刀剣 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ およげ!おてぎねくん

どぼん、聞きなれない音がして、慌てて外へ飛び出した。坊主、だのちび、だのと橋の上で叫ぶのは、本日非番の第二、第三部隊の面々だ。どうした、と駆け寄れば、二振り目が池に、と答えられる。お、落ちたのか! 自分も橋の欄干から身を乗り出して池を覗き込んだ。





本丸は審神者の心を写す鏡だといわれている。
自分が研修に行った先の本丸は、完全に城の形をしていた。これが本来あるべき姿であると教官は言うが、基本的に皆、日本家屋となって現れるのだという。時には平屋建てであったり、稀ではあるが、近年の住宅であったりする事もあるという。最終の住み込みの実地研修では、確かに日本家屋であったが、どちらかというと旅館じみていて、ぎしり、と鳴る階段は登るのも降りるのも戦々恐々とした。
では自分の本丸は、と派遣されゲートをくぐり、驚いた。
黒い屋根瓦に赤い外観、細かな装飾の施された朱塗りの欄干や白壁、青銅の装飾もそこかしこに見られる。最も驚くのはあまりにも大きな池。川かと思ったほどだった。大きな橋を渡り、石畳を踏みしめて、振り返って、顔を覆った。くぐってきたのは青銅の巨大な門だったのだ。中国か、と顔を顰めた。こんな華美なもの臨んでない。これが俺の心の中か、やばい。
こんのすけを呼び出し、ここまでのものは中々ありませんなあ、と関心されたものだった。自分の担当の管理官でさえ、この景観に驚いていたのだ。流石に誰でも驚きますよ、これは。そう言われた。泣いた。どうしたら我が本丸を改善、いや改築出来るのかと方々聞き回って、解決策をくれたのは、あの天守と旅館の審神者だった。本丸は審神者の心。言わば目の前にあるのは自分自身、如何様にも変化できる、と。
また、審神者の知識にも大きく影響を受けるのだという。ああ、確かに全く中国史とか興味ないけど中国の武将は好きだった。三国志とか、よく読んだ。なるほどな。
そこからはまず刀剣男士を受け入れるにはあまりにもかけ離れ過ぎだから、と少しの休暇期間を貰って、ひたすら自身と向き合い、時に現世の寺社仏閣に修行しに行き、時間の許す限り時代物の映像作品、本を読んだ。あの時は必死だった。そうしてやっと。どうにか違和感を感じるがとりあえず中華風日本家屋にまで改築できたのではないか、と納得して現在の本丸に至るのだが、大きな池とそれにかかる朱塗りの橋、飛び石や装飾過多の欄干は戻らなかった。これは俺の心。と折り合いをつけるほかない。
一度、仲良くなった、審神者に成り立てという女の子を招いた事があるが、あの子は自分のこの池の庭に酷く感動していて、護衛に連れてきていた一振りの刀剣にあれやこれやと熱心に感想を言っていた。
その感想をまるっと俺に報告してくるのだから、その時の護衛は本丸の性質に気付いていたに違いない。すごいニヤニヤしていた。ついでにうちの主めっちゃ可愛いだろって自慢もされた。ドヤ顔だった。あれから数年経つが、彼女は元気にやっているだろうか。審神者同士といえ、密に連絡を取ることはそうない。


話を戻す。緊急事態が過ぎて現実逃避していた。つまりだ。この本丸の池は他とは違って大きく、深い。錦鯉が泳ぐとかそういうレベルではないのだ。いや、放流はしている。けれどそう、気付けばいつの間にか鯰や亀などが棲息しているのだ。どうなっているのかわからないが、流れがあり、滝もある。池といったが、実質川だ。確かこないだは鮎がいるとかいないとか聞いたな。
そんな淵もあるような川、多分最も深い場所である橋の下、そこに刀剣といえ幼い姿の二振り目が落ちたのである。心配しないわけがない。

部屋から出てきてどれ程の時間が経ったのか、一向に上がってくる気配がない二振り目の事を考え、不安ばかりが募っていく。
段々と考える事が不穏になり、ええい自分の本丸の池だと、潜って探すためにと腕を捲ったその時だ。
水面に気泡が現れ、茶色い影が見える。
ざばっと豪快に顔を出す二振り目は、俺の顔を見て、にかっと笑う。
やっぱり御手杵の顔だなあ。

「オヤジ! ここの池すげえなあ! なあ、もっと泳いでいいか?」

きらきらと日光で輝く二振り目は笑顔でそう言ったのだった。よしわかった。泳ぎに行こう。
だから、泳ぐには適さない観賞用の池から早く上がってくれ。
藻と魚でよくない菌が沢山棲息していそうだから、まずは風呂に行こうな。今日は風呂で泳いでもいい許可を出すから。な、頼む。





涼しい風、生命力のある木々、強い日差しに青い空、まだらに浮かぶちぎった綿あめのような雲。川のせせらぎ……ではなく弾ける水音に、広がる灰色の河原。
自分の隣に立つのは、サングラスを掛け、アロハシャツを着こなした上でハーフパンツを履いたすね毛の眩しい日本号と、彼と手を繋いでいる、麦わら帽子の二振り目だ。二振り目は薄緑色をしたタオル地の、半袖のパーカーを着せられている。荷物を持ってくれているのは御手杵だ。御手杵は内番服で良いと言ったので、無理やり二振り目と揃いのパーカーを着せてやった。これでどう見ても年の離れた兄弟である。他に連れてきたのは行きたいと強請った乱藤四郎と小夜左文字に今剣、保護者代表の燭台切光忠だ。本来なら蜻蛉切の予定だったが、もしも一般人に出会ったらかれの刺青は完全にアウトだったので、ならばと代わりに選んだのが光忠であった。というか本当はこんな大所帯で来るつもりではなかったのだ。乱にバレたのが運の尽きか。因みに短刀の三人は、全員が乱チョイスのレディースの服を着用しており、光忠は川で泳ぐと伝えていたにも関わらず、キッチリとジレにスラックスを着こなしていた。

