刀剣 | ナノ
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▼ 04 


恥ずかしい。
穴を掘ってその中に埋まりたい。
夢の中じゃなかった。目の前の女に見覚えがある。マイスイート本丸に無断で侵入してきた他所の審神者だ。よく考えれば分かる事だったのに、願望が全力で現れてしまった。
恥ずかしい。死にたい。
……正確に言えばここから直ぐにでも飛び出して、追いかけて来ない南国の、そうだな、ハワイがいい、ハワイに飛んで、こんな気持ちにサヨナラをして死ぬまで穏やかに暮らしたい。
勢いで言ったけど死にたくはない。



うっかり泣いてしまった自分を取り繕うために強く涙を拭い、鶴丸に夢ならもっと早く来いよと言ってやった。彼はその綺麗な顔で苦笑して、夢じゃないぞと衝撃の言葉を打ち返す。
えっと声が漏れたのは仕方ない。だって鶴丸は折れたんだよ。そう告げると今度はくしゃりと苦しそうな表情をするのだ。それは、俺じゃない鶴丸国永だな。
はっと気付く。
そういえば随分前に演練に出た事がある。同じ刀剣男士が複数存在していて、珍妙な光景に少しの興奮と恐れを抱いた。
それに気付いた陸奥守に背中を全力で叩かれ膝をついてしまい、注目を集めたのはまだきちんと覚えている。
演練相手の部隊にも陸奥守は存在していたし、観客席にも陸奥守が座っていた。
つまり。
この鶴丸は、記憶に在る鶴丸ではない。
飛び退いた。ぶわりと全身から汗が噴き出す。心臓の鼓動は速度を上げ、息が上がる。
ならば、この美しい本丸はどうだ。間取りが違う、この、本丸は。

腰に手をやる。空を掻いた。本来あるはずの、本体がない。それが余計に余裕を奪っていく。
夢でないのならば、本体がなければこの身が危ない。本体を探し、我が家へ帰らなければ。思考を巡らす。この本丸にも刀剣男士はいる。遊ぶ短刀の声が聞こえていたのだ、数も多い。気配を探るのはさほど得意というわけではないし、隠れるのだって上手くない。けれど、やらなくては。本体を探し、審神者を探す。
鶴丸国永に背を向けて走る。奴とステータスはどっこいどっこいで、足は奴の方がほんの少しだけ早い。ほんの少しならば、どうとでもなる。相手はへし切長谷部じゃない。

「ま、待て、大倶利伽羅! おい!」

待たない!

回廊を曲がる。大丈夫だ、誰かにぶつかるということはない。偵察値は高くないけれど、さほど低いわけでもないのだ。曲がり角に誰かがいたら、気付けるんだからな。



とか粋がって、本丸を走り回っていたんです。ついでに本体と審神者が見つかってほしいなあと思いながら、あらゆる刀剣達を巻いていたんですよ。独壇場だったんです。その事を知ったここの審神者が博多藤四郎を背負ったへし切長谷部を寄越すまでは。本当だ、嘘じゃない。
誰に言い訳しているのかわからないくらいに、自分は目の前の審神者から逃げ出したいと思っていた。
恥ずかしさもある。けれど、一番はこの女の口から告げられるだろう悪いニュースからだ。
だって、そうとしか考えられない。空気が物語っている。
逃げないようにと両脇を固められているし、目の前には堂々と審神者が座っている。広間の端には男士が座り、光景はさながら大奥だ。
審神者が口を開く。

「……大倶利伽羅様。この度は我が同胞が大変失礼を致しました」

丁寧に、謝罪される。
滔々と、いろんな事が彼女の口から語られた。
ここは彼女の本丸である事、彼女の号、自分をここへ運んだ経緯、私の本丸のその後。

「……待ってくれ、もう一度、頼む。主は、本丸は」
「消滅致しました。本丸は既に形を保つ事も限界でございましたし、澱み、穢れが溜まっておりましたので……」

綺麗さっぱり、空間から消し去られた。本丸ごと、消し去られたのだ。
あそこにはまだ折れた刀剣達が残っていて、あそこには大事な彼らの墓があるというのに。
主の亡骸が残っていたのに。
主の体は元々引き取り手がない。けれど、墓くらいは作ってもらえるだろうと、腐らない様に守ってきた。こんな未来が待っていたのなら、きちんと弔って、彼女の大切な初期刀殿の横に、あの本丸に葬ってあげればよかった。

