刀剣 | ナノ
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▼ 大本丸会議


皆が座ったのを確認して、主がぱしんと膝を叩いた。広間に張り詰めた空気が充満する。

「では、会議を始める。議題はもちろん、先日迎え入れた小さな御手杵……二振り目の事だ」

本丸の刀剣が全員集められて並ぶ大広間、五十に近いひとが座って尚有り余る空間に、主の声が響き渡る。
二振り目の御手杵。第一部隊が拾った幼い子どもの姿をした刀剣男士。連れ帰ってきた時にちらと姿を見たが、あまりの傷の酷さに目を覆いたくなるほどだった。着ていた服の色はどす黒く変色し、子どもならではのふっくりとした手足はなく、本来あるべき腕の数が一本足りない。足は折れ、首には大きな手形が残る。それだけならまだ、なんとか怒りだけで治めていたかもしれない。そのあとに続く見知った槍が視界に入った途端、後頭部を殴られたように感じた。そこから湧き上がる感情は、筆舌に尽くしがたい。人間とは、かくも憎たらしいものだっただろうか。護るべき愛おしいものの筈だ。
同じ槍、特に昔から名を聞いてきた槍だ。いつしか三名槍と呼ばれ、括られた同胞の一振り。それが、あそこまでやられるとは何事か。それも、あの様な槍も振れないであろう幼い姿で。

「数日この本丸で過ごしてもらっているが、今のところ、目立って問題を起こしてはいない。第二部隊、第三部隊の日本号以外は、まだ顔を合わせてはいないだろうが、今回も聞いておいてくれ。特に御手杵、お前の事だ」
「って言ってもなあ……俺は俺、二振り目は二振り目だろ。俺は戦えりゃそれでいい」
「人の身、人の心を持ってるんだ。そうやって構えてると後悔するぞ。いいから聞け」

はあーっとため息を吐き出しながら、主は顔を覆う。その割り切り方は好ましい時もあるが、それが嫌らしい時もある。あくまで武器としての態度を崩さないのは、隣の同田貫正国と似通っている部分もあるか。そも、第二部隊はそういった、武器としての本分を忘れない、戦を好む者達が纏められた部隊であった。

「二振り目の世話は基本的に第一部隊及び、日本号にしてもらっている。二振り目はどうやら日本号に一番気を許している様だからな。第三部隊には悪いが、今後も時折貸してもらう」
「お気になさらず。主命ですから」

第三部隊長であるへし切り長谷部が頭を垂れた。いっそ清々しいまでの態度だ。本当に主以外はどうでもいいんだろう、と揶揄されても苦笑するしかない。あれはあれで、仲間の事を考えてはいる。
優先度が高いのが主というだけで。

「さて、日本号。お前の所見を聞かせてくれ」

坊主、あの小さな御手杵を腕に抱いたのは、この本丸から逃げようとしていたあの日だ。見るもの全てから傷付けられるのではと、闇に紛れて怯えていた。傷付けない、味方だからと言葉を重ねて漸く出て来たのを抱き上げれば、しゃくりあげて泣いてしまって、御手杵らしさはなく、ただの幼子にしか感じられなかった。
その後の朝に一度、我を失いかけた。すうっと肉の器にあるはずの神気が薄れて、徐々に息をする肉と成って行く姿を見るのは肝が冷えた。力一杯、神気を乗せて背を叩き、気付けを行う事でなんとか連れ戻したが、今度も同じ手が通用するかというと断言はできない。
また、数日一緒に過ごしてわかったのは、体の大きい者との対面や暗闇、独りという状況が酷く苦手であるという事だ。体の大きい者、と言っても、坊主からすればほぼ全てが例外なく当てはまってしまう。打刀を相手に怯えて隠れようとする。自分ですら少し離れてから戻れば、認識するまでは怖がられてしまうのだ。短刀達を遠くから見るぶんにはどうやら平気な様であるが、声をかけられるとすぐに逃げてくる。
暗闇を目にするとびくりと震え、独りになる状況に気付くと否が応でも後ろを付いて回る。何に怯えているのかはわからないが、確かに坊主を独りにさせると、何かどろりと嫌な空気がその場に充満するのである。極力独りにするのは避けた方が良いだろう。
それから、最後に一つ。

