刀剣 | ナノ
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▼ 02 

ブラック本丸摘発のため、政府への召喚要請に応じよ。

彼女の元へ届いたのは、要約するとそういった内容のメールであった。
その要請に応じ、取り敢えずと担当の者から簡易の説明を受け、更に対策課から今回摘発する本丸の説明を受ける。
元は普通の本丸だったが、ある時を境に刀剣の破壊数が増えている。
それだけでは証拠が足りないと今まで乗り込むことができなかったが、その本丸の審神者の霊力反応が微弱になり、遂には観測できなくなったことから摘発に踏み込むことにした様だった。
政府の誂えたゲートの前に立つ。
時代を遡ることができるのは刀剣のみだが、本丸はどの時代にも属さない。本丸や政府、万屋のある空間では、審神者も移動ができるのだ。

「それでは、お繋ぎします。対象本丸内は、説明を受けたとは思いますが、観測できない未知の領域です。お気を付けて」

担当が心配そうにそう告げてから、ゲートの端の機械を操作する。目の前の壁が歪み、別の景色が現れた。水の膜が張った様にゆらゆらと揺れる景色は、見た事がある様で、全く別の空間だ。
他人の本丸。
審神者見習いとして、研修に行った以来、踏み入れたことのない場所であった。

一歩前へ足を出す。水の膜が揺れる。勢いをつけてゲートを潜った。
途端にまとわり付くのはぬるく湿気の多い空気だ。気温はさほど高くはないのに、じわりと汗が染み出すような、気味の悪さを覚える。
私の後に続いた刀剣達も、同じ気分を味わっているのだろう。口々に何かを呟く。
無風の本丸内だというのに、鼻に付く嫌な臭い。気付けば排水口や、汚物入れ、生ゴミ等、どれが正解かと脳内で近い臭いを探している。
生臭い。それに尽きた。
どんよりと空は曇り、地面には草も生えていない。生えていただろう場所に、枯れた草の跡は見えた。

「青江。何か見える?」
「うーん、特に気になるものはないね」
「そう……わかったわ。取り敢えず、皆。乗り込むわよ。刀剣男士がいたら保護を最優先に。審神者を見つけたら私に連絡すること。あまり刺激しないように。良いわね」

口々に了承の意を述べ、二人一組で本丸へ侵入する。
連れてきたのは偵察値の高いにっかり青江に、神刀として名高い石切丸、面倒見の良い一期一振と燭台切光忠、神格の高い三日月宗近と鶴丸国永の六振りだ。
二人一組で、と分けた際に、主が一人になるのは危険だと言われたが、刀剣男士は人間に危害を加えられない。脅威となるのは同じ人間の審神者だけ。ただ、その審神者の霊力反応がないということは、衰弱している可能性が高く、危険度は少ない。そう言って説得していた。
身軽に本丸内を歩き、障子や襖を開けていく。
万年床となっていたのだろう、柔らかさがなく、血や土、埃などで汚れた布団が目に入る。ただ、どの部屋を覗いても刀剣の欠片すら見つからなかった。
破壊数が多いと聞いていたから、そこら辺に放り投げているものだとばかり思っていた。
ふと可能性に思い当たり、振り返る。廊下の端には埃がうっすらと積もってはいるが、人が歩く場所に足跡はできていない。
審神者が活動しているか、それとも刀剣男士がまだ動いているのか。
生存者がいるのは僥倖だ。あとは、敵対視されなければ良いのだけれど。

ぎいん。耳が微かな金属音を拾った。断続的に響くその音は、戦闘を思い起こさせる。音の方向を聞き分けようと耳をすませ、はっとする。
自分の本丸には離れがある。自宅兼執務室だ。それが、この本丸にもあるとするなら。審神者はきっとそこだろう。
そして、使役される刀剣男士もそこに。
慌てて廊下を走る。
戦闘をしているということは、最悪の結果が生み出されかねない。刀剣男士が刀剣男士を折るという事態や、誤って審神者を傷付けるという事態になりでもしたら。悲観的な考えが脳内を駆け回りはじめ、走りながら頭を小さく振った。悪い考えはよそう。今は音の方へ走ることだけを考えろ。
そうしてついた場所は矢張り離れのある一角で、渡り廊下の向こう側から、尚も戦闘の音が続いている。鶴丸の声が聞こえて、止まっていた足を動かす。
曲がり角を曲がって、視界に現れた光景に眼を見張る。
三日月宗近と大倶利伽羅が抜刀し、対峙していた。
残りの五振りは既に到着済みだったようで、こちらに気付いた青江が何が起こったかを説明してくれる。

離れに気付いた青江と三日月が、主はいつも離れにいるのだから、ここならばもしやと足を向けたところ、部屋の前で座っていた大倶利伽羅と会い、こちらと会話をしていたが、何かの地雷を踏んでしまったらしく、斬り掛かってきたのだという。
その音を聞きつけて近くにいた鶴丸と石切丸が駆けつけて説得を試みようとして失敗し、更に光忠と一期もやってきて、大倶利伽羅が距離をとったところで、私が現れたということだった。

「刀を納めろ、大倶利伽羅」
「くりちゃん、大丈夫だから、ね」

嗜めるように言う鶴丸の声に、彼の表情が困惑の色を示す。光忠も優しく声をかける。瞳は刀剣達の間を彷徨い、降りそうになる刀を、私の姿を確認してもう片方の手で押し留める、そういった仕種を見せた。

「……何の用だ」

その言葉は私に向けられていた。口を開くが、何を言うべきかを考えておらず、一旦口を閉じる。息を吸う。頭の中でぐるぐると言葉が駆け回り、混ざり合う。どうすればいいのか。なんという言葉をかければ場が収まるのか。

「政府の要請により、刀剣男士様の保護に参りました。他の刀剣男士様と、貴方の主は、どこに?」
「……この本丸には、俺しかいない」
「……え?」

ぎらりと彼の眼が光る。ぼろぼろの体は折れる寸前であるはずなのに、しっかりと地に足を付けて立ち、綺麗な構えを見せている。

「保護など要らない。俺の死に場所はここだ」


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