刀剣 | ナノ
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▼ 第二部隊との邂逅

ぶん、と電子レンジのスイッチが入ったような音がして顔を上げた。
自分が何をやっても開くそぶりを見せなかった門が、ひとりでに重々しい音を立てて開いていく。えっ今更? なんで俺が逃げようとした時に開いてくれなかったのに、俺がここの組員になると決めてから開くんだ。せっかくこの家の人と親交を深めるべく、紙飛行機の素晴らしさを教えようと一人予習をしてたというのに。
ぎちぎちという音が次第に速度を落とし、木の門が完全に開ききる。そういえばこんな感じの門、テレビでしか見たことがない。普通は横にある小さな扉から出入りするんじゃなかったっけ。こんなでかい門を自動化するのは、すごいお金がかかるんだろうなあ。
門の向こうに、夕暮れ時の森の入り口が見えた。シャボン玉の膜のようなものが門の間で揺れていて、ちょっと触ってみたくなる。しかし、門へと近付く前に、ざわりと全身の皮膚が粟立った。
膜を破ることなく侵入してくる黒いものが、ぬるりと人の姿となって現れる。それはみるみると数を増やした。鼻を掠める鉄の臭い。紙飛行機が手から落ちた。先頭の金の目がこちらを向く。体が跳ねた。
それらに背を向けて走る。焦って足を滑らせるが、形振り構っていられらない。

あれは、夢で俺を殺したやつだ。

息が上がる、心臓が跳ね回る。
日本号も蜻蛉切も遠征だと言っていた。どこだ。どこなら安全だ? 頭に浮かんだのは着物の男。そうだ、この家のボスなら。庭から縁側に飛び乗り、障子を開けて転がり込む。きっちりと障子を閉めてから、驚いた表情をしているボスのわき腹へ突っ込んだ。呻き声が聞こえる。ごめん。緊急事態なんだ。

「っど、う、した……」

おう聞いてくれボス、組長、親父! 夢の中で俺の首を折ったあいつが入ってきた! 仲間を連れて! ていうかこの家自動ドアじゃん、奴ら入り放題じゃね!? そうか俺が小さすぎてセンサー反応しなくてあの門開かなかったんだなあって違うそうじゃない。俺を殺し損ねたと思って追ってきた? 夢じゃなかったの? 俺実は何回か死んでる? 多分一回目の俺は死んだと思うけど実はこの小さい俺がやっぱり夢で、とかそういうアレ? マトリックスか、仮想現実とかいうやつ? またわけわかんなくなってきた。ここに来てから脳細胞が活性化し続けている気がする。空回りしてる。ハムスターが滑車を回すように、なめらかに。
俺の言葉に驚いたボスが、近未来な端末を操作して、ああ、と納得の顔を見せた。

「第二部隊が帰ったのか」

けれど見る間に険しい顔になっていく。

「誰に、やられたって?」
「……一番最初のやつ」

たぬき、とボスが呟いた。えっ何? たぬき? なんで今タヌキのこと呟いたの? ボスってタヌキ好きなの? そうならそう言ってよね、今度何か買うときたぬきの何かを買ってあげようね、俺の金じゃないけど。
あるじ、と誰かの声がした。こ、この声は! いつも廊下を走るなと怒ってくる雅な風紀委員長カセンカネサダ!
第二部隊が帰還したよ。
声の方に視線を投げると、正座をした紫の髪の彼がそこにいた。音もなく忍び寄るカセンカネサダ、めちゃくちゃ強そう。いいね、口はうるさいけどご飯は美味しいんだカセンカネサダ! ただちょっとお野菜やお魚が多くて、育ち盛りの俺的には物足りない。もっと肉が食べたいなーって思うんだけど、カセンカネサダは風流を好むからそういうのはあんま出してくれない。そして文句を言っていると精進料理とかが出てきそうだから怖くてつい口を閉じてしまうんだなあ。その反面ショクダイキリミツダダさんは洋食が得意なのだ。こないだオムライスを作ってもらった上にドラゴンを描いてもらったのだ。もちろん美味しく胃に収めた。今日は遠征なんだけどね。

「ああ、知ってる。いつも通り気が立ってるんだろう。先に風呂場へ押し込んでやれ」
「わかったよ」

すっと居なくなる彼の洗練されたと動きは本当に風紀を守っている感じがする。伊達に雅だなんだと煩くない。
するりと頭を撫でられる。

「大丈夫、第二部隊は血気盛んな奴らが多いが、優しいのばかりだ。怖がらなくて良い」

本当かよ、夢で首をへし折るくらいのやばい奴だぞ、実際に追い回されたのかもしれないじゃん。だから夢の中で首を折りにきたのかもしれないでしょ、ボス考え方が安易すぎるよ。いや俺も森の中で彷徨う前の事が全然思い出せないんですけどね、きっと普通の男子高校生してたと思うんですよね。そういう少し離れた記憶なら思い出せるのに、異変の直前がどうしても思い出せない。重要な何かがあるはずなのに。