「坊主の服から落ちたものだ」

手入れと共に元通りになるオレ達の装束は、それ一つで自身を表すものにもなる。肉の器とは違って、純粋な自身の神気で編まれたもの故に、神気を削れば装束も削れるといった具合だ。傷付けられれば弾け飛ぶのも無理はない。だからこそ普段は内番服を着ていたりと、外部から用意されたものを見につけたりもするのだ。常に装束を着ていても問題は無いが、まあ気休め程度の回復や温存にはなる。
坊主の服も、矢張りオレ達の装束と同じで、主が手入れを行い、元の姿を取り戻した。緑の上下に赤い内着、紫の腰布はまさに御手杵そのものだ。腕の中で眠っている間に寝間着へと着替えさせようとした時、ぽとりと床に落ちた物。
ずいと主の方へ見やすいようにと押しやれば、広間が瞬時に騒めいた。おまもり、と誰かが呟く。そう、主が戦場へ行く部隊の一人に一つずつ、必ずもたせてくれるもの。一度だけ破壊を防いでくれるという、あのお守りだ。元は鮮やかな青だっただろうそれは、血に汚れ、解れの見える草臥れた外観になっており、効果を発揮したものであるのは一目瞭然であった。
それが示すものは、つまり。

「……一度、折れたって事か……っ!」

主がきつく拳を握りしめ、指先が白くなっている。ぎりぎりと奥歯を噛み締める音が、いつの間にか静かになっていた広間へと響いた。

折れる事は、酷い激痛であると聞く。
重傷や演練での刀剣破壊などは比較にならないほどであると。
それを、あの幼い身で経験しているのだ。

「坊主はそれを夢だと思っている節がある。単騎出陣である事も、そこで遡行軍に折られたらしいという事もだ。……だが、恐らくは」

坊主がぽつりと言った言葉を思い出す。一人寝は嫌だと可愛いわがままを言った、昨日のことだ。これを主に言うのは気が引ける。逆に自分が冷静になれる程の、憤怒の激情を見せる、あの心優しい主に。
けれど、言わねばならないだろう。
主や坊主、この本丸のためにも。

「前の本丸でも……刀剣男士か人間にかはわからんが、一度折られている」

最低でも二度、坊主は折れているのだ。

「……それ以上の報告はあるか」

地を這うなんて生温い程の、低音だった。
地獄の鬼が出すと言われても納得できそうな程の、怒りの滲んだ主の声。
ない。短く応える。今あれに名を呼ばれて、身を捩じ切られるだけはごめんだ。それは他の者も同じなのだろう。いつもこういった場ではあまり身の入っていない男士達も、背筋を伸ばし、一様に気を引き締めた、真剣な表情になっている。

「下がれ」

頭を垂れる。
素早く空いた空間へと入り、座る。
つ、と首筋に冷や汗が伝い、口腔に溜まった唾液を飲み込む。今更になって緊張が襲うとは。
主の怒りを買ってしまった、見知らぬ審神者に同情した。例えどんなに非道であっても、これほどの怒気にあてられては、どうにかしようという気すら起きない。宥めるための言葉すら、出ないのだ。

「……悪いが会議は中断だ、近日中に再度行う事にする。今から俺の部屋には近付くな、怒りでどうにかなりそうだ」

上座に座っていた主がゆらりと立ち上がり、広間を突っ切るようにして自室へと歩いていった。彼の姿が見えなくなってからしばらく、誰も席を立とうとはしなかったが、不意にどさりと音がしてそちらを見る。どうやら一人が倒れたらしい。御手杵だ。

「二振り目、良いなあ。すっげえ羨ましい」

不謹慎なんだろうけどさあ。

わからなくもない。主が、自分のためにあれほど怒りを顕にしてくれるのは、きっと従者冥利に、いや武器冥利に尽きるというものだ。
オレ達は武器、無機物だったもの。それをあれほどまでに大切に想ってくれるというのは、きっと桜が散る以上の衝撃になるだろう。

「二振り目のお前であれなんだ、俺らだったら、なんて検討つかねえな」
「二回も破壊されたとは、なんとも」
「……たくさんの幸せを教えてあげないとね」

まだ会ってないけど。
ぽつり、ぽつりと彼らの声が出始める。
その言葉達は優しさに満ちていて、この本丸に顕現されてよかったと思える。あの坊主も、そう思える日が来ると良いが。

さあて、坊主の部屋に戻るとするかね。



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