刀剣 | ナノ
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▼ 09 

ざく、足を降ろすたびに音がなる。生い茂る邪魔な草木を己が本体で斬りながら進めば、足音以上の騒音が、静かな森に木霊した。
敵の多い戦場で、これだけ音を立てていれば、見つかるのも仕方がない。
遡行軍と何度戦ったか知れなかった。少ない数で出陣したことはあれど、単騎は初めてだ。
複数での出陣の力強さと、偵察値の高い短刀や脇差達の力が身に染みる。
ふうっと息を吐いた。この体が、飲食を必要としないもので助かった。
この身体は本体を振るうために形作られた肉だ。飲食睡眠が必要ないというのは、審神者の力を分け与えられているからに過ぎない。
消費すれば補わねばならないのは世の通りだ。
汗をかけば喉は渇く。また胃に物を入れるという行為を行う事で、満腹と空腹に加え、消費しエネルギーに変換する事を肉が覚える。故に、過度な運動をすれば腹も空く。
気温は少し低いがちょうどよく、汗が出ることはなかった。食事も久しくしておらず、空腹を感じることもない。ただ、睡魔だけはどうしようもなく、森で何度か夜を過ごした。
自分の体は万全ではない。
審神者も近くにいない今、飲食をしないのならば、諸々の回復には睡眠しかなかった。

森に来て幾日経っただろうか。数えてはいない。数えるつもりもない。帰るべき本丸は既になく、一時身を寄せた本丸から逃げた身だ。あそこへ戻るという気もない。数える必要性が見当たらない。
ただ、少し。後ろ髪を引かれる思いもある。
自分によくしてくれていた刀剣達。彼らに謝罪はしたけれど、果たしてどれだけの数に伝わっただろうか。
しかし、それも過ぎたこと。後ろばかりも見てはいられない。……主達は、忘れられないが。

空を仰ぐ。
木々の隙間から美しい青空が見える。
辺りは森にしてはまだ明るく、そこまで深く潜ってはいないのが判断できた。
頭を掻く。一体ここは何処なのだ。無理やり開いたゲートをそのまま通過してきたが、せめてどの時代かだけでも確認してくればよかっただろうか。幕末までは自分も一通り巡ったことがある。ここは市中ではないから、確実に来たことがあるはずなのだ。食事と同じく久しく出陣をしていなかったとして、風景がそう簡単に変わるはずがないのだが。

「賽子か、審神者の力か……道を外れたか」

思い当たる原因を口に出してみるが、答えが出るわけでもなく、声は森の空気に溶ける。ううん、寂しい。柄にもなくそう思ったのは、やはり二番目の本丸に寄るところが大きそうだ。無意識に舌打ちをする。愛おしい本丸で、最期まで寄り添ってくれた刀剣達と、同じ見目をしたやつらに絆されたのがいけなかった。結局みんな折れたのに。ああ、くそ。思考がネガティブな方向に走り出した。こんなところで気分が沈んでちゃ生きていけない。しっかりしろ。自分は大倶利伽羅広光、無銘刀だが、伊達政宗の、戦の共だった名物だ。

それを、伐採斧のように振り回しているのも、自分だけど。

風を切る音が耳に届き、振り向きざまに刀を振った。ごしゃりと鈍く、何かが崩れる音が聞こえて足元を見れば、遡行軍の短刀が一振り。舌打ちする。少なくともあと二体、近くに潜んでいることになる。
落ちている短刀へ足を降ろして踏み潰し、地を蹴って駆け出す。途端に大きくなった騒音で、どうやら敵全員がこちらに気付いたようであった。
森を駆ける自分を、蜘蛛のような下半身を持つ異形が追いかけてくる様は、下手なホラーよりも気味が悪い。よくも骨で出来たあの身体で、しなやかに移動できるものだと感心さえする。すぐに奴らに追い付かれる。脚が一本、肩を引っ掻いた。よく切れる脚だ。軸足に力を込めて踵を返し、二、三歩踏み込んで刀を振り上げる。脚が数本宙を舞う。更に一歩、体勢を崩した敵に刀を振り下ろす。袈裟懸けに斬られ、耳を劈く悲鳴が上がる。自分は勢いのまま横に一閃、敵の首を刎ねた。
側面から脇差が向かって来る。回避行動が間に合うはずもなく、あの骨の頭に脇腹を抉られた。乗用車に撥ね飛ばされたかのように空間を切り裂いて飛び、大きな気の幹に背を打ち付けた。息が詰まる。後頭部がずきずきと痛んだ。

少対多はこれだから嫌いだ。

泣き言を言ってる場合じゃないな。向かって来る脇差を睨み付けて構える。遠くに見えるのは笠を被ったものが二体と、右腕のひどく発達したものが一体。この構成は、もしや。

「阿津賀志山……っ!」

実際は違うかもしれない。短刀一、脇差二、打刀二に大太刀が一。よくある構成だ。けれど咄嗟に浮かんだ地名がそれだ。
厚樫山。奥州の合戦場。文治5年、鎌倉時代。
最も自分たちが挑んだ回数の多い時代だ。
どれだけ巡っても、あの天下五剣は見付からなかった。どれだけ望んでも現れてはくれない。欲にまみれた人間の前に、奴が姿を表すことは終ぞ無かった。
自分も練度は高いと自負している。しかし今は単騎であり、刀装も所持していない。そもそも練度上限には達しちゃいないのだ。一部隊で纏まって漸く無傷で踏破できる程度、ここが厚樫山であったのなら、寧ろよくも今まで生き延びていたものだ。自分を褒め称えてもいいくらいだろう。
ああ、折れてくれるなよ。