「そろそろ飯の時間だったな。そこで顔合わせをしようか」

えっ? あの怖いのと会うの? やっぱりこの家そういう奴らとも繋がりがあるということ? 流石極道、普通とは違うね! じゃない! やだやだ俺を殺した奴らとなんて会いたくない。
いやだ、と声を上げて抗議する。ご飯は食べたいけど奴らと顔を合わせなきゃいけないなら食べなくて良い。それでも尚ボスは大丈夫だから、と立たせようとしてくる。
この部屋には何度かきた事がある。
間取りは完璧に頭の中だ。
ばっと立ち上がり、ボスの布団がしまわれている押入れまで走る。ボスは座っているからここまで来るのに数秒を要するのだ。戸を開け、何も入っていない下段に潜り込んで戸を閉めた。後は中から開かないようにするだけだ。一つの戸は簡単に押さえられるけれど、もう一枚は難しい。爪を立てて思いっきり力を込めてないと開けられてしまう。真っ暗な押入れ。本当はめちゃくちゃ怖い。だけど、今怖いのと、食事がしんどいのとを天秤にかけたらこっちの方がましなのだ。俺の恐怖から形作られる幻覚に対して、奴らは現実にいるのだから。

「ぐっ……流石小さいとはいえ槍……!」

がたがたとボスが戸を開けようと頑張っているけれど俺だって頑張っているのだ。簡単に開けられても困る。背後から目を見開いた長髪の女が俺の肩に顎を乗せてきた。俺は、見てないぞ。視線をずらすと目が合ってしまいそうで、ぶわっと汗が噴き出すが、これは、幻覚だ。ざわざわと足元を何通り過ぎていく。
想像力逞しい自分が本当に嫌いだ。
少しの間の攻防が終わり、ボスの荒い息が聞こえる。勝ったぜ。はと、と戸の向こうからくもった声が聞こえたきり、何も聞こえなくなってしまった。ハト? 耳鳴りが遠くから近寄ってくる。床から這い出黒い手が俺の体を撫で回し、首に巻き付いた。どうにか背を壁に付けるが、肩に乗る女の頭は壁など関係ないらしい。何も見えない暗闇のはずなのに、目の前の青白い肌をした子どもが見える。眼窩は落ち窪んでいて影になっているのに、無表情でこちらをじっと見つめているのがわかった。汗が輪郭をなぞり、床に落ちていった。黒い手のせいで息苦しい。耳鳴りはもはや大音量となり、がんがん頭を叩いている。すうっと意識が解けていく。子どもがにたりと、汚い歯茎を見せて嗤う。





ゆらゆらと揺れるのを感じて意識が浮上していく。ゆっくりと目を開くと、黒いものが見えた。焦点が合い、急激に形作られていく世界で、それが日本号である事に気付く。

「あれ……おかえり……?」

遠征だったのになんでだろう。俺、押入れに居たんじゃなかったっけ。よう、坊主。戻ったぜ。あんなとこ、もう潜んなよ。ああ、押入れから引きずり出されたのか。揺れるおじさんの腕の中が気持ちいい。くあっとあくびをしながらぐるりと周囲を見た。何処かの縁側だ。この庭の景色から考えるに、多分ボスの仕事場のすぐ外。なんだ、移動してなかったのか。

「おーい、目ぇ覚ましたぞ」

ボスの部屋に向かって声をかければ、勢いよく障子が開く音がした。体を捩り、日本号の肩からボスの部屋を覗く。ボスが頼りなさそうな顔で、息を吐き出しながら良かった、と呟いていた。ずるずると体が重力に従って落ち、しゃがみ込む体勢になる。

「目が覚めて良かった……!」

俺があまりにも怯えていて、ボスではなんとかできる気がしないと鳩を使って遠征中だった日本号を呼び戻し、俺を押し入れから出て来させようとしたらしい。けれど、日本号がどう声をかけても出て来ない。更に押し入れから嫌な気配を感じて、思い切り戸を引いたらすんなりと開いた。そこでぐったりと転がる俺を見つけた、ということらしい。なるほど気絶したのね。そりゃあんだけ化け物に囲まれて首を絞められたら落ちるよな。あれは恐ろしかった。幻覚が実態を持ち始めているのが、本当に怖い。想像力も遂に肉体にまで影響を出し始めている。どこかの街の悪夢かな。そのうち腕の届かない場所に傷が出来たらどうしよう。夢の中で死んだら死ぬ可能性もあるというし、克服できることなら克服したい。
くるる、と腹の虫が鳴いた。そういえばあれからどれくらい経ったんだろう。ボスはきょとんとした顔でこちらを見る。横を見れば、にっと笑う日本号。

「飯の時間にゃあまだ少し早ぇなあ」
「いや、もう直ぐ……ああ、お前たちの分か」
「鳩が飛んで来るから、何事かと思ったぜ」

長谷部が血相変えてゲートを開いてたんだからな。日本号の口から誰かの名前がするりと飛び出る。はせべ。ちゃんとした名前で呼ばれている人もいるんだなあ。コードネームとかあだ名とかだと思ってた。ほら、早打ちのナントカ、的な感じの。刑事ドラマのゴリさんとか、マカロニさんとか、ああいう。日本号おじさんは日本酒ばっかり飲んでるから、そういう感じのお名前なんだと思ってたけど、違うのかな。今度聞いてみるかあ。

「坊主はまだ長谷部を知らねえのか。第三部隊の部隊長だな。飯の時に紹介してやるよ」
「め、めし……」

日本号おじさんの部隊は第三部隊だ。部隊員や部隊長の紹介をされるのはとても嬉しい。だけど今日のご飯はあの恐ろしい第二部隊も居るのだ。ああ、行きたいけど行きたくない。
そういう顔をしていたのだろう、おじさんは凄く愉快そうな顔をしている。

「そう構えるこたあねえぞ、坊主」

楽しみにしてな。
わしわしと頭を掻き回された。
た、楽しみに出来ない!




