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「#幼馴染」のBL小説を読む
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噴き出す汗を拭う事もせずに、彼は床に転がっている。だから嫌だったんだ、と呻きながら、痛みに耐えるその様は異常な光景のように感じられた。
同じように物を食べた乱藤四郎は、彼とは違って痛みに苛まれているなんて話は未だなく、自分達が初めて食事をしても、胃が痛むなんていう事はなかった。
彼と我々と一体何が違うのか。荒く熱い息を吐き出し、しなる弓のように背が丸くなる。腹を押さえ、畳に額を擦り付けて、ただ痛みの波をやり過ごすしかない彼の、時折上げる呻き声にはらはらと気持ちが落ち着かない。心配するなと言われても、目の前の状況では誰だって落ち着いてはいられまい。どうしよう。声をかければ痛みで涙に濡れた瞳がぎろりとこちらを向き、瞼が閉じられるたびにぼとぼとと水滴が藺草に吸い込まれていった。

「こんな、事になるなんて、思ってなくて」
「うる、さい」

ごめんねと言葉を零せば謝るな、と怒られてしまう。でも。ここまで苦しむのを知っていたなら、食事なんてしなくても良かったのに。させもしなかったのに。
浅はかだった。彼も乱藤四郎と同じような存在だとつい思ってしまっていた。食事がとても楽しい事だと、素晴らしい事だという事を知って欲しかった。けれどそれはこちらの都合を押し付けただけで、彼はそれに苦しめられるのだ。なんて、格好悪いんだろう。
それでも何か出来やしないかと声をかけるが返答はなく、そっと彼の背に手を当てて摩ってみる。効果は全く無いだろうけれど。
一体どのような痛みなのか、自分には全くわからない。彼は言う。これくらいなら慣れている。前は酷い痛みのある時が月に一度はあった、と。
どういう事だ。
前の審神者のもとで、痛みを伴う何かを、月に一度させられていたというのか。
痛みが気になるかと問われた。肯定する。
お前も断食してみるといい。胃が働いた記憶があるのなら、きっとこの痛みも味わえるだろう。その前に、お前が飢餓感に耐えられるかはわからないが。
痛みに耐えながら、こちらを嗤うような声を出す彼は、お前には無理だと言外に告げている。失礼だな。それくらい僕だって、と抗議をしようと口を開き、はたと思い当たる。自信があるかのような物言いだった。つまり彼の知る燭台切光忠は、断食が出来なかった、ということだ。そんなに僕って辛抱きかない子なの? 失礼な。不満気な表情をしていたのか、彼はふっと弱々しく笑う。

「お前は少し太っている方が良い」

し、失礼な!
そんなに太ってないんだからね!





どうにか痛みが引いてきたらしく、随分と疲れた顔をしながら、ぐったりと床に寝転がる大倶利伽羅の頭を撫でる。

「もう何も食べたくない……」

疲れを吐き出すように呟かれた言葉は重く、ずしりと自分にのしかかってくる。どうしてという言葉が舌の根元まで出て来るが、音となる前に飲み込んだ。ここまでの痛みを伴うのであれば、食事が嫌になるのは仕方がない。
乱は平気か、と彼は問うた。あれも随分と胃を働かせてないだろう。

「乱君のことは聞いていないけど、誰も言いに来ないから、大丈夫だと思うよ」

そうか。ぽつりと溢れる声に乗る色は安堵。
乱藤四郎は食事の席で、自らものを食べようとはしなかった。皆がものを食べるのを待っているのかと思ったのだけれど、手が動くことはなかった。食事をすること自体を知らないのかと思ったが、それにしては体を硬くしている。鯰尾藤四郎が何かを話そうとするけれど、良い言葉が浮かばない様子だった。
乱藤四郎は助けを求めるように大倶利伽羅の服を引く。大倶利伽羅はすぐに理解した。
食事をしないと宣言した筈の彼は、舌の根も乾かぬうちにそれを反故にして、乱藤四郎の碗から一口ずつものを食べる。身を以て安全であると知らせる毒味役を買って出たのだ。随分と手慣れた動作であった。
どうして彼は、乱藤四郎が毒に怯えていることに気付いたのだろう。それを問うてみれば、矢張りこちらを見て嗤う。お前は平和な本丸に顕現されて良かったな。

「俺が毒味役だった、簡単な事だろ」

一度毒を盛られてしまえば、どれもこれもに毒があるように感じてしまう。たった一度だけでも、それは大きな疑念を産むのだ。信頼する者が最初に口を付けて安全を確かめてからでなければ、自分の作ったもの以外を体内に取り込むのは難しい。
毒味役だと大倶利伽羅は言った。一体誰の毒味役をしていたのだ。もしや彼は、他の刀剣達に無理やりやらされていたのだろうか。いや、刀剣達がそんな事をするはずがない。ならば、審神者が? 乱藤四郎とはまた別のブラック本丸という場所にいたのか。主に確認しなければ。

汗で湿った彼の髪を手櫛で梳きながら、周囲を見回して次にどうすれば良いのかを考える。汗で濡れた体をそのままにして、冷やしてしまうと体調を崩す。だが篭った部屋の空気を入れ替えて、熱を帯びた体に涼しい風を当ててやりたい気持ちもある。床に寝転んでいては節々を痛めるから、布団を敷いてやりたい気持ちだってあるのだ。しかし、彼を放っておくこともできない。

「ねえ、大倶利伽羅」
「……世話を、焼こうというんだろう、必要ない。なにも、しなくていい」
「でも」
「本当に、あんた、面倒だな」

怠そうに彼が身体を起こし、彼は呆れた顔でこちらを見る。少し離れて座り、大きく息を吐き出した。近寄ろうとするが、そこに座っていろと止められる。どういう事かとその真意を問おうと口を開くが、すぐにその意図を理解して口を閉じた。
膝の上に大倶利伽羅の頭が乗ったのだ。
カッと顔に熱が集まる。不器用な彼にしては驚くほどに素直な甘えだった。
自分は分霊だが、過去の記憶はある。伊達にいた頃にだって、こんな事をされた覚えはない。

「……っお、くり、から」
「これで、動けないだろ?」

大人しく枕になってるんだな。
悪戯が成功した子供のように笑う。


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