刀剣 | ナノ
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▼ おてぎねくん、演練へ行く 前


二振り目の御手杵が、道場で己が本分を思い出したかのように言葉を紡いでいたというのを、鳴狐から聞いていた。けれど怖がりの二振り目の事だ。初めての戦事が戦場というのは気が引ける。本来、奇異な見目であるから、大勢の人の目にも触れさせたくないのだが、より安全な方、と考えるなら演練しかない。
ただ、部隊に組み込む事はできなかった。本体を振り回す事が出来ないのだから仕方がないといえば仕方がなかった。それを如何にかしない限り、戦うこともさせてやれないのだ。
あの体だから遠戦なら、と思って一度は刀装を持たせてみたが、だめだった。二振り目の刀種は槍、つまり装備できる刀装も槍と同じ。ステータスも御手杵の初期値と同じである。小さいけれど御手杵なのだ。ブラックな本丸出身といえど、基礎は御手杵なのである。
武器として振るわれたい、戦いたいと思うのは当然で、本能に近いものもあるのだろう。
二振り目があまりにも特殊な状況に立つといつだけだ。彼も普通に顕現をされていれば、槍の本分を全うしていた事だろう。泣けてくる。
というわけで、いつも通り別名保護者力カンスト隊である第一部隊の編成を、第二、三部隊と入れ替えながら演練用の部隊とする。二振り目初めての戦事、とにかく懐いていて刀種も同じ三名槍と、部隊長の石切丸、燭台切光忠、一期一振の六名。発表すると、拝命いたしますと頭を垂れる六振りはいつ見ても圧巻だ。

ただ、端に座る二振り目がこてんと首を傾げている。何かわからないことがあっただろうか。七振りの刀剣男士が演練に行くことを疑問に思っているなら問題ない。特殊事例ではあるが、戦闘に使わないのであれば、連れて行く刀剣男士が多くても構わないのだ。もちろん、事前に許可を貰わねばならないのだが。

「二振り目、何かわからない所が有ったか」
「ん? ああ、うん。えんれんってなんだ?」

そこかー!
そこからだったかー!
そうだな、確かにお前のその形だ。ブラック本丸では演練なんて行かせてもらえなかったに違いない。もしかしたら戦場に立ったのは拾ったあの時だけかもしれないと思っていたが、その説が濃厚そうだ。
二振り目に説明をするが、全く理解できていない様子である。噛み砕いて説明をしてみるが、やはりだめだった。では何がわからないかと問うてみれば、あれやこれやの基本的な単語から何からを尋ねられる。その場にいた全ての刀剣男士が驚きの表情を見せる。

「とうけんだんしって、そもそもなんだ」

天井を仰いだ。確かに違和感だらけだったのを、なんとか飲み込んで来たこちらにも非があるのだろう。けれどこの無知さはなんだ。なんで基礎の基礎まで知らない。その身体に付喪神を押し込めた弊害なのか、記憶を削らねばならないほどに歪められた魂とは如何すれば良いのか。未だに断ち切れない彼の審神者との縁にすら憎悪の念が募る。
御神刀の連中や、それに準ずる彼らにさっと視線をやるが、彼らとてこれは予想外だった様子で、では同位体である御手杵はとそれを見ると、彼も今回ばかりは驚きの表情を持って二振り目を見ていた。そりゃあそうだよな。自分が何かわかってないんだもんな。俺のくせにってなってるんだよな。多分どの刀剣男士も同じ状況に立たされれば、御手杵と同じような反応をするのだろう。
今まで便宜上二振り目と呼んできて、名乗りを上げてもらってもいなかった。ずっと仮契約のまま済ませていたのをふっと思い出す。
もしかして、だが。

「……二振り目、お前、自分の名前はわかるか? 二振り目、じゃないのはわかるよな?」
「ああ、それくらいはわかるぞ!」

ほっと胸を撫で下ろした。最低自分の名さえ覚えていればなんとかなるものだ。ではついでに本契約をしておくか、演練に連れて行くのだし、と二振り目の名乗りを促す。

「俺の名前は――……ん、あ、れ? 思い出せない、んん、ええ?」

はて、と二振り目は顎に手を当てて唸り始めたが、数十秒経たずに忘れたと、あっけらかんと答える。問題か? 二振り目は言う。

大問題だ。

流石に自我がしっかりとしていて、魂が希薄になるだとか、肉が消えかけるとかいった弊害は見られない。けれど二振り目が己の名を知らないということで、彼自身が受ける弊害はごまんとある。今更ながら、もっと早くに名を尋ねておけばよかったと後悔した。
御手杵がばっと立ち上がり、二振り目の小さな肩を掴み、床に押し付けた。

