刀剣 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ 幸せな、夢を見よう


幸せな夢を見た。暖かい本丸の話だ。よくできている。いつだって眠れば暖かく迎え入れてくれる。俺は想像力が逞しいだけが取り柄だからな。違った。刺すことしか、能がないんだった。ゆっくり体を起こして、ぐっと伸びをした。ぱきぱきと骨の鳴る音がする。さあて、お仕事お仕事。本体を持ち、部屋から出て、空を仰ぐ。本丸は今日も薄暗い。生ぬるい空気に、血の臭いが混じる。夢の中ぐらい幼い姿だったなら、きっとこんなにしんどいこともなかったんだろう。その分、本体は振るえないから、お荷物になってしまうが。それはそれで、苦しいな。どこからか悲鳴が聞こえる。隣の部屋から金の目の奴が這い出してきた。そいつも俺と同じくらいの年齢の姿をしている。二振り目の同田貫だ。くりくりと大きめの瞳が、俺を見つけて細くなった。ひきの、と呼ぶ声は一振り目よりだいぶ高い。彼の持つ本体は、抱える程度には大きかった。
後ろを向いて、部屋の中へ声をかける。一振り目の俺が寝ているから、少し、声のトーンを抑えめに。行ってくる。

「おがみ、ひきの! 待ってくれよ」

駆けてくるのは真っ白な衣服を纏う少年だ。みささぎ、と名を改められた彼の本霊は鶴丸国永。彼もまた俺たちと同じく、身を弄り回された被害者だった。

主人は仕事熱心な男だった。それは審神者としての道を酷く逸脱していたが、彼の成果が日本政府に恩恵をもたらす事も多々あった。演練を免除され、仕事に没頭する彼も、初期は何度か通報や警告を受けていたのだ。それが収まったのはいつ頃だったか。
彼の仕事は研究だ。本来の仕事はなんだったっけ、科学者だったか、考古学者か、文化研究者か、はたまた博物学者か。聞かされたけど覚えていない。そういう感じの名称だったはずだ。とりあえず何か科学を使って研究する人である。それが審神者というものになり、彼は最高の環境を手に入れた。
誰にも邪魔をされず、資金が潤沢にもらえ、人と同じ作りをした人外という素材を使うことができる。ただ、主人は別に非道な男などではない。いや、正しく非道、邪道とも呼べるが、多少なりとも"良い人"だ。たまに耳にする、極悪非道なブラック審神者よりは、断然。
良い人の定義を知っているだろうか。
我に都合の"良い人"というらしい。
誰から聞いたかな。たぶん、こないだ折れた、知識のある刀剣だった気がする。
弄り回された俺の頭は、あまり賢くできていない。他人を覚えるのは苦手だった。

この本丸には俺たちのような付喪神が、他にも数人存在する。一振り目とは違う、作り出された亜種。もしかして、有ったかもしれないもしもの存在。
例えば今剣。二振り目は短刀になる前の大太刀の姿で顕現された。だが、一振り目は折れて久しく、未だ二代目が顕現される様子はない。
おがみは在った存在の復元だ。打刀のはずの同田貫正国は、主人の力で太刀としてそのまま残された。いや違うな。太刀の頃の同田貫正国を知っている主人が、作り上げたのだ。
それから、今、主人が躍起になっているのが岩融。太刀であったという記述があるのだからと今日も分霊の宿らない刀を折っている。
それに、自分。比企御手杵。複製された御手杵の付喪神、というような位置付けになる。実際は自分もきちんと本霊が作った分霊の一振り。ただ、正規の御手杵と違い、二振り目になる自分を呼ぶのに不便だと名を改められただけだ。
だが、名は体を表すと言う。俺には、一振り目のような火に焼かれる記憶はない。その代わりにあるのは、身体をいじる為の贄となった、人の記憶だ。

もとは平和な時代の学生だった。歴史修正主義者という言葉もなく、タイムマシンすら開発されてはいない、日本の学生だったのだ。いつものように、友人と下校して、家路についている途中。友人と別れて、自宅までのたった数キロメートル。真っ黒なバンに引きずり込まれ、俺は人間という種族を奪われた。
別にそれがどうこう言う気はない。そういう運命だったと割り切っている。この身体だからかもしれなかったが、今は今で、そこそこ充実した第二の人生……刃生を送っている。けれど、そうだな。できることなら、あの夢のような生活を。……無い物ねだりか。ここの本丸だからこそ今の自分が産まれたのだ。
ふる、と頭を振る。どうかしたかと心配されたが、なんでもないと返答した。本当になんでもない。想像力の賜物だ。

