刀剣 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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▼ 11 

「お前はなぜここにいる」

その人は突然現れた。
何かが近付く音がして、見付からないようにじっとしてやり過ごそうとしたのに、通り過ぎたことに安心して体を少し動かしてしまった。その音に気付かれて目が合った。
毛先が赤みを帯びたうねる黒髪に、鋭く細い金の瞳。珍しい褐色の肌と、左腕に巻き付く龍の刺青。ああ、彼を知っている。審神者のために何度も折れていった打刀。
傷だらけの彼がじっとこちらを見ている。
何故ここにいるか。
彼に運ばれ一度山道に出た。そこを少し外れた短い草の上に降ろされ、そう尋ねられている。
何か言おうと口を開くが、にちゃりと音がした割に、喉が渇いて痛み、音が掠れる。それに気分を害したのか、彼は眉を顰めて舌打ちをした。体が震える。両腕で顔と頭を庇い、目を閉じ身を硬くして衝撃に備えるが、いつまで経っても痛みがこない。不思議に思って目を開き、そろりと彼の顔色を窺う。
こういう時は殴るものなのに、なぜ?
口から漏れるのは空気だけだったが、言いたい事は伝わったのだろう。不機嫌そうに鼻を鳴らし、大きな手をこちらへ寄越した。頭の上にその手が乗り、汚いはずの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。

「言っただろう、怖がらせたいわけじゃない」

優しい手だった。自分や兄弟を殴り、暴く、あの乱暴で悍ましい手ではない。このひとは、自分に危害を加えないかもしれない。このひとなら、もしかして。

遠くで連続する乾いた音が聞こえた。次第にそれは大きくなる。彼の服を引っ張った。

「……お前の刀は?」

自分の腰に下げてある自身を素早く抜いて見せた。刀身は見るからにぼろぼろだ。だけどこれくらいなら、まだ戦えるだろう?

「無理だと思ったら直ぐに下がれ。良いな」

彼の目がぎらぎらと煌めく。頷いた。

「……敵の数と陣形、わかるか」

何を言われたのかわからなかった。
かずと、じんけい。
ブワリと全身の熱が上がる。自分は今、刀として振るわれようとしている。戦いに必要とされている。
耳を澄ます。生物の出す音、植物のざわめき、風のうねり。どれとも違う、嫌な音。細かく擦れる音が重なって聞こえる。複数回土を刺す音が聞こえる。だがそれだけしか聞こえない。音の大きさがそれぞれ異なる。そこから導き出される敵の配置、即ち陣形。
言葉が少なく音にもならない事もあるが、どうにかその事を伝えると、彼はもう一度頭を撫でてくれた。

「……了解だ。行くぞ!」




彼と行動を共にして初めての戦闘から何回目かの会敵だった。片腕はもうない。被っていた布を巻いて止血を試みたが、歪な切り口からは常に血が流れ続けている。本当は布を取るのは嫌だったが、背に腹は変えられない。彼は自分を見て少し不快そうに眉を顰め、腰布をくれると言った。それももうぼろぼろだ。身体中が痛む。彼に指摘された顔の罅のような傷は、きっと身体中に走っているのだろう。びしりと新たな傷が生まれる痛みにはもう慣れた。彼に罅の傷は見えないが、また違った痛みを感じているはずだった。自分達は満身創痍だ。
けれど、帰る場所はない。



目の前で朱が散る。喉が引き攣る。彼の腹から背を貫く銀の刃、そのまま横に払われる。びしり、耳障りな金属音が世界で一等大きく聞こえる。彼が刀を返して振り上げた。異形の体が二つに分かれる。もう一体が止めを刺さんとこちらへ駆ける。させるものか。彼を背後に地面を蹴った。懐へ入ればこちらのものだ。
喉笛に自身を突き刺す。刃毀ればかりか罅まで入った己だが、敵の肉は存外柔らかく、刀身を容易く飲み込んでいった。鍔の部分で侵入が止まり、骨を避けるように曲線を描いて外へ圧し斬る。返り血が降りかかるが気にしてはいられない。いや、そもそも自分は汚いのだ。更に汚れても問題など無い。一度着地し跳躍する。奴の顎を蹴り上げて首が完全に曲がったのを見届けてから、彼の元へ走った。まだ敵は残っているのに、びしびしと嫌な音が止まらない。せっかく話ができたのに、また、自分の前からいなくなるのか。
どしゃりと彼の体が落ちる。血の池がみるみる広がっていく。敵の刀が迫るが自分ではあれを止められない。手を伸ばす。間に合わない。
足元が縺れた。

肉を断つ音。

急いで立ち上がろうとするが、上手く立てない。片腕でずるずると彼の元へ這った。金属音はまだ続いている。彼が、何とか体を起こして、近場の木の幹に背を預けて座った。敵が刀を取り落とす。彼の罅だらけの刀が中心を貫いていた。引き抜かれ、血が噴き出す。敵の体が血溜まりに落ちた。
涙が止まらずに頬を、顎を滑っていく。ぐっと腕に力を入れ、上体を起こし膝を立てて彼の顔を覗いた。薄っすらと開かれる金の目に自分が映っている。なんて酷い顔だろう。

「……泣くな」

龍の腕が涙を拭おうと頬に触れた。
折れないで。
その手に自分の手を添える。
暖かくて優しい人。
彼の目が開かれ、ぐいと抱き寄せられた。新しい足音に肩が跳ねる。
彼にぴったりと身を寄せた。
そんな、だって彼は、彼は、もう。
彼が自身を構える。安心させてくれるように、するりと背を撫でてくれるが、自分だって刀剣男士だ。自分も片手で本体を構える。涙は流れたままだし、腕も震えているけれど彼にはもう、外部からの痛みを受けさせたくなかった。折れるのは、きっと痛いから。
人影が見えた。ずきずきと心臓が痛む。紺の色。だめだ、あれに敵うわけない。
あれには勝てない。
自身が汗で手から滑り落ちた。
意識が遠のく。誰かの声がする。

「……、れ、折れるな、乱っ!」

ああ、彼だ。



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