刀剣 | ナノ
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▼ 05 

帰れ、と彼は吼えた。
その声は空気を震わせ、びりびりと肌を刺激する。
見て分かる程に刃毀れや罅割れの酷い刀身は、少しの衝撃を受けただけでもすぐに折れてしまいそうだった。傷だらけの身体は痛々しく、滴り落ちる血液はないけれど、きっと人間であったならば、痛みで立つ事もままならない。
普段着ているはずの黒い上着はなく、下着も腰巻も洋袴も、ぼろぼろで見るに堪えない有様だ。
三日月は困った表情を浮かべながら、大倶利伽羅と対峙している。
彼の後ろには締め切られた部屋が一室。

「聞け、大倶利伽羅。俺達はお前を傷付けに来たのではない」

ゆっくりと穏やかに、相手を落ち着かせようと三日月が語りかける。しかし興奮が勝る相手にはどうやら逆効果のようで、手負いの獣が構えと警戒を解く事はない。
不意に三日月が此方を振り向き、俺の名を音なく紡いだ。次いで視線を大倶利伽羅へと動かして、渦中へと向き直る。
ぱちぱちと数回まばたきをした。
なるほど言いたい事はわかったが、果たして俺ができるだろうか。
言っちゃなんだが、俺は目立つぞ。

近くに来ていた光忠の背を叩く。わっと小さく驚いた声に、少し気分が踊った。これが緊迫した空気の中でないなら、さぞ愉快だったに違いない。なに、もう、と控えめに腹をたてる彼に、大倶利伽羅の気をそらしておいてくれと頼む。何をするのかと怪訝な顔をしながらも、仕方がないとばかりに短く息を吐きだしてから、すっと視線を彼に向けた。

「からちゃん」

光忠の声は澱んだ空気の本丸の中にも、すっと美しく通っていく。
優しく労わるようでありながら、子供を嗜めるような声色に、大倶利伽羅がびくりと震えた。
目に見えた動揺であった。
口元に笑みが乗ってしまう。昔に伊達で、ああやって怒られてしまった事があったなあ。
俺の動きに気付いたのか、青江や一期が慎重に場所を移動する。有難い。未だに気付かれてはいない様子だ。いけるか。

「……僕を、信じられない?」
「……っ」

息を飲む音が聞こえた。敵わないな。……どの本丸の大倶利伽羅も光忠に弱いのか、ちょっと気になってきた。いや、ここの本丸の彼が、光忠に何か後ろめたい気持ちがあるのかもしれないが。
移動しながらも思考は回る。
演練でも大倶利伽羅は光忠に頭が上がっていないような個体が多かった気がする。ああっ俄然気になってきたぞ。うちには大倶利伽羅が居ないからなあ。他所の大倶利伽羅はどんなだろう。

元は同じでも育つ環境が違えば異なる成長をするのがいきものだ。刀剣男士とてそれは同じ。受ける影響によって、多少の差異が生まれていく。それが積み重なれば、差異は大きくなるだろう。
今度、他の審神者の刀剣男士と話してみるか。新鮮な驚きが待っているといいんだがな。

音を立てずに離れ家の屋根の上にまで移動してきた。流石に背後には回れない。
言葉を重ねていく光忠に、ひどく動揺を見せる彼の刀の角度が少しだけ下がったのを見計らい、屋根瓦を蹴る。

すまないな大倶利伽羅、文句は目が覚めてから聞く!

本体を腰から鞘ごと引き抜き、柄を彼の頭頂部目掛けて振り下ろす。ゴッと鈍い大きな音が耳朶を叩き、目の前の身体が大きく傾く。地にぶつかる前に抱き留めて倒れるのを阻止するが、彼の意識は既にない。
急いで彼の頭に目をやるが、出血はしていないようだった。顔が引き攣る。我ながら酷い攻撃だ。

「からちゃん!」

駆け寄ってくる光忠に彼を預けて振り返った。
大倶利伽羅が守るように、背にしていた離れの一室。そこだけ世界が違うように清廉な空気を纏っている。溢れる神気は柔らかく、粟田口の短刀達にも、大倶利伽羅のものにも似ていた。

主が大倶利伽羅の様子を見、自分が傷をつけられたような顔をする。が、彼の刀剣を見て瞠目し、瞬時に離れの一室を見た。こちらへと走り寄り、草履もそのままに回廊へと乗り上げ障子に手をかける。石切丸が何かを言おうとするが、彼女が障子を引く方が早い。
すたん、と軽い音がして難なく一室は解放された。
そうっと覗き込めば、それは何の変哲もない寝室で、中央に横たわるのはここの審神者だろうか。胸の上で手を組み、一輪の花が握られている。
一期が慌てたように部屋に上がり、石切丸や青江もそれに続く。自分も一室へ足を踏み入れ、漸く部屋の中をじっくりと眺めた。
一期がしゃがみ込んでいる場所に、折れた短刀が置かれている。乱、と呟く声は震えていた。石切丸がその反対側で、これは平野だね、と確信を持って呟く。
どちらも酷く風化していたようで、持ち上げようと触れたところからさらさらと金属粉となって辺りに散った。

「この子が……?」

主が呆然と呟く。布団に横たえられた、白い花を抱く少女。窶れていて細く、髪に光沢もない。疲れた表情で目を閉じている彼女は、今にも起きてきそうだ。
眠っているようだな、と三日月が言う。

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