刀剣 | ナノ
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▼ 大本丸会議2

「それでは、始める」

厳かに、冷え冷えとした低い声を発しながら、我々の主人は会議の開始を告げた。

議題は前回に引き続いて、二振り目の御手杵のことだ。前回の会議では、明らかになった事実に主が激怒して御開きとなった。
あの日から今日まで、色々とわかった事もある。それを先ず、報告しなければならない。

「何か報告がある者」

すっと手が挙がる数人を見回し、主がその一人を指名する。最初の発言は燭台切殿である。彼の報告もさほど重いものではなく、皆一様に微笑みを見せるほどだ。主もそれは何よりだ、と安心したように笑う。二振り目はどうやら肉料理や、弟達同様におむらいすやはんばーぐといった洋食を好むという事だった。
次に手を挙げたのは蜻蛉切殿で、自分もそう重い報告ではないと前置きしながら、赤茄子の話を始める。ああ、前にいた本丸で一度畑を使う事を許されたものの、育て方を間違い、二度と使わせて貰えなくなったというあれだ。今度は失敗したくないのだろう、毎日ちゃんと育つかを聞いてくるのだそうだ。涙腺が緩んでいる主は、既に泣きそうになっているのか、どうにかして耐えんと目頭を揉んでいる。無駄な足掻きだと思いますぞ、主よ。
次に指名されたのは我が弟である薬研だ。厚と共に二振り目の事の面倒をよく見ているようで、最近は風呂や食事を同じくしている事もある。厚は薬研の隣で真剣な表情をしている。二人の表情に、皆がすっと表情を真剣なものへ変える。

「俺たちは槍の旦那方の手が離せない時、よく二振り目と一緒に居るのは知ってると思うが、風呂も最近では入ってくれるようになってな。その時見つけたんだが、二振り目の身体に何かの傷があった。此処に来て数週間、手入れだって受けてるってのに、真新しい傷なんだ。自分で付けるにしても背中だ、二振り目じゃあ届かねえわな。だからといって、この本丸に傷付けるのがいるとも思えん。前の本丸の縁が切れてねえんなら……呪いって事になる」

ごくり、と主の喉が鳴った。ああ、それなら、と石切丸殿も声を上げる。発言の許可を請い、承諾を受けた彼も、勿論真剣な顔をしている。

「彼が昼寝をする場に居合わせた事があるが、不意に嫌な気配を感じてね。彼が魘され始めたと思ったら、何処からともなく黒い靄を纏い始めたんだ。それは形を持ち……そうだな、百足に似た形をしていたか。その黒い靄が二振り目の身体を締め上げて皮膚の下に潜り込もうとしていたんだ。咄嗟にそれを手掴みで放り投げた……まあ掴める事も驚いたけれど、何よりあれは神を貶める嫌なものだ。空気に溶けはしたから然程脅威もないけれど、彼の内に何か潜んでいると思って良いんじゃないかな」

主の周囲の温度が下がる。ああ、怒っている。
我々の主の霊力は、主本人の感情に殊の外大きく左右されている。彼が喜べば柔らかく膨らんで綻び、春のような暖かさを、彼が悲しめばしっとりと水分を帯びた、秋のような涼しさを運ぶ。体調を崩せば夏のように本丸は熱を帯び、今のように怒れば凍てつく冬の寒さをもたらすのである。すうっと、主の視線がそのまま日本号殿に向かう。彼は一度目を閉じて頷き、その視線が主のものと交じり合った。

「坊主が何かに怯えてるってこないだ言ったが、あれは、何か、視えてやがるな。オレ達は刀剣の付喪神だが、結局人の世から外れたものは視える奴にしか視えねえ。だが、多分な、あれはそういう類じゃねえ。術だとか毒だとかで、大方身体を弄られた時に貰ってきたモンだろうよ。道理で暗闇や独りを恐がるわけだ。出るんじゃあ、なあ。一人寝を嫌がったのもそのせいだろう。演練から帰って、それも少しは減ったようだが、政府付きから貰ったのが何時まで持つかって所だな」

そうか、と主が短く応える。
俺も伝える事がある、と一言置くが、中々口が開かないようであった。こんな大きな問題が出て来るとは思ってもいなかったのだろう。よく傷を作るなとは思っていたが、まさかそんな裏があったとは、と考えているのではないか。
あの幼い身体で、色んなものをよくも隠しているものだ。きっとまだ、隠されているものがあるのだろう。石切丸殿は魘されていると言っていたし、弟達からもそういう話は聞いていた。
夢の中で、一体何を苦しんでいるのか。助けられるものなら、助けてやりたい。だが、自分は何をしていいのかすらわからない。
彼の本体を抱いて走ったあの日は、まだ鮮明に覚えている。
主が漸く気持ちを整理したようで、我々を見る。肌寒さを感じる中、口を開く。

「前の本丸で比企を折ったのが誰か、判った」

ざわ、と会議の場が皆の呟きによって静寂さを失った。誰もがよもや自分の同位体ではなかろうな、と疑い、違っていてくれと祈っている。
この自分でさえ、あの幼く愛らしい子を傷付けるのが同位体でなければいいと、弟達でなければ良いと思っている。
知りたいか、と主は言う。誰もが口を閉ざしたが、皆の目は如実にそれを知りたいと訴え、どのような答えが出ようと受け入れる腹積もりであることを伝えている。主はそれを感じ、頷いて口を開いた。

