刀剣 | ナノ
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▼ 01 

ついた血を払い、鞘に本体を収める。
時代にそぐわぬ異形たちは、その存在がなかったように消えていった。残るのは彼らの本体である折れた刃物、その中に無事なものはひとつもない。ため息をひとつ、今回も目当ての刀剣は奴等の手元にはなかったようだ。
さて帰ろうか、と部隊長を任されていた石切丸が言った。随分と奥深く、高くまで登ってきた。帰還するゲートを開くにも、少し歩かねばならない。そうですな、自分も同意の声を上げる。何度か同じところを回った。自分はまだ動けるが、弟達には少し疲労の色が伺える。
ぱっと弟達が顔を上げた。どうかしたかと尋ねるが、二人はお互いに顔を見合わせて首を傾げる。

「水の音がしたんだ。何か落ちたみたいな。多分、近くの川からだ」
「その音を出したのが敵さんじゃあないのは確かだが……でもなあ」
「微かに遡行軍の気配もするんだよ。だけど戦ってる気配はねえんだよな」

如何する、と四つの瞳がこちらを見る。自分としては確認しに行きたいところだが、それを判断するのは自分ではない。部隊長へと必然的に視線が集まる。わかった、と彼は言った。
河原ならゲートを開く空間もある、呉々も慎重に頼むよ。



河原で部隊長が主に報告を入れる。その間に辺りを見回すが自分では何も見つけられない。自分より背丈のある燭台切に声をかけるが、彼も何も見つけられないようであった。ただ、蜻蛉切は不思議そうな顔で辺りを見回している。
何かあるのかと尋ねると、いや、何かがあるような気がするのだ、とやはり不思議そうに答える。
あっと遠方で声が上がる。そちらを向けば薬研が手を大きく振っていた。

「こっちだ、川の中程になにかいる!」

薬研の方へと足を進めると、確かに弱いが何かの気配が感じられた。一体なんだと思いながら、指し示される方を見る。緑、いや茶色いぼろきれが岩場に引っ掛かって水に晒されている。そこから赤いものが長く尾を引き川を流れている。もしかして、生き物なのか。

「俺っちじゃあれを拾えねえ。一兄も少し足りないだろ。如何しようかと思ってな」

薬研の中で、すでにあれを拾うことは決定事項らしい。ふと蜻蛉切が己の本体を使い、ぼろきれを引っ掛ける。ひょいと軽々と持ち上げられ、そのぼろきれからはぼたぼたと赤い水がこぼれ落ちる。ぎょっとした。
ぼろきれは、酷い傷を負った子どもだった。
慌てて河原に降ろして息を確認する。苦しそうだがなんとか命を保っているようで、とりあえず胸をなでおろす。
しかし、それも時間の問題であることは確実であった。
子どもにはあるはずの腕が一本無く、足もあらぬ方向に向いている。そればかりか白い骨が姿を見せ、身体中には大小様々な切り傷が見える。
ぼろぼろの服の隙間からは打撲痕や擦過痕、鬱血などが見受けられ、首には手形がくっきりと浮かび上がっている。髪も疎らで跳ねており、切られた場所もあれば無理やり千切られたような部分もある。酷い、と燭台切が呟いた。それでもよく、ここまでされて生きている。

「……おや、その子は……刀剣の付喪神かい!?」

ゲートを開く為、主との通信をしていた石切丸がこちらに気付いて走り寄る。えっと我々が驚きの声を上げた。あまりにも弱々しい神気に気が付かなかった。
しかし、弟達よりも幼い子どもの形をした、刀剣男士は見たことがない。姿は本丸の者に似ているから、それの兄弟刀なのだろうか。そこまでを考えて、現実逃避をしていた頭を振る。待て、待て。彼が刀剣男士だというなら。これ程の大怪我ということは、つまり。

「石切丸殿っ!」
「主にもう一度連絡を取る! ゲートが開くまでまだもう少し時間がかかるんだ、それまでに彼の本体を探してくれ!」

弾かれたようにその場から駆け出した。燭台切が子どもの様子を見ると残ってくれた。薬研がきょろきょろと視線を走らせ、何かに気付いたらしく滝壺の方へと駆け出す。自分も彼の後を追った。

「おーい、薬研、一兄!」

滝壺のそばには既にもうひとりの弟である厚が立っている。そういえば、先ほどあの場にいなかった。
既にこちらに来ていたのか。

「この滝壺から神気を感じるんだ。遡行軍の気配もあったんだけど、上からだ。まあさっきいなくなっちまったんだけど。刀か何か、捨てたんじゃねえかな」

あの子どもの本体だろう。この時はそれしか考えられなかった。
薬研や厚に本体と上衣を預け、池のように広がる滝壺へ潜る。
淵にきらりと光るものがあった。そちらへと泳いで行くが水流に負けて流され、中々辿り着かない。一度水面へと顔を出し、大きく息を吸い込んで再度挑戦する。
近くに行く程に見えてくるそれは、刃毀れもあるがやはり剣。滝の上から放られたのだろうそれは深く地に刺さっている。
腕を伸ばす。
後少し、もう少し。

掴んだ。

ぐいと自分の体を寄せ、柄を引き抜こうと底を蹴る。ずるり、柔らかい地から現れたのは想像していなかった長さ。口から空気が漏れ、慌てて水面を目指す。もちろん剣は手の中だ。
勢いよく水面へと飛び出して息を吸う。そのまま弟達のいる方へと泳ぎ、手の中のものを河原に置いた。
荒くなる呼吸を整える。

「一兄! 大丈夫か?」
「一兄、こいつは……」

引き抜いたのは、見た事のある長い刀剣。
長く、重く、真っ直ぐな槍。

とにかく、これ以外のものは見つからない。
厚も薬研も神気は槍以外からは感じないというし、あの子どもの本体はこれなのだろう。
疑問しか浮かばないが、それを今消化している場合ではない。自分たちはゲートまで戻らねばならない。
弟達に預けたものはそのままに、自分は引き抜いた槍を持つ。

「薬研、厚、走れ!」

とにかく一刻を争うのだ。



手の中にある、槍。

その名を御手杵といった。




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