咳き込んだ。辺りに散らばる骨を蹴り、木の幹に体を預けてゆっくりと立ち上がる。
まだ動けるなら、中傷か、重傷の手前くらいだろうか。ゆっくりと歩きながら本体を見る。刃毀れが見えた。こんな刀じゃ何も斬れやしないはずなのに、敵を斬り倒しているのだから不思議だ。
本当は叩き潰しているのかもしれないが、潰すのも斬るのも細胞を壊し進むのだから、些細な違いだろう。自分は理系じゃない。訂正されても理解できないしな。

普通、刀は消耗品で、数人も斬れば鈍になる。だから戦場で死んだ奴らの刀を失敬して使うのだ。本当なら、もう棄てられても文句を言えないのだが、肉がある分、刀も不自然なほどに丈夫だ。多少皹が入っていても戦えるのだから、誰もがその規格外さを理解できることだろう。幸いなことに、自分にはまだ皹は見当たらない。ならばまだ、戦える。
根元の辺りは錆び付いて、ざらざらと石みたいな手触りになっているが、これはこの戦闘のせいじゃない。腹を撫でる。本体の錆が肉へ連動して、痣となって現れている。腹は特に痣の酷い部分だった。

悪いね、大倶利伽羅。

心の中で謝罪する。この肉の器もこの刀ももう自分のものだが、元は別のもののために用意されたことくらい理解している。本霊が分霊を作って入れるための器だ。未だ本霊に会えたことはないが、横から掠め取ったことに関しては罪悪感がある。会えるのかはわからないが、会えたら謝罪くらいはする心算だ。
自分は大倶利伽羅であって、大倶利伽羅ではないから、本霊の元へ行くのかと言われると首を傾げるしかないが。

かさりとまた何かの音がした。つらつらと考えていたものを脳の端に追いやって、周囲をすかさず警戒する。緊張からか冷や汗が首筋を伝って流れた。連戦はキツい。できることなら避けたい。短刀だけだったなら、まだ、多分なんとか……。

「あ……」

ぱちりと目が合った。
地面に横たわっていたそれはびくりと大きく体を震わせ、起き上がった。被っていた布をぎゅうっと握りしめる。薄汚れた白い布、くすんだ金髪、青い目にぼろぼろの紺の服。破れた服の隙間から見える、無数の傷や痕が痛々しい。奴は恐る恐ると後退りをするが、木に阻まれてそれ以上後ろにはいけない。何度か瞬きをする。どうやら一人らしい。

「……逸れたのか?」

座ったままの体勢で視線をこちらから外さず、しかし目線を合わせようとしない彼は、声を掛けると更に怯えて距離を取ろうとする。それ以上下がれないというのに。
如何しようか、これ。
阿津賀志山で、単騎出陣なんていう物好き、そうそうお目にかかれるものではない。部隊から逸れたのなら、どうにかして返してやらないとなんだか寝覚めも悪そうだ。同位体の彼とは、比較的仲良くさせてもらったのだし。

「……あー、安心しろ。訳あって今、ゲートを開いてやれないが……お前を元の本丸に送り返して」
「い、いやだ! あそこへは帰りたくない!」
「……ンン?」

更に怯えて布に隠れてしまった。大きい布だ。シーツか何かだろうか。がたがたと震えだす彼を前にして、思考は翼を生やして飛んでいく。
というかなんだ? こいつも家出? したの?
あんまり練度も高くなさそうだし、こんなところをうろちょろして大丈夫なのか。何度も言うが、単騎出陣なんて物好き、そうそうお目にかかれない。自分もその物好きの一人ではあるけれど、不可抗力に近いところもあるのだ。好き好んで厚樫山へ単騎で潜るものか。確かに折れる覚悟はあったが、できることなら折れたくない。もしやその物好きのひとりで、戦闘狂なのかもしれないが、だとしたらこの怯えようはなんだ。演技か。油断したところを背後から一突き……まるっきり敵に変換されてしまった。いやいや、相手は刀剣男士、気配を探るのは得意ではないが、邪神とか妖怪といった類のものは感じられない。
普通に家出をしようとして、行き先を間違えたというのが妥当な線だろうか。
まあいい、なるようになる。

「……お前、俺が怖いか?」

凄い怯えられてるから、こういうことを聞くのもアレなんだが、だからと言ってやっぱり置いていくのは気が引ける。
自分と違って大分深刻な問題を抱えていそうだが、それは自分とは関係ない。怖くないに越したことはないが。
目の前の彼がそっと布からこちらを覗き、こくりと頷く。
刀を鞘にしまった。両手を見せる。危害は加えないという意思表示だ。

「お前を放って行くのは寝覚めが悪いからな……触るぞ、いいな」

布越しに彼を抱き上げる。意外と軽い。これならなんとか進めるかもしれない。これがきっと、光忠とかだったなら……いや、光忠なら運べる。というか運んだ事がある。あいつは予想以上に重かった。痩せろと言ったら殴られたっけ、懐かしい思い出だ。だが槍連中はだめだ。抱えられなくて引き摺った事もある。太刀でも山伏は抱えられないだろうなあ。
抱え直して、自分が動きやすい場所を探す。布が枝に引っかかりそうだが、それは我慢してもらうしかない。その旨を伝えると、いきなりの接触に驚いて固まっていた彼が、首に手を回してくる。これは構わないという意思表示か。わからない。同位体はもっと喋ってくれたんだが。
まあいい、とりあえず開けた場所についたら彼と落ち着いて話してみよう。
時間だけは沢山ある。

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