刀剣 | ナノ
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▼ 06 

広間での一件は中々に衝撃的であった。
本来ならあの場で大将の謝罪を受け取ってもらい、人間への協力を再度求める流れだったのだ。それがまさか、謝罪したことによって彼の怒りを買ってしまうとは。

寝かされた旦那を見て息を吐く。

あそこまで暴れるとは思っていなかった。あまり他人とは関わろうとしない付喪神だ。ここまで入れ込むのはそれほど良い主だったのか、はたまた前の主の呪いか。

数人がかりで取り押さえていたにも関わらず、彼の力は凄まじかった。もう少しでみんなを振り払うところだった。それに気付いた鶴丸の旦那が、行動を起こさなければ惨事は免れなかっただろう。
大倶利伽羅の後頭部を一撃。見事だったが、誰もが痛い顔をしていた。

人の身体とは脆く、脳を揺する様な衝撃を加えるだけでいとも簡単に意識をとばす。人の身体には良くない行為だ。けれど、刀剣男士は人間より丈夫にできていて、手入れを行えば何もかも元通り。あまり褒められたものでない沈め方も、恐れる事なくできてしまう。こればかりは良いのか悪いのかわからない。



彼の居た本丸は調査の結果、過度な出陣と暴力があったようだった。
審神者の支援を行う式神も、動かなくなって久しいと調査員は語った。かの管狐は政府からの支給だが、作動に関しては審神者の霊力に拠るところが大きく、供給源が絶たれれば式神は顕現すらできなくなる。
大倶利伽羅の旦那が守る様に座っていたらしい部屋の中には、少し疲れた様な顔をした少女が眠っている様に事切れていた。美しい状態に保たれた遺体と、管狐の記録を見比べていた調査員が、神の御技とは恐ろしい、と震えていたのを思い出す。
自分は第二陣として、その調査員の護衛も兼ねて現場へと入っていた。

そういえば、本丸内の環境には驚いた。
ああいった本丸は正常のものとは違って空気が悪く、空が曇る。それは気の澱みのせいであり、刀剣達怨嗟の念が審神者に向かって流れ、人間達の身体を蝕み、霊力の流れを阻害するからだとも言われている。
本来の仕組みは知らないが、人知の及ばない何かが起こっているのだろう。付喪神といえど、所詮刀剣の自分にはあずかり知らぬところである。
加えて、穢れは血や死などに結びついて生まれる。血は神聖なものであると同時に、穢れをためやすい性質でもあった。本丸内にはそれらが散り、ある箇所は手製の墓地すら拵えられていたのだ。重い空気も頷けた。

驚いたことはまだある。旦那の手入れのためにと抜かれたままになっていた刀剣の状態だ。
刀剣は自分自身。その状態はまるっと肉体にも影響する。
折れる寸前であったことも理解していたし、乗り込んだ部隊の報告で、ある程度事前の知識で想像はしていた。傷だらけの彼の身体を見るに、刃毀れは止む無しと思って覚悟を決めていたが、重傷の少ない自分たちである。
結果を言うと認識が甘かった。
刃毀れはもちろん、罅割れも酷い。更に、全体を通してついた錆と、中心の部分、茎のところからの異常な風化には瞠目した。よくもこんな状態で動けたものだと感心を通り越して涙すら誘う。
刀剣としての形を保っているのが奇跡である状態であったし、触れれば折れてしまうのではと恐怖を抱かせるほどであった。
大将が青い顔で手入れ部屋に入っていったのには同情を禁じ得ない。
彼の刀身を見て、兄がきゅっと口を引き結んだのは、先ほど聞いた話だが、審神者の部屋に安置されていた兄弟刀が、それをさらに酷くした状態で見つかったということだった。触れれば砂になってしまう。一体どういう外法だ、それは。

旦那の本体が今も尚手入れ部屋にて安置されているのは、もしもの事があるといけないという主の判断だ。



「薬研くん。くりちゃんの様子はどう?」
「見ての通り、今は大人しく寝ててくれてるぜ」
「ああ……せっかく手入れをしたのに」

燭台切の旦那が眠る彼のそばに寄り、彼の手を見る。自分が怪我でもしたかの様に表情を歪めた。
畳に爪を立てて、のしかかる刀剣男士達の下から這い出ようとした彼の指先は爪が剥がれて血が流れていた。
応急処置とばかりに包帯を巻いてはいるが、手入れをされなければ、刀剣男士の傷は永遠に治らない。

「大倶利伽羅の旦那は、一体何を考えているんだか」

彼の口から真実を聞く事ができれば良いが、大将が彼を怒らせてしまった。悪しきもの、とまで言わしめたのだ。彼と友好的に話せるとは思えない。

「……この本丸に残ってくれないかなあ」
「可能性は少ねえな……あまりにも出会い方が悪かった。言い方は悪いが、別のを探すかないだろうよ」
「せっかく会えたのにね」

頭を掻く。この本丸に大倶利伽羅は未だ顕現されていない。伊達にいた頃に出会った少し幼い付喪神。出会い方さえ違っていれば、きっと、仲良くできただろうに。



一週間ほど眠り続けて、目が覚めたら知らない場所でした、なんて混乱するに決まっている。鶴丸の旦那が様子を見に行って慌てて帰ってきたら、姿が見えないって言うんだから、本丸上げて大捜索だった。大倶利伽羅は直ぐに見つかったが、今度は本丸内での鬼事大会だ。刀剣男士に刃を向けたというし、あの本丸で最後まで残っていたし、俺たちが怖いのかと思っていた。政府の調査員の言葉はその時頭からすっぽ抜けていた。
長谷部の旦那に連れられ大将の元へ来た時も、あまりに怖がっている様子だったから、どんな扱いを受けたのかと憤慨していたのに。
本当に呪いの類でないのなら、一体なにが旦那を蝕んでいる。



俺たちの主の心根は酷く優しい。彼女から立ち上る霊力は清らかで、穢れの見えない身体であることからも、よくわかる。それに、初対面では必ず俺たちを神として扱う。神の末席、それ以上に妖怪に近いものだと言っても、人間とは隔絶するものと敬う事を忘れなかった。
扱いは勿論間違っちゃいない。人の力の及ばない相手だ。蔑ろに扱うよりはずっといい。
良い女だと仲間や兄弟は言うし、自分もそう思っている。けれど俺たちは刀剣。使われる事で真価を発揮してくるもの。
神のように敬われても、それはそれで居心地が悪い。
大将のいまの態度は説得に説得を重ね、教育して漸く手に入れたものだ。刀剣を使う、従う者の上に立つ者として凛とした態度を。そう言ってきた結果である。

何が大倶利伽羅の逆鱗に触れたのか、大将の頭は疑問でいっぱいだろう。しかし、答えが出ることはない。神は素直で理不尽だ。それを理解していない。
目の前にいるのは神であるとわかっていても、人であると思ってしまう。
美しい直線を描く彼女の思考は、とても綺麗で、愚かしく、それがとても愛らしい。俺たちはそれを気に入っている。
正す気はない。



燭台切の旦那が、大倶利伽羅の頭を撫でる。指通りの悪い、くすんだ髪に、意識せず眉間にシワが寄ってしまっていた。
手入れをして、本体が美しく輝くようになっても、揮うための肉はまた別の手入れが要る。それが成されなかった前の本丸に、一体何の思い入れがある。
彼の叫びから、彼の怒りがどこから来ているのか判断はできる。けれど理解も納得もできない。

それは俺たちが刀であり神であり、ひとであるからこそである。

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