希いましては、どうか──」


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