刀剣 | ナノ
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はた、と気付いたのは本当に偶然だった。
今までとは違って、生物のサイクルに片足を突っ込んだ状態の私の身体が、排泄行為を求めて促して来た。この屋敷の中を案内され、どこに何があるかは把握している。長い時を過ごしてきただけあって、すっかりと身に付いた男の排泄行為、刀剣の付喪神の癖にしっかりした作りのズボンのチャックを閉めている時だ。そういえば乱藤四郎は排泄器を使ったことがあるのか、と思い当たったのだ。
あれが毒を盛られたものを食べさせられたという事は分かっている。夜毎、性の捌け口にされていたのも知っている。経口で何かを摂取させられている事は確実だった。
自分が腹痛で苦しんでいる時に、彼の消化器官の働きを心配したけれど、よくよく考えてみれば使っていないわけがない。
ならば勿論、排出器官も使用しているはずではあるけれど、果たして本当に、正常に使用されていたのかは確認していない。
食事をしたのは数時間前で、そろそろ一般的な就寝時間だ。乱藤四郎を風呂に入れたという話も聞いていない。トイレの場所くらいは把握しているだろうから、大丈夫だと思いたい。しかし、一度不安がその首を擡げると、次第に体を大きくしていく。
此処に顕現されている粟田口派の刀剣も割合は多いが、総合計は全部で十二、圧倒的に数が少なかった。乱藤四郎を率先して世話をするのは鯰尾藤四郎であり、それ以外はあまり見ない。聞けば遠征や出陣に出さなければならないから、居ない事が多いのだそうだ。
過去の時代へと送られる部隊は、六振りで一つの部隊を組むのが基本。出陣と遠征、どちらにも出してしまえば、本丸には誰も残らない。
とはいえ今は全員が本丸に居るはずだ。
乱藤四郎の場所を知る者とすれ違えれば良いのだが、果たして。



翌朝だ。心配が当たってしまった。美しい本丸の片隅、物干し竿にぶら下げられた布団には、歪な円が水によって描かれている。あーあ、と声が出そうになるのを手で押さえた。
結局、乱の部屋を知る一期一振と会った時にはもう乱は就床してしまっていた。彼を探す自分を訝しげに見る彼に、事の次第を伝えると、みるみると顔色を悪くさせていった。
今思えば、王子様と俗に呼ばれる一期一振が、下の心配をしていたのだから面白い場面だったと思う。今は乱藤四郎のための厠使用講座が、鳴狐教授のもと行われている。

刀剣男士のほぼ全てが通る道だ。
刀剣男士とて、付喪神として受けた生は長くとも、肉体を得て過ごした期間は無い。どの刀剣だって、肉体の経験は生まれたばかりの赤ん坊と同等、真っさらな状態にある。
肉体は人間と同じ。
本来なら己自身を振るう時だけ顕現させておけばいい話だった。けれど付喪神は、それを振るうための肉体を、一から造り上げては宙に解かせるほどの力を持ち合わせていない。
たかだか九十九年、人の思念を蓄えて産まれただけの妖怪。本体を持って尚、別の器を造り動かすことなどできやしない。刀剣はそれ以上の歳月をかけて人の思念を受け止めているといえど、付喪神は付喪神以上にはならない。猫が猫以外のものにならないのとおなじこと。その肉の器を造るための力を審神者に貰って、漸く顕現するのが刀剣男士。故に、肉の器が解けるのは、それを管理する本体が折れた時か、審神者が力を供給するのを止めた時だ。
そう、刀剣男士は肉体を管理さえしていればいい。維持は審神者の力次第。食事も排泄も睡眠も、本来ならやらなくていいのだ。血が流れているわけではない、内臓が動いているわけでもない。髪も伸びなければ、爪だって伸びることもなく、本体が折れなければ肉体など挽き潰したって問題ない。痛みだって感じずに生きる事も可能だろう。
紙に描かれたキャラクターそのもの。
審神者の霊力のみが、生命の源だ。

人と同じに。

それはあくまで審神者の意向で、刀剣が口を挟むべきではない。
全ては刀剣の考え次第で、ひいてはそれを司る審神者次第だ。刀剣男士に個体差がある事はよく知られている。それは本丸の影響といわれるが、その本丸を作り上げているのは審神者である。審神者の精神構造に寄って、その霊力を受けて顕現した刀剣男士は、それに沿った意思を持つ。それは鍛刀した刀剣であっても、戦場で拾った刀剣であっても差異はない。
全てはやはり、審神者次第なのだ。
例えば審神者を全力で甘やかす刀剣男士達が居たとしよう。そこに一振りだけ、審神者に厳しい刀剣が顕現される。それは戦場で拾ったものだった。だが、厳しい態度は戦場で拾ったから、というのが理由ではない。審神者の心の奥底、厳しく叱る相手が欲しいと渇望する欲が理由だ。だが、刀剣男士にそういった自覚はない。自覚がないから、苦しむこともある。
乱藤四郎はその類だ。審神者が望んだのは己だけのためのハレム。刀の矜持だなんだとその環境に甘んじる彼らを糾弾し、非難し、擁護するが、それを望まれて顕現されているのだ。彼らが根本的に疑問に思った事も、嫌悪した事も無いだろう。そう彼が思うのは、審神者がそうも望んでいたからだ。事実、彼は審神者を受け入れていた。
今の状況は、偶然そこから飛び出た結果にすぎない。
そしてきっと、私にも同じことが言える。
彼女が望んで顕現した大倶利伽羅。その中身は全く別のものが紛れ込んでしまったけれど、彼女の望みに沿ったものと成っていた筈だ。
兄の様に、母の様に、彼女の望んだ家族で在る様にと。全ての刀剣がそうだった。
三日月に狂わされるまでは。

「大倶利伽羅殿」

声を掛けられそちらを向く。昨晩は、と苦笑を浮かべるのは一期一振だ。

「全く失念しておりました。排泄行為が上手くできないとは……」
「……そういう環境じゃなかったんだろう」

きっと、排出器官を正常に使用した事がないのだ。乱は性経験と、刀剣である経験以外は赤ん坊と変わらない。だが、肉を管理するのは九十九神、百を超えて存在する道具に憑く妖だ。夜尿もすぐに収まるだろう。あと、二、三回有るか無いか、といったところか。

「お前も初めは出来なかったろう、同じ事だ」
「……貴方は、意地が悪い」

そう、誰だって初めはできない。
一期一振も、燭台切光忠も、次郎太刀も。皆一様に同じだ。夜尿か失禁か。そんなもの知りたいと思わないが、初めから便所で出来たやつなんてそうはいない。
自分のようなのは別だろうが。
本霊には肉体が無いのだ。肉を持つ経験などなく、本霊に還る分霊の経験も、本霊の中に戻る事で伝聞したような感覚に成る。新しく作られた分霊には、他の分霊の経験は継がれない。
私だって性別が違ったのだ。上手く出来るはずも無い。初期刀殿に手伝われ、事細かに教えられた。おかげさまで、問題なく過ごせている。
その初期刀殿は、主ではなく別の審神者に教えてもらったのだったか。

「そのうち慣れる」
「ええ、恐らくは。しかし我々は気づかなかった。感謝致します」
「……気付いたのは偶然だ」

感謝なんて、されるようなことはしていない。
そう言うと一期一振は矢張り困ったように微笑んで、再度同じような言葉をこちらへ寄越す。今度は、自分は何も言わなかった。

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