刀剣 | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ からあげ大戦争

ぱちぱち、厨から軽い音が聞こえてくる。皿に盛られていくのはきつね色の塊だ。鳥の唐揚げ。夕餉の主役である。
長船派の祖である光忠が一振、燭台切光忠が菜箸を手に、絶妙な均衡を保たせながら、大きな山を形作っていく。彼を手伝うのは堀川や鳴狐、にっかりや骨喰といった、この本丸の器用どころである。
料理を運ぶのは陸奥守と獅子王で、配膳を行うのは歌仙と山姥切である。

厨番という本丸独自の当番がある。手先の器用な刀剣達を筆頭に、興味があると時折顔を出す刀剣達を中心に組まれた、本丸には欠かせない内番であった。厨番には家事の一切も組み込まれており、そこに充てがわれた者達は、皆器用にそれらをこなした。家事を抜いた出陣や遠征以外での仕事を与えられる事は少ない代わりに、彼らの意思が優先される仕組みとなっている。
少数ながら、その力は絶大であった。

その厨番連中が総出で夕餉の準備をしているのには理由がある。
この本丸の末弟のような存在、二振り目の御手杵が関係していた。
彼は人の身を得たにも関わらず、人のように扱われず、虐げられてきた過去がある。故に、この本丸の者は二振り目を常に気にしていた。時に叱りもするが、基本的にはよく甘やかしている。今日は何がしたい、一緒に何をしよう、何を食べてみないか、遠征の土産だ、等々。少しでも彼に人の身である幸せを、と思っての事だが、それ以上に愛らしい姿身に魅せられているといっても過言ではない。彼らは刀剣といえど付喪神。神であり妖である。幼い子どもは無条件で愛する対象なのだ。
つまり、である。
二振り目の昨日漏らした、からあげがたべたい、の一言によって大量の唐揚げが現在、揚げられているのであった。



目の前に聳える唐揚げの山に、驚きの声を上げて喜んだ二振り目を見て、厨番の彼らは一様に破顔した。今にも飛び跳ねだすかというほどに弾んだ声に、彼らの努力はすでに報われたというものだろう。
実際に跳ねて移動しようとする二振り目を危ないからと抱き上げて、定位置に座るのは日本号、本日も第三部隊からは外れて二振り目のお守りをしている様子である。
元々ここの日本号は、さほど戦が好きというわけではない。適度に運動、適度に戦、多くの酒と多めの睡眠、健康よりは少しだけ自堕落に、人の身を緩く楽しむ、といった姿勢だ。故に、第三部隊として仕事をするよりは、二振り目のお守りをしながら本丸を転がっていられる、今の生活を気に入っている。
もちろん思い通りに行くことは少なく、二振り目の御手杵に振り回されることも多いのだが、それはそれで愉快なのだ。たまの夜泣きでさえ、酒の肴にして飲めるほどには。

匂いにつられて、本丸に残る刀剣達が顔を見せ始める。審神者も仕事がひと段落した様で、顔を出したかと思うと、上座の定位置へと移動していた。もちろん、机の上にある数々の料理と、大皿の唐揚げには目を見張り、きらきらと目を輝かせて唐揚げを見る二振り目を見付けて納得した表情を浮かべる。
現在遠征や出陣等で居ない、計二十四の刀剣達以外が全て揃ったのを確認し、審神者が音頭をとるため、手を合わせた。

「合掌! 頂きます!」

その言葉に合わせて刀剣達は手を合わせ、頂きますと復唱する。皆言い終わると同時に箸を持ち、我先にと唐揚げの山に向かっていく。
二振り目もなんとか山の攻略に参加しようと腰を浮かすも、そもそもが日本号の胡座の上である。持つ箸も子供が練習用に使うプラスチック製のもの。届く範囲も限られている。見る間に低くなっていく山が、なんとも言えない寂しさを呼んだ。子供用の飯碗をとり、仕方なく白米を口に運ぼうとするが、未だなれない小さな手がぶるぶると震え、米が碗の中で泳ぐ。たった数粒を漸く摘み、口の中に収めることができた。やっぱり箸はまだ早かったのか、二振り目は自分の身体に軽く失望する。坊主、と彼の頭上から声がかかり、二振り目が顔を上げる。日本号が此方を見、口を開けな、一言を降らす。
二振り目は勿論大人しく口を開く。其処に放り込まれたのはあの山の一角、それをさらに砕いて食べやすくしたものだ。もぐ、と待ちに待った肉を口内で転がし、ゆっくりと噛む。しっかりと味付けされた唐揚げの表面に、じゅわりと染み出す肉汁が口の中を満たす。いつもより時間を掛けて咀嚼し、肉の形が無くなったのを感じて飲み込む。美味しい。二振り目が言った。

「日本号、もういっこ!」

完全に箸は机の上に置かれてしまっていた。
服を引かれて催促を受けた日本号は、自分が齧っていた唐揚げを彼の口に突っ込んだ。途端に大人しくなるのを見て、口が緩々弧を描く。
すっと隣からフォークとスプーンが差し出された。にこにこと二人を見ているのは蜂須賀虎徹だ。二振り目の箸さばきも見ていたのだろう、どうやら取ってきてくれたようであった。
日本号が礼を言い有難く使わせて貰うかと、口を動かす二振り目にその存在を教えてやる。

「何か言うことは?」

もご。口の中のものをなんとか砕ききって飲み込み、二振り目が蜂須賀へ視線を送る。

「ありがとう、蜂須賀兄ちゃん!」

ぶわわ、と。彼から桜が飛び散ったのは仕方がない事だと誰もが認めた。蜂須賀兄ちゃん。その言葉は未だ本丸に顕現されない、彼の愛する弟が、彼を呼ぶ時に使うものであった。
それにしても、と審神者は唐揚げを咀嚼しながら思う。
日本号も親が板に付いてきたな。
胡座に乗せて飯を食べさせ、また躾として感謝の言葉といったものを教えて促す。最近は二振り目の前でも酒を飲むが、一切与える事はなく、心細いという二振り目のために共寝する。稀にあるという夜泣きのために、負ぶって夜の庭を歩くのを見た事もあった。
白米をかきこみ、咀嚼して飲み込む。今までずっと親子だなんだと暖かい目で見ていたが、考えていた親子像とは少しズレがあったのだ。
今しがた解決する光景に出会い、一人頷く。

「日本号はママだったのか」

満足した審神者は唐揚げの山をつつこうと箸を向け、空を切った。ん、と大皿に目を向けるが、そこには空間が広がるだけである。

「えっ、もうない!」

食事の場も、一種の戦場であった。

prev / next