刀剣 | ナノ
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▼ 12 

主君は今日も難しい顔をして端末に文字を打ち込んでいた。時折遠征に行った第二部隊と通信をしたり、第一部隊の状態を確認しながら大まかな指示を飛ばしている。
自分が主君のためにできることと言えば、お茶を出すこと、散らかったものを直すこと、ごく簡単な書類を纏めることくらいだ。
本当ならばもっと手伝いたいのだけれど、基本、刀剣男士は審神者の仕事に手を出す事は禁じられている。人間や審神者を守るためでもあり、自分達刀剣男士が戦と生活に専念できるようにという配慮でもある。
けれど審神者は人間で、刀剣男士は半神半妖のようなもの。ひとの体のつくりは脆く、弱い。故に、少しでも審神者の負担を減らすために近侍という制度があるのだ。
この本丸で近侍に与えられる、その証である腕時計を見る。主君が端末に向かってから一刻になる。そろそろ休憩を取っていただかないと。

「主君、そろそろ」
「えっもうそんな時間!?」

ぱっと端末の画面から目を離し、主君は自分でも時間を確認する。まだ書き終えてない、と嘆きながら寝転がり、ぐっと伸びをした。

「前田ー終わらないよー」
「主君なら出来ますよ」
「ううー疲れたぁ……十分経ったら教えてね」
「はい。もちろんです」

ごろごろと束の間の休息をめいっぱい堪能しようとする姿に笑みがこぼれる。お茶を飲まれますかとお尋ねすると、後で貰うとの返答であった。はい、お任せください。美味しいお茶をお持ちしますね。

ふと、端末から展開された一画面を見る。第一部隊の状態が表示されている面の一角が、ちかちかと点滅を繰り返していた。

「主君」
「もう十分経った!?」
「いえ、第一部隊からの呼び出しです」

主君はさっと起き上がり、端末を操作する。

「なあに、何か見付かった?」

少しざらついた音声が聞こえる。向こうは慌てているらしく、何を言っているのか判断に困った。主君も同じだったようで、隊長である獅子王殿に落ち着いて、と優しく声をかける。何かあったのか、とゆったりした速度で尋ねると、向こうも少し落ち着いたらしい。先ほどよりは聞き取りやすい声であった。

『顕現済みの大倶利伽羅と乱藤四郎を保護した! 重症だ』
「……どのくらい」
『今すぐ手入れしないと折れるッ!』

背後では隊員の騒がしい声が聞こえる。通信機はこの時代であって、時空を超えるという難しい条件から、まだ音声が鮮明に聞こえるというわけではないのだ。主音声でなければ、誰かが喋っていることはわかるが、何を喋っているのかは判別できない。
主君がこちらを向く。

「前田、手入れ部屋の準備を」
「はい!」

主君が立ち上がり、本丸内に響き渡る放送器具の電源を入れた。実際に主君があれを使うのを見るのは初めてだ。

「ゲートを開きます。皆、重傷者の受け入れ準備をなさい!」




門が開き、獅子王殿が現れる。途端にむっと濃い血の臭いが鼻を突いた。本丸全体に、充満していくような錯覚を覚える。
獅子王殿の服は血で濡れているが、彼にそこまでの傷はない。続いて入って来たのはいち兄と堀川殿だ。いち兄の腕の中に、ぐったりとした兄弟の姿が見える。その姿に目を見張った。綺麗な長い金の筈の頭髪はくすんで短く、無理やり毟られ頭皮が見える場所がある。服はすでに服の仕事はしておらず、靴は履いてすらいなかった。頭部には赤い布が巻かれていたようだが、切れ端が残るばかりで見る影もない。いち兄が歩くたびに曲がる筈のない場所から足が揺れ、赤く腫れあがっいる。特に痛々しいのは布で覆われた場所だ。右腕があるべき所になく、白い布だっただろうものを赤く染めて尚、血液を滴らせ、いち兄の服を染めていく。肌の見える場所には例外なく罅模様が走り、青痣のようなものや鬱血痕すら見て取れた。酷い有様だ。
しかし、次に布を被っていない山姥切殿が現れた時、迎えに出て来た兄弟の何人かは耳を塞いだ。この世で最も聞きたくない音がずっと続いて響いてきたからだ。ぴしぴしと、それは悲鳴の様に耳を引っ掻き、鼓膜を破ってこようとする。山姥切殿の手の中には一振りの打刀。あれがもう一振りの重傷者、大倶利伽羅殿の本体であるのは確実であった。
最後の二人が本丸へと帰還する。山伏殿が門が閉まった事を確認して己を鞘へ収めた。
眉間に深い皺を作り、斜め前を早足に進む次郎殿を見詰める。
次郎殿に抱えられている刀剣男士、彼こそが大倶利伽羅殿であった。
彼もまた乱と同じような状態であったものの、乱より傷は多くないように見える。ただ、流れる血液の量は乱の比ではなく、血の道を作っていた。腹の辺りを布できつく縛られ、また更に他の男士達の服が巻き付けられている。道理で皆、上着を着ていなかったわけだ。
普通の人間ならばもう息はないだろう出血量、刀剣男士ならばこその苦痛の長さ。次郎殿が走る事をしないのは、少しでも変に衝撃を与えて折らない様にという配慮なのだろう。迎えの刀剣達は青い顔をしながらも、手入れ部屋への道を負担なく通れるように動いている。
自分はまた主君の元へと走った。あとどれ程で手入れ部屋へ着くのかという事と、重傷者の様子を伝えねばならないからだ。




