刀剣 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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▼ 03 

意識が浮上する。久しぶりに感じる暖かさに微睡み、もぞもぞと体を動かした。柔らかい布団と少しかための枕が心地よい。
うっすらと目を開く。ぴんと張られた障子の向こうから、穏やかな陽光が降り注いでいることがわかる。小鳥の囀りさえ聞こえてくる。
ごろりと寝返りをうち、美しい天井の木目を眺める。濃い茶色は健康的な建造物そのもので、はたと動きを止めた。ぎゅっと目を閉じ、もう一度目を開く。変わることのない光景。
掛け布団を蹴り上げて飛び起きた。
周囲を見回すが、自分以外の布団は敷かれていない。自分の本体もない。無理やりに身体を動かして障子を開け放つ。晴れ晴れとした空、整えられた庭園、澄んだ空気に清涼な風が髪を弄び通り抜けていく。
痛むはずの身体は不調を訴える事はなく、よく見れば身体中にあった傷は綺麗さっぱりと治っており、襤褸同然だった服も新品に交換されていた。

夢だろうか。

夢だな。夢だ。

きゃあきゃあと幼い子供の楽し気な声が聞こえて、記憶に眠るあの頃を思い起こす。
主を。主を探そう。これが夢ならば、きっと遊ぶ短刀達の輪に混ざって戯れる主が居るはずだ。
主を見つけたら、次の誉をとったら何が欲しいかという話を聞いてもらう。何が良いだろう。そうだなあ、前世では読めなかった白鯨が読みたい。白鯨を買ってもらおう。
慣れ合う気はないと自分で言っておいてあれだけれど、それは言葉の綾というもの。共同生活が苦手なだけだ。
同室の彼らはちゃんと知っていてくれるから、その優しさに全力で胡座をかいている。……本じゃなくてパーティグッズとか、シルバーアクセサリーとかの方が良いかもしれない。
何時もありがとうってか、恥ずかしいな。
やめよう。本にしよう。

回廊を歩く。勝手知ったる我が本丸。所々、違った作りに頭を捻るが、夢なのだから仕方ない。と、ひらりと視界を何かが過る。本の事を考えていて落ちていた視線をあげれば、大きな桜の樹が堂々と庭に鎮座していた。何故桜だとわかったのか。言わずもがな、視界いっぱいに広がるピンク色のおかげである。桜は満開に花開いていた。
ほうと息が漏れる。ここまでの桜はテレビの中でしか拝んだ事がなかった。想像力とは素晴らしい。
現実の本丸では小判がなかなか集まらず、時間を操作する装置を購入する事ができなかった。本丸は審神者の霊力で過ごしやすい環境に保たれてはいるものの、朝夕や季節を変えるまでの力はない。常に昼間で、常に穏やかだ。

日本人は時間の流れにも感動を覚える種族である。故に、そういった装置が作られたのは必然といえば必然であったし、主も当然欲しがって。遠征部隊の手土産に、一喜一憂していたのが懐かしい。

ああ、そうだった。主だ。
この桜の下で、みんなと花見が出来れば、きっと幸せなのだろう。夢の中でだけでも、出来ればいい。夢の中なのだ。恥くらい捨てて、全力で慣れ合ってやろうじゃないか。
花見となれば、彼の初期刀殿の手料理がきっと合う。そうだ、桜餅、桜餅を作ってもらおう。どこにいるんだろう。キッチンかな。

自分の本丸には台所が二つある。といっても、隣接しているため、一つと数えても差し支えないが。
一つは、増え続ける刀剣男士の三食を賄えるように改修された給食室、もう一つは手の込んだ品を作る事のできる一般的なU型のキッチンだ。

キッチンがあるはずの場所を彷徨く。ない。夢の中だからだろうか。そういえば、短刀の声は聞こえど、どの刀剣にも会わない。

サッと血の気が引いていく。こんなに美しい本丸だから、夢だから。居るのだとばかり思っていた。
最後まで寄り添ってくれた短刀の名前を呼んでみる。なんの変化もない。同室の刀剣を呼ぶ。ダメだった。では、主の初期刀は、迎えてくれたあの面々は、後から増えた仲間は。
夢の中なのに。

そうだった。これは夢だ。
仲間はみんな、折れたのだ。

じわりと世界が滲む。
折れていく仲間を見てもついに泣くことはなかったというのに、希望が目の前にちらついただけで、ああ、こんなにもさみしい。
慣れ合うつもりはないと言った。けれどそれは、適度な距離感を保ちたかっただけで、私は。

「大倶利伽羅! ようやく見つけた、探したんだぞ!」

私は、あなたたちが大好きだった。

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