この本丸の二振り目という存在は全て、人間の贄で成り立っていた。魂の有り様、それを入れるための器を弄る上で、分霊が宿らなければ肉は腐り、刀は錆び、朽ちるだけだ。それを脱するために用意された贄、人間の魂。これを捧げ、降りた分霊と融合させ、溶かすことで無理やり弄った肉体に分霊を定着させるのだ。そこで人間の俺たちや、分霊が多少削れたとして、成功は成功である。
そして目覚め、本霊がくれた基礎の記憶を元に、揺らぐ魂のまま名乗り上げ、主人は笑う。

『よく産まれてきてくれた。私の愛おしい息子。どうか私のために生きておくれ』

父親だ、と主人は言う。甘く柔く、美しい言葉をもって、穏やかで優しい微笑みをもって、俺たちを息子と呼ぶ。二振り目にだけ、手間をかけ産んだ、愛おしい成功例にだけ。
一振り目は俺たちを見て、瞳に形容し難い色を乗せる。その色は同情であり、嫉妬であり、羨望であった。
彼らは刀剣なのだ。人の肉を得た、人間紛いの付喪神の子供。自分を使う、審神者に焦がれないわけがない。己は武器、己は人。主人を愛し、愛されたいと思うのは当たり前だ。
主人は、その質をよく理解していた。一振り目達が、誰も逆らうことなく進んで主人に従い、進んで折れる様は、掌の上で転がるビー玉のようだった。
一線を画した。
純粋な刀剣男士である一振り目と、紛い物の二振り目。明確な線引きが、確かに有った。

みささぎが父の部屋の前で立ち止まり、父様、と主人を呼ぶ。入れ。ひび割れた低い声の父は、やけに熱がこもっている。
先の悲鳴のせいだろうか。主人は俺たちをよく甚振る。そこにだけは、一振り目や二振り目の境目はない。いや、正確には甚振る内容に違いはある。暴力は基本的に一振り目達に振るわれる。人間の力は非力だが、審神者の力は強大だ。害そうとする気持ちを持って暴行を加えるならば、最終的に折ることも可能だろう。意図して刀を折る事など、人間には容易く行える。対して二振り目に降りかかるのは、人の手による暴力などという生易しいものではない。実験と称して行われるのは、拷問だった。
刀剣男士は本体の刀剣さえ無事なら肉の器が大きく害されようとも問題はない。いや、肉の器が例え死んでしまったとしても、刀剣さえ無事なら如何とでもなる。大きく器が破損すれば、手を入れて修復してやればいいし、器が無くなれば作り直せばいい。分霊の降りた、魂の宿る刀剣が核の刀剣男だ。肉の器はあくまで、本体を振るうためのもの。
故に、容赦がなかった。
例え精神や脳内回路に破綻が生じたとして、手入れさえすれば元通りだ。資材は食うが、モルモットとしては申し分のない素晴らしい実験対象、中身はしっかりと人間の精神構造を構築する元ひと。こんな都合の良いもの、主人が喜ばないわけがない。
指先からハサミで切り落とされていくことがあった。万力があり、木馬があり、十露盤板があり、鏝がある。虫が体内外を這い回り、身動きの取れない体が徐々に焼かれていく。水に溺れ、情欲に濡れ、刺され、喰われ、斬られ、絞められ、辱められ、時に加害者となり、時に毀す。思いつく限りの残虐でえげつない行為。痛みに喘ぎ、いっそ殺してくれと懇願するが、受け入れてもらえるわけがなく。気付けば一振り目の膝の上、という事もザラだ。そこは俺だけかもしれないが。一振り目と二振り目がどういう関係を結んでいるのか、俺は知らないし、気にしている余裕もないからなあ。

入り口に設けられた刀掛けに、二人は己の本体を置く。槍を置くのは戸の上で、自分では置けない代わり、専用の引っ掛ける場所を作って貰っていた。そこに引っ掛けて倒れるのを固定して、静かに障子戸を引く。

「よく来た、息子達。新しい兄弟を紹介しよう。仲良くしてやっておくれ」

背を押され、一歩前へと出された少年を見る。
灰色の髪に大きく藤色をしたつり目、白いシャツに濃い紫の服、陣羽織に似た金の布。へし切長谷部。ああ全く、なんて意地の悪い。一振り目となったへし切長谷部は、主人の愛情を注がれる二振り目を身近に見る事になってしまうだろう。主人の一番になりたいとこぼすあの刀には、酷い仕打ちだ。
みささぎがぱっと明るい笑顔を見せ、少年の手を取る。

