刀剣 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ 06

会社に戻らなければ、と告げているのに、彼らはそんなところ戻らなくていいと言った。なぜ、そんなことを言うのだ。私がどれだけ苦労してあの会社に登用されたと思っている。帰れるならば、帰らなければ。しんどい。死にたい。死にたいけれど、帰らなければならないのだから、帰るのだ。また、起きられなくなるかもしれないけれど。どんなにあの会社が劣悪な環境だったのだとしても、どれだけ私が潰れろ、と思っていたとしても。あそこは私の勤める会社だ。あそこは私を登用してくれた会社だ。戻らなければ。しんどくて、辛い毎日が待っていたとしても、働いているという事実こそが、社会人としての最低限なのだ。そこに会社の良し悪しは関係がない。あるのは働いているか否かという事実関係のみ。
そんなことをうまく伝えられずに、それでもなんとか伝えきる。それならば、と目の前にいる彼が言った。

「俺の所で、働きませんか」

彼は一体何を言っているのだろう。私を登用してくれると言うのか。こんな経歴もわからない、どこかの馬の骨を拾うというのか。樹海で彷徨っていた、明らかに自殺志願者を、彼は働き手として雇おうと言っているのだ。きっと彼の頭はおかしい。そして私も頭はおかしくなっている。ああ、なるほど、帰る場所が変わるだけなら、よろしい、私はここで働く事にしようと思う。だけど、そうだ、教えてほしい。さっき聞いた、とうかい、というあの言葉。彼はとうかいを選ぶこともできると言った。私は働くと応えたけれど。それを選ぶと、どうなっていたのか。あまり言葉にしたくはないのですが、と彼は前置きして、とうかいとはどういうことかを教えてくれる。刀を解すと書いて刀解。今の私を痛みなく消し去ってくれる方法である。なるほど。なるほど!それはとても素晴らしい事を聞いた。つまりは新しい安楽死の方法なのだ。良いことを聞いた。ならば私はそれを選ぶ。当たり前だ。私は死にたい。もう生きるのは疲れてしまったのだから。
本当ならきっと、生きたいと思うべき所なのだと思う。だけど私の心はもうダメだった。さだむねくんが見せてくれた自慢のお庭、綺麗な庭園だったのだと思う。だけど私は、はあ、綺麗ですね、としか言えなかった。もっと感動していいところだったはずなのだ。多分、大学や高校時代だったのなら、感動して写真でも撮っていたに違いないと、思うくらいには。でも今は、もう、ただ、死んでしまいたかったのだ。痛くたっていい。
生きるのに疲れた。私は死にたい。
そこに合法的な安楽死が許されるのなら、飛びつくのは当たり前でしょう?
しかし、私はそれを選ぶ前に働くことを選んでしまっていた。今更その決定を覆すわけにもいかない。ああ、ここで働いていれば、いつか刀解してもらえるのだろうか。あまり言いたくないと言っていたから、彼はやはり安楽死を悪しきものと思っている風であった。でも、成績を残せばきっと、ご褒美に貰えるんじゃないだろうか。ノルマをこなせば、きっと。お金を貯めて、安楽死を買う。決めた。ボーナスだって出るのだろう。前の会社よりはずっと、ここは良心的だそうだから。

「……ありがとうございます。それでは、契約の儀を執り行います」

はい、よろしくお願いします。どの書類にサインしましょう。判子を押す書類はちょっとまっていただかないといけませんね。だって、まだ判子を作ってもらっていないので。あ、要らないんですか。あ、はい、わかりました。あれですよね、新入社員紹介。これは私の名前ではなく、先程教えられたものを名乗るのですよね。確か。大丈夫、どんなに鈍臭い私でも、流石にそれは忘れません。

「……燭台切光忠と申します。なにかと面倒をお掛けするかも知れませんが、御社のため、精一杯働かせて頂きたいと思います。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

社長だろう彼が驚きの表情を見せた。
あれっ、何か間違えました?


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