多くの仲間が眠る本丸。
私の大事な、私の世界。

それを彼女はさも当然というように、表情を変える事なく言ってのける。消されました、と。
存在した事実が消えたわけではない。きっと戦死扱いをしてもらえる。そういう事を心配しているんじゃない。どういう神経をしている。同じ、人間じゃないのか。自分がおかしいのだろうか。元人間の刀剣男士だから。いや、と脳内でその考えを否定する。確かに自分は他の刀剣男士より人間くさい。しかし人間よりはずっと薄情になっているのも知っている。けれど目の前の女の言い方はなんだ。まるで道端で死んでいる蟻を見た後に、事実を報告するだけのような冷淡な声。知りもしない、会ってすらいない人間だからなんだろうか。あずかり知らぬところで知らない命が散ったとして、心が痛むわけがないのだろう。それに、彼女の中では主は悪だ。共感もできないし、これで済んで有難いと思ってほしいと考えているかもしれない。それにしたって、目の前にその知り合いがいる。口を慎んだ方がいいと思わないのか。

自分は刀剣男士である。
されど、元は人間だ。

鳩尾の辺りで熱がうまれ、身体中を巡り、体温を上げていく。

「……もういい、黙れ。手入れをしてくれた事は感謝する。だが、俺の死に場所は俺が決める。お前じゃない」
「ですがっ、大倶利伽羅様!」

そういえば、この女。主を悪く言っていたな。
同種が神である自分に酷いことをしたと。魂は然るべき処置がどうの、と。
酷いことだと?
ああ、政府から派遣されたとも言っていた。政府の狗、そうだ、目の前の女は。
我が主を死に追いやった人間の一人だ。
かっと頭に血がのぼる。

「"俺"を返してもらおうか、審神者」
「お、大倶利伽羅様、お聞きください。人間には貴方を顕現した審神者の様な者ばかりではありません。どうか怒りをお鎮めくだ」
「煩い! あんたがどう思ってるか知らないがな、勝手に本丸を潰して俺の主を悪く言う、あんたの方が悪しきものだ!」

審神者に殴りかかろうと身体が動き、隣で座っていた刀剣達が瞬時に動いて俺の自由を奪う。それでも暴れていると体重をかけられた。重くのしかかる彼らを振り解くことができない。
けれど、如何にかして抜け出して、目の前の女に、ああ、この女。俺の主を。必死に私達を守ろうとして壊れていったあの子を。あろう事か、俺の、私の目の前で!

「退け! お前、女! 俺の主を愚弄したな、くそっ、離せ、契約なんて知った事か、畜生! 返せ、まだ俺はっ! クソ、退け、離せっ! お前には、お前にだけは! 跪かないぞ、跪くものか、審神者ァッ!」

どうにか刀剣達の下から這い出ようと畳を引っ掻く。編まれた藺草に爪を引っかけるが、重みに勝てずに指が傷ついていく。
目の前の審神者は恐怖に強張った表情でこちらを見るだけで、動こうとしない。いや、動けないのかもしれなかった。
奴の目の前にいるのは神の末端、人が生み出す化生の身。
近くにいた打刀が彼女を支えてこの場を離れようとする。逃がすか、あの女に一発拳を沈めないと気が済まない。
刀剣男士は人間に危害を加えてはならない。
これを破れば契約違反、不履行となり、多くのペナルティを払わされる。本霊と政府との取り決めであり、審神者と付喪神とのルールである。破ればどうなるのかは知らないが、取り返しのつかない事になるのは明白だった。
けれど、それがなんだ。何も知らないくせに。あの子をなにも知らないくせに、よくも。

わかっている。

これが自分の勝手な言い分である事くらい。彼女もまた、善人であり、真摯に対応しようとしてくれている事くらい。
けれど人は感情に左右されるいきものだ。
あの子を悪く言う様な人間と仲良くできる程、私の心は広くない。


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