「父様、彼の名前はなんでしょう?」

彼は二振り目、主人の息子。
名を与えられる立場にある。

「ああ。名は花押。かおうだ」

父の部屋には、同じ種類の刀剣がずらりと並べられている。あの中の一体何本が折られるだろうか。一振り目達が掻き集め、妖精達が鍛えた剣、あまり無駄にならないといいが。

主人の部屋を出て、へし切長谷部の二振り目、かおうを連れて屋敷を歩く。これから四人で遠征だ。うまく資材を集められれば、それだけ一振り目達の負担が減る。小判や札を持ち帰る事ができれば、その資材は一振り目達の手入れに使用される。重傷にならなければされない手入れのおかげで、部屋はいつだって血の臭いで充満していた。

移動しながら自己紹介を済ませ、途中の一室にかおうを案内する。一振り目のへし切長谷部の部屋だ。俺たち二振り目は基本、一振り目と一緒の部屋で寝起きする。二振り目のみであるのは、一振り目が折れてしまったところだけだ。
今剣がそうだった。主人の方針じゃ短刀は折れやすい。新しい今剣を主人が顕現するまでは、あの大きな今剣は一人、部屋に軟禁されるばかりだ。いつ出られるのかはわからない。
一振り目たちは短刀を拾ってこないし、鍛刀だって槍か短刀を打とうとしない限りは鍛刀もされない。
今、主人が欲しがっているのは岩融とあの天下五剣、といっても天下五剣は喉から手が出るほどではない。拾えるなら拾って来いという指示。しかし場所が場所だ。短刀なんて拾えないのは明らかで。
ああでも、短刀がもし増えたら。きっとこの本丸も、少しは明るくなるだろう。

それでは遠征を、と門の近くへ移動していた時、本丸の空気が揺れる。出陣していた部隊が帰ってきたのだ。ひょいと角から門を覗く。
帰還したはずの部隊は、門の前から動く事はない。拾った刀を迎えに来たものに手渡して、また門をくぐっていく。
彼らの顔に疲労の色が見えた。頑張れ、と心の中でエールを送る。だって彼らが頑張ってくれれば、一振り目はまだ休んでいられる。





ただいま、と部屋に入る。むっと血の臭いが鼻をついた。行く時より濃い臭いだ。出陣したんだろう。目をやれば床に転がる一振り目。
困ったなあ、着の身着のまま、倒れ込んでいるなんて。

「一振り目、寝るなら布団を引いてくれないと。畳に血が移るって……」
「ああ、ちびかあ……悪い、身体が動かなくってさあ……」

あまり外傷は増えてない事が救いか。敵の血を沢山浴びてきたのだろう。本丸には風呂だってあるけど、湯浴みをする暇なんてない。入れ替わり立ち替わり、一振り目達は戦場へ駆り出される。
自分の槍を、一振り目と反対側の壁に立てかけ、寝転がる彼に近付く。座って指通りの悪い髪を梳いた。

「……正国が、中傷だ。つぎ、槍が出たら、折れる、かも……」

どう反応していいのか。つまり、おがみが外に出られなくなるという事だ。そう、という言葉をこぼすのがやっとだった。それからしばらく時を刻んで、何の言葉を発さなくなった彼を見れば、両目を閉じてしまっていた。
畳の上で、こんな雑魚寝をして、つぎの戦闘に支障をきたさなきゃいいけど。

「おつかれさま」

眠る彼を見て、夢の中での優しい彼らを思い出す。彼らはいつだって、請えば自分の隣で寝ていてくれた。
この本丸には居ない二振りの槍。願望の表れだろう。見知らぬ槍だからこそ、優しくあれば良いという願望が乗る。
もう槍は拾ってこないで。
日本号を、見つけないで。
目を閉じて、意識を溶かせば待つのはあの暖かい本丸だ。あそこが、実在してくれたらどれほど良いだろう。自分だけの逃げ場所の気がして、罪悪感もあった。夢の中の、霊体験はそこから来ているのだろうなと思う。
彼の頭を撫でる。

願わくば、幸せな夢を皆に。
せめて夢の中では、幸福であらん事を。


「おやすみ。良い、夢を」

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