完全に子供の夏休みにアウトドアにきたパパ友集団である。

てきぱきとシートやパラソル、椅子が設置されて行き、自分も何かやらなければとテーブルを組み立てていたら、主は休んでと一人椅子に座らされた。審神者だからってなにも仕事がないのは寂しいんだぞ。

「なあ、本当に歴史修正主義者は出ないか?」

パラソルの下、クーラーボックスを開けながら不安を口にする御手杵に、それはみんな同じ気持ちだからと苦笑するのは光忠である。
短刀達は愛らしい水着姿にすでに着替え終えており、二振り目も日本号に世話を焼かれながら、準備体操を始めていた。
あっ、なんでお前達水着まで女物だ!?
きゃっきゃと三振りは膨らませた浮き輪やビーチボールを持って川へ駆け出していった。相手は刀剣男士。されど短刀達は庇護下に置かれる子供姿。いきなり深い場所になるかもしれないから気を付けろ、と叫ばずにはいられない。
くいっと服を引かれてそちらを見る。ゴーグルを付けた二振り目が、俺も行ってもいいかと許可を求めに来たのだ。
二振り目は良い子なのになあ。

「ああ、気を付けてな」

そう言うと大きな長い棒を掴み、引きずりながら一目散に川へと向かい、ざぶざぶと入って深い場所へと潜ってしまった。
長い棒? 何を持ってる!? まさか本体じゃないだろうな!? 危ないでしょ、帰ってきて!

日本号は缶ビールを開けて寛ぎ、御手杵もペットボトルのジュースを枕にシートの上で転がっている。泳ぐ気の全くない燭台切は座ってニコニコとはしゃぐ短刀を見ているし、子どもと大人の違いというやつだろうか……。

じゃない。

「日本号! 二振り目に本体持たせたのか!」
「え? ああ、何か持ってきてんなと思ったらあいつの本体か。やるなあ」
「御手杵!」
「流石に本体無しは不安でさあ。ちゃんとみんなの分あるから安心しろって。二振り目が揮えなくても守ってやるから」
「そういう、問題じゃ、無いだろうが!」

この馬鹿、現世に刃物はダメだとあれほど教え込んだのにどういう思考回路だこの槍は。
ぼこぼこと腹筋を殴ってみるが、鍛えられている硬い腹にダメージが通る事は無い。はははと笑われた挙句、主も遊ぶかあ、なんて抱え上げられてしまった。こ、の、馬鹿っ! 俺は! 怒ってるんだよ! 馬鹿!
ああーっ世界が回る!





光忠に背をさすられ水を差し出されて礼を言う。御手杵にぶん回されて目を回し、危うく嘔吐するところだった。主は弱いだなんだと文句を言われたが人間と刀剣男士は違うものだと早く気付いて欲しい。いや何度も教えているのだから早く覚えて欲しい。御手杵のこういうところほんと嫌い。御手杵が嫌いなんじゃないんだ、これも含めて御手杵だし、嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。大切な俺の刀剣男士である。だけどこの馬鹿なところ可愛さ余って憎さ百倍みたいなところあるから。御手杵はバーベキューの準備してなさいほらこの串に野菜とか肉とかさしていけばいいからね。
暇だと河原をごろごろしては石が痛いと文句を言う御手杵に仕事を作ってやれば、得意分野に似た動作をするということもあり、先ほどとは打って変わって喜んで日本号の所へ飛んで行った。日本号は慣れた手つきで木炭に火をつけている。似合っているのがなんとも居た堪れない。あいつも槍のはずなんだが。
光忠も俺が大丈夫そうだと判断して、バーベキューコンロの近くに寄っていく。コンロの近くに組み立てたテーブルがあり、そこで食材を切ったりするのである。その切った食材を御手杵が串に刺し、日本号が焼く……。あれ、あいつらって刀剣だったよな。誰かの父親とかじゃないよな。日本号の足元には大きめのバケツが置いてあり、そこから覗くのは何か日光を反射してきらきらと輝くもの。目を凝らしてよく見れば、あれは魚の尾であった。
気になってそちらへ寄って行けば、もう大丈夫? と訪ねてくれる光忠。いい奴だ。大丈夫、と返答し、バケツを覗き、うわ、と声を上げた。バケツ内にみっしりと詰まった魚たち。一匹残らず死んでいる。みな一様に同じ大きな傷があり、それが死因であることは一目瞭然であった。これも食うのか。どうやって獲ったんだ。釣りか? でも釣り糸を垂らす日本号の姿は見ていない。

「この魚は坊主の成果だ。ほら」

川からざばんと上がってくる二振り目の、手には彼の本体である御手杵、その切っ先には数匹の魚が刺さっており、日本号の言葉が嘘ではないことを告げていた。

「あっオヤジ! 見てくれ、大漁だろ!」

ドヤ顔の二振り目である。
刀種に銛なんてあっただろうか。

バケツに獲った魚を豪快に落とし、この魚は多分食えるからな、とこちらを見ながら笑う。濡れた彼が陽光を反射してきらきらと眩しい。
魚をまじまじと見るが、内臓を掠めることなく仕留めている様は見事の一言に尽きた。ただ、如何せん、獲り過ぎだが。

「……これは、全部お前が?」
「ああ、刺すことだけはできるからな!」

御手杵だなあ、と思ったのである。

結局その後も肉を食い魚を食いながら何度も川とバケツを往復する二振り目のおかげで、本丸の食事は向こう数週間、魚料理しか出なかったことをここに記す。


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