刀剣 | ナノ
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▼ 04

「──みっちゃん!」

目の前で馴染みの刀が襲われた。
助けようにも、距離があって間に合わなかった。彼を遠巻きに見ていたから。

一人で歩くみっちゃんを見つけたのは偶然だった。審神者の指示に従って進軍していた時、遠くで何かの音がしたのだ。遡行軍か、と息を潜めて音の方向を窺っていたら、そこにぬっと現れたのはそのみっちゃんだった。どうやら木の根に引っかかって転んだらしくて、隣のみっちゃんはああーって顔に手を当てて嘆いていた。わかるぜ。いくら自分ではないとはいえ、あれも自分。常に格好良くありたいみっちゃんだから、同位体の失敗も己の失敗のように感じるのだろう。
みっちゃんは太刀だ。夜目が効かない。もちろん、この薄暗い樹海も見辛いはず。だが、レベルと偵察値を上げればどうとでもなる。樹海で木の根とかに足を取られないようにすることはできるのである。
それに、一人でいるのだっておかしい。合戦場に出る時は普通、一部隊で来るはずだ。一部隊は最大で六振り編成できる。ここはそこまで難しい難度の合戦場ではないけれど、単騎出陣は無謀だ。多分、ここまで一人で切り抜けてきたんだと思う。装束が見るからにぼろぼろだ。
その上、あのみっちゃんはどうにも様子がおかしくて、色々と考慮してしばらく様子を見ることにした。いきなり声をかけて、反撃されたら困るというのもある。俺たち刀剣男士は、同位体全員が同じ性格をしているわけではない。もちろん大元が同じだから、ある程度は同じだ。だけど、みんな少しずつ違う。俺は甘いものが好きだけど、違う俺は辛いものが好き、みたいな感じだ。それは演練で知ったことだ。あのみっちゃんが、実は好戦的、という可能性もあるのだ。慎重にことを運ばないといけない。
向こうから気付いてくれないかと思って、少し近くまで寄ってみたけど、みっちゃんはこっちに気付いた様子はなかった。ただ、帰らなきゃ、とは度々口にしていた。推測するに、多分みっちゃんはどこかの部隊の隊員で、みんなとはぐれてしまったのだと思う。練度も低いし、偵察値も低いんだろうなと窺い知れた。時々転んだり蔦に襲われたりしながら 、みっちゃんはふらふらと樹海を進む。俺たちも距離を取りながらみっちゃんを追いかけた。
みっちゃんがまた躓いて転んだ時だった。背後に遡行軍が現れたのだ。一気に俺たちに緊張が走る。みっちゃんは全く気付いていない。
隊長の方を見た。彼は審神者の指示を受けて、俺たちに陣形を組む指示を飛ばした。みっちゃんを助けないと。焦りが募る。けれど、隊長は首を振った。今はその時ではない、慎重に、まだもう少し様子を見る。
遡行軍がみっちゃんを攻撃した。飛び出しそうになるのをぐっとこらえる。耐えろ、と隣から言われる。わかってるよ。ぎり、と奥歯が軋む。遡行軍も、俺たちには気付いていない。
ようやくみっちゃんが遡行軍に気付いたらしい。だけど、刀を抜こうとはしなかった。敵わないと判じたんだ。みっちゃんが重傷なのは、見つけた時からわかっていたし、この戦場に合わない練度だったのだろうとも考えられる。だから、みっちゃんは遡行軍を前にして座り込んでしまった。すっと首を差し出して、どうか一撃で、と頼みすらしていた。遡行軍も鬼ではないらしい。奴は頷いて、刀を振り上げた。
そうしてみっちゃんは、その首を刎ねられてしまった。服を掴まれて、飛び出すのを防がれた。耐えられなかった。だって、みっちゃんが。みっちゃんの首が、刎ねられたんだ!
首がごろりと落ちる。斬られた面から血を吹き出させて、体勢を崩す、燭台切光忠を冠した肉体だったもの。遡行軍のやつが、彼の腰にあった刀を拾い上げる。ああ、駄目だ。それだけはさせない。身体を助けることはできなかったけれど、見捨てる戦法を取ったのは俺たちだけど。本体はまだ残っている。まだ折れていないみっちゃんを、破壊させるわけにはいかない。もういいだろ。もう、飛び出したって構わないよな。そうだろう!

「せぁらあっ!」
「そらよォッ!」

一体一体確実に敵を減らしていく。みっちゃんを持っているあいつを倒すには、小さいのが邪魔だった。俺たちが撃ち漏らした短刀を、大太刀が一掃してくれる。残りはあいつだ!

「これでも、実戦向きでね!」

俺たちのみっちゃんが奴の頭を刎ねる。手から落ちる刀をどうにか宙で掴みとった。おかげで腐葉土にまみれたけれど、腕の中のみっちゃんは無事だ。どさ、と巨体が倒れるのを聞く。勝った。近くにまだ残っている、みっちゃんの身体を見ないようにして、刀を収めている部隊へと走って戻った。
肉体が消えるのにはもう少し時間がかかるのかもしれない。……持って帰った方がいいのだろうか、やっぱり。

「……僕の身体を持って帰るのは、洒落にならないと思うんだけど」
「流石に俺っちも首、斬られたことはないからな……放っておいていいのか、持ち帰った方がいいのか、わからん」
「こちらから主様に通信することは叶いませんからねえ……皆様、どうやら帰城の様ですよ」
「まあ、見てるからな、この状況。流石に帰城させるだろ、普通」
「だろうなあ。で、もう一人のみっちゃん……の身体、どうしよっか?」
「……そのうち、彼らと同じく消えてしまうでしょう」

倒した歴史修正主義者の身体は、さらさらと砂の様な粒子になって消えていく。

「……なんだかなあ……本体はこっちとは言え、置いてくのは気が引けるよな」
「言うな言うな。戻るぞ」
「ごめんね、僕……!本体はちゃんと持って帰るから……!」

帰城のゲートが目の前にぽっかりと開き、次々と部隊のみんなは本丸へ戻っていく。
後ろ髪を引かれて振り向けば、首だけのみっちゃんがこっちを向いていた。ゾワッとする。
金の目はこっちをじいっと見ている。首だけの、みっちゃんの、口が、動、い、て。

「うっお、おおおああああああ!!!!!」

叫びながらゲートに飛び込んだ俺は多分、全然、悪くない。


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