主君が青い顔をしながらふらふらと手入れ部屋を出て来た。体を支えようと近寄ると、何も言わずに手だけで制される。せめて倒れられた時に手を出せるようにと、廊下を歩くその後ろを静かに着いて行く事にした。
主君が第一部隊の待機する広間の戸を引く。全員が内番服に着替え終えており、神妙な面持ちであった。

「……報告を」

主君が上座に座ったのを確認し、獅子王殿の斜め前の位置へつく。自分が座し、第一部隊の皆も充てがわれた場所へと座ったのを確認して声を発した。
獅子王殿がまず主君に頭を下げて礼をする。そうして報告が始まった。
隊員の装備や負傷状況、拾得物と普段から変わらぬ事が主君に伝えられ、全てを話し終えたあと、本題へと切り替わる。

発見者は堀川国広と一期一振、保護対象は大倶利伽羅と乱藤四郎。顕現を無理に解かせる事による、刀剣破壊の可能性があったため、山伏国広の言により顕現を解かず移送した。二振りは発見当時意識はあったが、乱藤四郎は一期一振を見て刀剣を取り落とし、その衝撃から本体を破損、意識を失った。大倶利伽羅は乱藤四郎を守ろうとする動きを見せたが、我々が複数であるのを認めて武装を解き、乱藤四郎の手入れを要求、承諾した後こちらも意識を失った。
乱藤四郎は外傷は酷いが体力は残っており、そのままの移送も問題なく行える状態であったが、大倶利伽羅は腹部の損傷が酷く、山姥切国広の布を巻き内蔵の落下を防ぐことにした。しかし、運搬可能な状態には程遠く、隊員の衣服も使用する事でなんとかその状態を作った。隊長である獅子王が門を開き先頭を、山伏国広が殿、次郎太刀、一期一振を運搬役とし、本体を堀川国広と山姥切国広が運搬した。
以上だ。

「了解……此方からの質問はない……あなた達はどう?」

疲れきって考える余裕もないのだろう、主君は心なしか背が丸くなっている。
その主君の言葉にすっと手を挙げたのは一期一振だ。全員の総意なのだろう、皆、真剣に主君を見詰めている。

「二人の様子をお聞きしたく」

主君は青い顔のまま、疲れた表情でおーけーと呟く。

「二人とも破壊はしてない。安心していい。ただ、前の審神者との縁だけは自分が勝手に切っていいもんじゃないからね……徐々に回復させるしかない。焦れったいし、なんとかしてあげたいけどこれだけは理解して。私だってできるならやってるんだから。……で、体力の回復が大体三日、それから目を覚ますまでの猶予期間が七日の全十日。三日の間に目を覚ます事もあるし、十日以降に目を覚ますという事例もあるけど、平均がその期間。期間を過ぎれば刀解または連結させられるからそのつもりでいなさい。明日、政府へ報告を行うから、今日も含めると十一日だね。出来るだけ交渉するけど期待しないで。ああ、あとその間、残念だけど手入れ部屋は使えないから、出陣はできない……みんなにそう伝えて。私はこれから先人達に知恵借りてくるから……二人の事、任すよ」

それでは、他に質問がないなら、解散。
主君が立ち上がり、やはりふらふらと広間を出る。執務室に戻られるのだろう。
自分も立ち上がり、厨へと向かう。
暖かいお茶を主君に。
それで少しでも気が休まれば良いのだが。

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