「お前も俺だろ! 御手杵だ! なんでそんな事もわからねえ! 名前を忘れてんだ、振れるわけねえ! 俺のくせに、これ以上、」

ぎょっとしたのは他の者達で、近くに居た蜻蛉切や日本号が声を荒げる御手杵を押さえる。少し肩を痛そうにする二振り目だが、ぱちりと目を瞬かせて、愛らしく首を傾げる。

「御手杵はあんたの名前だろ。俺は二振り目で、その名前は名乗れない。それに――違う名前が、あるんだよ」

思い出せないけど。

ふつふつと、腹の中で怒りの化身が唸る。胸中は熱を持ち、拳を握る事で叫びたい衝動を押さえた。けれど、それを床や壁に叩きつけたい衝動を抑えなければならなかった。切り揃えたはずの爪は、拳を握る力が強すぎて皮膚を突き破ってしまう。血が流れて指先を赤く染めるが、それを除けば、力が入りすぎて白んだ指が見えるだろう。ぎりぎりと奥歯が軋む音がする。
全ては、かの子どもを顕現した審神者への激情からくるものだ。
あの幼い御手杵は、最初から二振り目と呼ばれる事を受け入れていた。つまり、前の本丸でも二振り目であったのだ。それを区別するために名を与えられ、しかし、それすらも忘れてしまっている。そういう術を施されたのか、忘れたいほどのものだったのか。最近は泣くか怒るかくらいしかしていない気がする。

「二振り目、お前はその名を好んだか」

地を這うような低音であると、自分でも思う。
自分は怒ると声が低くなると言われてから随分と経つが、初めてそれを自覚した。
ぶるりと子どもが身震いをした。寒いのだ。
審神者の霊力は本丸を維持し、動かし、刀剣男士の糧となる。加えて、本丸の環境や天気は審神者の感情や精神状態に左右される。研修では哀しむと雨が降ったり、怒ると気温が上昇するのだと聞いた。俺の場合は、気温が下がるようであった。
そんな審神者とは並大抵の者が就ける職業ではなく、重要なのは霊力量だ。しかし、膨大すぎても毒となるために、保有する霊力量は厳正に検査される。規定の範囲外であれば、多くても少なくても審神者にはなれない。正しく選ばれた人間にしかできない、特別職。故にそれに合致すれば本人の意思に関係なく召し上げ、時に強引に攫い、買い、知識を詰め込み、本丸を与え、戦場に放り込むのだ。適性などは関係ない。そんな事を言っていてはあまりにも数が足らない。だから、問題も多い。対策は練るし、勿論行うけれど、それだって発覚してからしか対応できない。目を瞑らねばならないことも山のようにあるだろう。なにせ戦時である。
国と時、ひいては世界を賭けた戦争に、善悪などと形振り構ってはいられないのだ。

理解している。

いや、そのつもりだった。

目の前に、その産物を置かれるまでは。

「名前は好む、厭うなんて問題じゃないだろ。これは初めて貰った贈り物だ。大事にもするさ。そりゃあ例外だってあるけど。俺は大事にしてた。はずだったんだけどなあ……」

記憶も然程ないのだと報告を受けている。
この言い方からして好んでいたわけではなさそうだ。くそ、と心中で悪態をついた。

「なら、その名を捨てる事は出来るか」
「ええ? まあ、そうだなあ。名前をくれるなら、忘れてもいいかな。だって多分、もうあれは名乗れない」
「では、二振り目。今日からお前は比企、復元された方の御手杵の名だが、構わないか」
「ひきの、ね」

焼失した御手杵のレプリカ、と呼ばれる比企御手杵。皮肉な名付けではないかとも思うが、自分にはこれしか浮かばない。御手杵はこちらをぎっと睨むが、悪い、と言うほかない。こんな名しか浮かんでこない自分にも腹が立つのだ。
いや、比企御手杵が悪いとは思ってはいない。ただ、焼失してはいても御手杵の本霊は本物の御手杵。分霊を相手にしているとはいえ、別のものの名を与えるのは本来なら無礼極まりないことである。

「構わない」

二振り目はにっと笑った。

「俺は比企御手杵。……うん、良いね」

ぶわりと彼の身体から神気が登る。名が馴染んで行くのを、刀剣男士達はただ見ている。

「それじゃあ、主。勉強を再開させてくれ」

力が抜けた。
そういえば演練のことを教えていたんだった。


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