刀剣 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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▼ 07 

ぶらっく本丸ってやつからあの大倶利伽羅を引き取って数日、あいつはずっと縁側に座ってぼうっとしているか、充てがわれた部屋で寝ているかをしている。
過度な出陣で多く仲間が折れたのを見てきたらしいし、精神的に参ってるはずだからって主も好きにさせてる。飯も食わない、風呂も入らないからって、この本丸で何もしてない。いや、しなくてもいいんだけど、釈然としない。
だって、折角嫌な環境から抜け出せたのに。
刀解を望まないなら、この体を目一杯楽しまなきゃ勿体ねーじゃん!

「大倶利伽羅さん、遊んでくださあい」

というわけで、兄弟や他の短刀たちを引き連れて、大倶利伽羅の部屋の前までやってきた。
部屋の中に動く気配があるから、居留守は使えない。
俺だってちょっとは大きくなったんだからな、気配を読むくらいわけねーんだぜ!

大倶利伽羅はこの本丸には居なかった刀だ。興味がない短刀はいない。遊んでもらおうぜって声をかければすぐに集まる。
暇だといえば言い方は悪いが、出陣や遠征が少ないんだから仕方ない。最近来たばかりの太刀の練度を上げるために、俺らの仕事は取られっぱなしだからな。

「今日はおせろを持ってきたぜ、旦那」

部屋の前で名前を呼び続けていると、ため息が聞こえた。静かに障子が開かれる。こうやって出て来て構ってくれるのはすごい進歩だ。これまでは回廊でぼんやりとしている時しか姿を見れることはなかったし、声を掛けようとすれば中にすぐ引っ込んでいた。外から声をかけても反応なしか、追い払われるだけだったし。面倒そうな顔をしながらも、廊下に座って後の行動を促してくる。

「よっしゃあ、じゃあ最初は俺からな!」
「待て、持ってきたのは俺っちだ! 今日こそは旦那に勝つんだからな」
「薬研がやると長いんだもん。薬研は最後最後!」
「一体どれだけ待たせるつもりだ!」



結局おせろの順番はじゃんけんで公平に決めた。今は五番目の薬研の番だ。俺は見てるだけでいいと言って断った。俺はみんなよりちょっと大きいからな。
おせろっていうのは陣取り合戦を模した遊びだ。規則は単純明快で、手駒で挟めば、相手の陣が自分のものとなる、ただそれだけ。なのに中々面白い。
今の所大倶利伽羅は負け知らずで、みんなすぐに盤を一色に染められちまう。薬研も難しい顔をしてじっと考え込んでるが、対する大倶利伽羅は涼しい顔だ。周りの兄弟達はみんなきらきらと輝いた目で二人と盤を見ている。
因みに今回も薬研は負けるんだろうなって不動と言ってるんだけど、今回もいつもと同じ流れになりそうだ。
短刀連中じゃ薬研は結構強いんだが、相手の大倶利伽羅はもっと強い。初めてやったんじゃねーのかよ、と悔しそうにしてる薬研は面白い。

「ここだ!」

ぱちり。薬研が駒を配置する。しかし、その駒は大倶利伽羅の手で無惨にも裏返されてしまった。ほうら負けた。悲嘆に暮れる声を出しながら背から倒れる薬研を見てみんながわいわいと声をかけあう。さて、次は誰だったかな。

「楽しそうだね、何してるの?」
「光忠さん!」

短刀達が顔を声の方へ向けた途端、ガシャンと盤がひっくり返った。大倶利伽羅が急いで立ち上がろうとして、足を台に引っ掛けたのだ。
みんな慌てて駒を拾い集める。ボードゲームはひとつでも駒がなくなってしまうと遊べなくなる。予備の駒が用意されていることもあるが、無くさないに越したことはない。
大倶利伽羅をちらと見れば、少し顔が強張っていた。盤をひっくり返した時の行動は、背後から声をかけられて驚いたからじゃない。燭台切だったから、奴は逃げようとしたのだ。

「しょくだいぎり、いったいどうしたんですか?」

気まずい空気の中で、今剣が助け舟を出してくれる。こいつは源義経の守り刀だとか自慢してくる時はひどく鬱陶しいところがあるけど、こういう時は頼りになる。流石、古くからあるいい短刀だ。

「そうそう、みんな、おやつを作ったんだ。一緒に食べないかい」

そう言って差し出されたのはきつね色の焼き菓子だ。燭台切の事だから、これもきっと難しい名前の菓子なんだろう。案の定誰かが名前を聞いていて、結局誰もうまいこと名前を言うことができなかった。
ああでもこれ、本当は大倶利伽羅のためのなのかな。
奴はこの本丸へ来て、人間らしいことはほとんど何もしていないのだ。飯も、風呂も。漸く遊ぶことはしてくれているけど、俺らが誘わなきゃ多分、それもしない。
配られた焼き菓子を持つ。じわりと油が染みて、指先が少し湿る。ほんのりと甘い香りがする。とりあえず、一口。柔らかくあまり噛むことなく口の中で解けて、優しい甘さがいっぱいに広がる。美味い。みんな口々に言う。燭台切の作るこういう食べ物は、いつも新鮮でいつも驚きに満ちている。鶴丸の受け売りだけどな。
小さい菓子を全て胃に収めてから大倶利伽羅の方を向けば、ボードゲームを片付け終えて、部屋に閉じ籠ろうと中から障子に手をかけたところだった。

「ちょ、ちょっと待って! 待って!」

燭台切が閉められないようにと竪框をしっかりと掴む。

「もう! からちゃんたら油断も隙もないんだから!」

暫しの攻防。燭台切方が腕力が勝っていたらしい。閉まる兆しの見えない障子に大倶利伽羅は舌打ちをひとつ、力を入れていた手をゆっくりと離した。

「俺の役目は終わった」
「からちゃんも一緒に食べない?」
「必要ない」

大倶利伽羅の対応は淡白だ。こういうのは燭台切相手だけじゃねーけど、こと食事に関しては徹底して嫌がる。だから、そういう話を持ってくる頻度の高い燭台切にはあまり会いたくないらしい。
ここに大倶利伽羅が来て数日経った時、前の本丸じゃきっと飯なんて食えた環境じゃなかっただろって一緒に食べないかと誘った。そんなものはいらないと断られて、主がそれでも食い下がってしつこく誘っていたら、俺たちは食べなくても生きていける、俺からは何もしないのだからお前達も何もするな、と怒鳴られた。大広間の一件はみんなが目撃しているから、あんまり怒らせたくないっていうのもあったし、無理強いは良くねーよな、ってみんな強く言うのをやめたんだ。諦めたとも言うんだけど、諦めてないのもいる。そう、そのひとりがこの燭台切だ。

「折角作ったのに……」
「勝手に作るお前が悪い」

もう良いだろ、と大倶利伽羅が言う。意図的に薄暗くしてある彼の部屋には万年床になっているんだろう布団が一組敷いてあるだけだった。
それを見て眉をひそめるのはもちろん燭台切で、不満そうな顔で唸る。今日は食べさせるのを諦めたみたいで、息を吐いた。

「これで諦めたとは思わないでよね!」
「もう来るな」

燭台切が姿を廊下の向こうに消してから、ため息をついた大倶利伽羅は心底面倒くさそうな顔だった。

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