「……折ったのは、同田貫だ。比企が、初めて第二部隊と邂逅した時があっただろう。あの時に聞いた。……きっと向こうの同田貫は、折れと命令されたんだろう。仲間を折るような刀剣じゃない事は誰もが知っている事だ」

主は悔しそうに顔を歪めた。同田貫殿も、居心地が悪そうな顔をしている。
今、生きているのだから良いという問題ではない。自分は重傷になった覚えがないから、痛みはどれほどかと想像するしかないが、我々は刀剣男士、折れるのはかなりの痛みと聞く。前回の会議でも同じような事を考えはしたが、やはり、いつ聞かされても気持ちの良いものではない。あの幼い身体で最低二度、折れた経験があるというのは、想像できないほどに苦しいものなのではないか。
もしや、折られる記憶を繰り返し夢の中で見ているのではないのだろうか。
己の槍という本分を全うする事さえ許されず、闇に怯え、夢にも逃げ道がない。ああ、なんと酷い。

「だが、比企はどうやら前の本丸での同田貫と、ここの同田貫は別であるのはわかっているようだ。もしかしたら向こうの同田貫も、姿が違ったのかも知れん。未だ比企の元の本丸は見つかっていないからなんとも言えんが……」

未だ見つかっていないのかと声が上がった。主人は言う。そう簡単に他人の本丸は見つからないのだと。

本丸は時空の狭間に無数に存在する。審神者の数だけ本丸があり、本丸の数だけ刀剣がいる。過去、現在、未来から集められた才能のある人間が、暦修正主義者と戦うために日夜動いているのである。
寄せ集めた兵士達の数は多いが、敵である暦修正主義者の数の方が圧倒的に多い。数が足りない。慢性的な審神者不足。審神者になる条件があまりに狭すぎるのだ。だが、その狭き門を広くすることはまだ無理だ。今、無理やり広くしてしまえば、せっかくの兵士も無駄死にさせてしまうだけ。保護すべき対象である審神者が、人権を無視した本丸を運営していようが見て見ぬふりで、不問にする場合もある。
そういった環境で、二振り目の所属していた本丸を探すのは難しいのだ。
それは巨大な砂利道から、ひとつの石を探すことに等しい。

「見付かったら真っ先にお前達に伝えよう。比企の仲間を引き取る可能性もなくはない。心しておけ」

いつかは見付かるかもしれない。だが、見付からない可能性も大きい。二振り目が何かを教えてくれれば一番だが、彼はその一切の記憶を封印してしまっている。どうしてその姿をしているのか、なぜあのような場所にいたのか。今まで何をしてきたのか。問うてもわからない、知らないという言葉か、漠然とした回答が返ってくるのみである。
前の本丸での記憶の一切を封印し、思い出す素振りさえない二振り目。もちろん綻びはあり、そこから漏れる情報によって漸く今の状態だ。
それ程までに、酷い場所だったのだ。彼のために、少しでも情報を得て、本丸を特定し、監査にかけたい気持ちがある。しかし、彼を思えば、何も思い出さずに平和に過ごしていて欲しい気持ちもある。
なんと惨い矛盾であろうか。
かの二振り目に対してどう接していけばいいのか、話題が推移していく。

自分の持つ、不確定な情報を、言うべきだったかどうかわからぬまま、発言の機会を失ってしまったようだった。
二振り目と今まで会話をし、こぼした呟きを拾ったりして浮上したもの。あまりにも不鮮明な、言葉を纏めただけの情報。

元の本丸でも彼が二振り目であり、また同じような存在が複数あったこと。審神者は男で、それ以外の人間と共に生活していたということ。
彼にも私のような存在が居たという。それはよく遊んでくれ、助けてくれていたのだと。姿形が似ていて、そう指摘を受けるたびに嬉しかったとこぼしていた。その兄代わりは恐らく通常の御手杵だ。似ているのは当たり前だが、二振り目の姿は幼い子供。少しでも本来の姿に近い方が嬉しいに決まっている。
また、審神者を父と呼び、審神者の他に世話をしてくれていた人間がいた。それを母と呼んで、慕っていたようである。加えて、二振り目には友と呼べる、同じような存在もあったという。似た服を着せられ、似たようなことをさせられる。その作業を孝行と言う。
全てが未だ憶測の域にすぎない。二振り目の一言、二言を自分なりの解釈で読み取っただけのもの。これが自分の解釈違いであればいいが、果たしてどれだけが否定されるだろう。
全てが、違ってくれればいいと思わずにはいられない。
主には後で言っておくべきだろうか。
確信が得られるまで待った方が良いのか。
自分にはわからない。けれど、これを相談するべき相手を思い付くことはなかった。他人の秘密だ。勝手気ままに言いふらすのも気が引けたし、自分のこの憶測が、他人を振り回すかもしれないと思うと口にし辛いというのもあった。
あまりに難しく繊細な問題だった。
ああ、一体どうするべきか。ころりと脳内で賽子が転がる。会議はさらなる飛躍を見せ、口を挟めるような空気ではない。
これが終わったら、仕方がない。他人の事で気後れするが、運に事を委ねてみるとしよう。


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