刀剣 | ナノ
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▼ 08 

「ねえからちゃん、からちゃんは僕等の主をどう思う?」
「……悪い奴ではないんだろうが、主を否定した、その事実が許せない。……嫌いだ」
「……そう」

この本丸にようやく来た大倶利伽羅。ちょいと訳ありで、主が顕現した刀じゃない。
人間らしい生活をせず、ただ体力を回復するかのように、日がな一日眠るだけだ。
最近は短刀達に押し切られて、将棋や花札、西洋のぼーどげーむというものをしているから、一日中寝ていなくても良いならいつか俺も遊んでやらなければ、なんて思っている。
大倶利伽羅がああやって小さいのを構って面倒を見ているのは微笑ましく、珍しいなと声をかけたらそっぽを向かれたのは記憶に新しい。
思い出して笑みがこぼれる。
あれは昔から押しに弱いところがあるからな。

今も反抗するのが面倒になったのか、光忠に引き擦られながら風呂に入らされたばかりだ。
埃っぽくて指通りの悪いあの黒髪も、入念に手入れされていたし、もう風呂での大倶利伽羅は光忠のなされるがままだった。
俺も一緒に入らせてもらったが、あれの体は本当に精神に悪い。
指先は血こそ止まってはいるけれど、見るだけで顔を顰めてしまいそうなぐらい痛々しかった。熱い湯に浸かる時……いや浸けられたときなんかは本人じゃない俺が痛いって言ってしまって、なんであんたが、って顔をされた。実際言われた。傷に熱い湯は痛むんだぞ。
ただ、手入れをされたはずの身体には、痣のようなものが散っていた。主の言う、手入れをしたにも関わらず、元に戻らなかった本体の錆と風化が原因なんだろう。
大倶利伽羅の前の主はもう居ない。だから何も気にせず普段通りに手入れができるはずだったのだが。
前の主の呪いだろうと、俺の主は苦しそうに言った。あの時見た、風化して砂と化した短刀。その一振りは、折れた様子が見られなかった。そのことを踏まえてだ。
平野藤四郎。
奴は形を保ったまま砂となった。
大倶利伽羅も、そうなるのか。
手入れ部屋に安置している本体の風化は止まっているが、それが良くなることは無いと聞いている。そのせいか、大倶利伽羅はよく眠たそうにしているし、今は光忠に髪を拭かれている時でさえ、うつらうつらと船を漕いでいるようだった。短刀達と遊ぶ日は比較的眠くない時に限っているらしい。今日は遊んでくれないと短刀の不満を時々聞く。
……しかし本当に君はなすがままだな。ならばひとつ、言ってみたい事がある。今日はいける気がする。

「大倶利伽羅、今日は俺たちと一緒に寝てみるか!」

光忠の手が止まる。鶴丸さん、なんて咎める声が聞こえるが無視だ。いける気がするんだ。
とろりと熱で潤む瞳がこちらを向く。そう言えば俺たち三人ともが金の色の瞳だったな、なんて関係ないことが浮かんだ。
我が本丸には今、美しい月が夜空に浮かんでいる。

「……好きにしろ」
「そうだよな、やっぱりダメだよな、いや良いんだ別に、俺た、え? えっあっ、ほ、本当か!?」

いける気がする、なんて思っていてなんだが、まさか本当に許可されるなんて思っていなかった。光忠も驚いて動きが止まっている。おいおい、こんな嬉しい驚きがあって良いのか。
善は急げだ。大倶利伽羅の気が変わらないとも限らない。とりあえず俺たちの部屋にもうひとつ布団を敷いて来なきゃいけないな。
とりあえず大倶利伽羅を光忠に任せて、俺は飛ぶように部屋へと戻った。今までにない速さが出ていた気がする。



三組並んだ布団を前に、大倶利伽羅は何度か瞬きをし、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。ゆっくりと覚束ない足取りで、ふらりと端の布団の上に膝をつく。そこからの光景を数秒眺め、ただ茫然と俺達の名前を呼んだ。

大倶利伽羅の本丸を調査した時、幾つかの部屋には布団が並べられていた。大部屋に敷き詰められた布団を見た時は顔を逸らした。どう考えても粟田口派の部屋に違いなかった。どの部屋も布団には血が疎らに散っていたが、その大部屋の布団にはべったりとついた大きな赤が各所に散乱していて、手入れもされずに、大怪我を負った者達が放置されていた事がよく分かった。
想像を絶する凄惨な世界だった。そこに生きる命はなく、埃の積もった、朽ちていくだけの廃墟。
しかし、確かにそこには痛みに喘ぎ、怨念を吐いた刀剣達がいたのである。
生々しい現場は、それだけで多くの物事を語る。

そうか。俺達はそうやって一緒の部屋で寝起きしていたんだな。
今、大倶利伽羅が呼んだのは、かつて彼と共に居た"俺達"で、ここにいる俺達ではない。だが、今隣にいるのは俺だ。君にそんな顔をさせたくないから、俺達は頑張っている。

「大倶利伽羅、君の布団は真ん中だ」

その言葉でこちらを見上げる大倶利伽羅の、迷い子になった子供のような表情に、どきりと心臓が跳ねる。なんて顔をする。ああ、ああ、そんな顔をさせる、彼を置いて折れた"俺"が憎い!

「……大倶利伽羅」

近付いてそっと頭を撫でてやる。光忠もゆっくりと近付いて、俺と共に大倶利伽羅を抱きしめた。少し痛い。

「……ごめん、なさい。俺が、ちゃんと、見ていれば、あんなことには」



どれくらいそうしていただろうか。大倶利伽羅は肩を震わせ絞り出すような声で謝罪を繰り返していたが、落ち着いたらしく、俺達を見て世話をかけたなと謝った。目元が赤いのは気にしないふりだ。
珍しく素直じゃないか。なんて言葉が喉元まで出かかったが、俺も大倶利伽羅もそこまで言うほど長い付き合いではない。昔と今ではあまりにも環境が違うのだ。

「……あんた達の主が、あの女じゃなきゃ良かったのに」

さて寝ようかと大倶利伽羅を挟んで布団に潜り込んだ時だ。ぽつりと呟かれた言葉はやがて闇に溶ける。どういう意味だ。

「……すまない」

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