がっしりと日本号おじさんの体、もとい足にしがみつき、歩行を邪魔しておりますコードネームおてぎねです。俺のこのコードネームはどこから来てるんだろう。おてぎね。お手する木の根っこ? わっかんねーやこれも今度聞こうっと! ゆっくり進むおじさんに、邪魔だぞ坊主、なんて笑いながら言われても説得力はありません。行きたいけど行きたくないこの気持ちを察してくれ。おじさんのいる部隊の人にはおじさんにお世話になってますって挨拶をしたいんだけど、俺を殺した人達とは仲良く出来る気がしないもん。あいつらだって絶対日本語とかわかんないじゃん、人の形してるけど化け物だったもん。魚の骨とかいたもん。あれ、夢の中だったっけ、肝試しの仕掛けが魚の骨なんだったような。記憶がごちゃごちゃだし、ない所もあるから、そのせいであんな悪夢を見たんだった。思い出した。いや、だけどつまり、あの夢の中の、腕の太いやつのモデルな訳だよね、その人。絶対仲良くできない自信しかない。めっちゃ怖い。ボスは先に行ってるよ、と微笑みながらダイニングルーム……あー、えーっと、食堂? に行ってしまった。嫌だあ! ボスもおじさんも今回は俺の味方じゃないんだからせめて近くにいてくれよお!

「日本号? あれっ、遠征じゃないのか?」
「呼び戻されたんだよ。坊主のためにな」
「……坊主?」

知らない男の人の声がする。だけど顔はあげないぞ、俺はいまおじさんの足なのだ。重りなんだ。なのにおじさんにいとも簡単にべりっと剥がされてしまった。渾身の力でしがみついてなかったとはいえ、そこまで簡単に剥がされるとなんかショックだ。くそっ、俺は明日から腕の力を鍛えるぞ。ダンベルがないからお酒を飲んでるおじさんの背中を押して鍛えようかな。

「お前も主から聞いてはいるだろ。こいつだ」

両脇に手を入れられ差し出される形の俺。目の前には緑色の服に赤いシャツを着た、クリスマスツリーみたいな茶髪の男の人が目をまん丸にしてこちらを見ていた。顔を近付けられ、じっくりと観察されている。居心地が悪い。

「んんー?」

な、なんだよ!
声を出して抗議をすると、クリスマスさんがぱあっと目を輝かせた。きらきらと眩しい笑顔を見せて、ひょいっと俺を日本号おじさんから受け取り掲げる。ウワア高い。背の高い人の高い高いは本当に高い。こわい。落とさないでね!

「俺かあ! 小さいな! 日本号、借りてって良いよな! 先に食堂行ってるからな!」

そのまま肩車をされて食堂へと急行する。天井が凄い近い。ヤバい。屋内ジェットコースターの、あの鉄骨が当たりそうな感じの恐怖を体験している。なんなんだここの組員達は。背が高すぎるし顔も良いし勝ち組かよ。いやヤのつく自由業の辺りで勝ち組って言えない気もするけど。これが合法的な上場企業とかなら完全な勝ち組なんだろうなあ。この人たちむさ苦しいこんな家で生活してるけど外に出たらモテモテなんだろ? きっと遠征がてら女の子を引っ掛けたりするんだ。そうじゃなきゃやってらんないよなあ。顔面偏差値が一般人の俺には入り込めない世界だぜ。いやこの体のお顔は整ってる気がするけどなにせ子どもだからね。あっそういえば小学校とかどうするんだろうな。通信教育かな。義務教育は中学校まであるぜ、ボス!

クリスマスさんが襖を開き、中に入ろうとした。目の前に迫る鴨居。ガンッ! 世界に星が飛び散った。あ、悪い。クリスマスさんの声がする。絶対悪いと思ってない。許さない。ちかちかする世界が治らないんだけど。クリスマスさん絶対に許さん。ぎゅっと足を首の前で交差して絞めつけ、後ろに勢いをつけて倒れこむ。クリスマスさんの背中に後頭部がぶつかる。ぐえっとあひるの鳴き声がした。クリスマスさんの苦しむ声だ。はははもっと苦しめ。ちらちらと小さくて沢山の四角い図形からなる模様が、流れるように姿を変えていく。段々とそれは薄くなり、漸く世界が戻ってきた。
ちょうど日本号おじさんもやって来た。

「……なにやってんだ?」
「おしおき」



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