刀剣 | ナノ
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▼ 08 

どたどたと廊下を走る音が聞こえる。この本丸にいる、どの刀剣でもない軽い足音だ。その後に続くのは重たいもので、誰が来たのかなんてすぐにわかる。
今回ばかりは歌仙も何も言わなかった。初回限定の優しさだろう。

「にほんごう! 飯だぞ、めし!」
「わかってるって、お前現金だなあ」
「飯に罪はない」

ほらここだ、と教えられているのが襖越しに聞こえる。
今日の昼食は歌仙と燭台切が腕によりをかけて作った、雑炊である。みんなも了承済みだ。
どうせ前の本丸じゃ飯なんて食わせてもらっていないだろうから。
顕現したてから勿論普通のご飯も食べられるのが刀剣男士だし、そもそも飲食睡眠は必要ない。それでも肉を得たのだからとそういう生活をさせる審神者は多く、例に漏れず俺もその一員だ。
ただ、幼い御手杵の事を考えて、より食べやすい物を、と頭を悩ませて作ったものらしい。
食事当番というものはあるけれど、結局こういう特殊な時はいつも歌仙や燭台切に頼りっぱなしだ。今度何か、感謝の印に贈り物でもしておくか。忘れないように端末にメモしておこう。
襖が開き、だいぶ気色の良くなった御手杵が日本号の手を引いていた。身長差がありすぎて、日本号が前のめりになっている。
贔屓目に見てもめちゃくちゃ可愛い。

「おら坊主、お前の席はここだ」
「日本号は?」
「オレはあっち……うおっ!」
「日本号はおれのとなりな」

残念だったな日本号……子どもの隣じゃ酒を飲ませてもらえなさそうだもんなあ……いや昼間から酒も俺としては遠慮して欲しいんだが、月に何本、仕事に影響がない限りは好きに飲んで良いという決まりを作っているから、文句は言えない。酒の本数は酒飲み達用の予算の具合であったり、仕事ぶりへのボーナスのようなものであったりする。
神様に供えるものの中にはお酒も入っているし、上手くやっている限りはあまりとやかく言うもんでもないとも思っている。
ただ、時と場合に寄ることもある。
例えば今だ。
御手杵だって付喪神、別に飲ませたって構わないだろう。だけどどうしたって絵面がダメだ。短刀達にも、飲むのは構わないが、せめて俺がいない所で飲んで欲しいとお願いしている。
今まで培ってきた当たり前の常識を、覆す事は簡単じゃない。それを歌仙は知っているから、多分、日本号はお預けを食らう。
すまん日本号、今度一本多く買ってやるから。

渋々御手杵の隣に日本号が座ると、御手杵もにこやかに隣に座る。顔の下半分が隠れた。子ども用の椅子が必要かあ。頭を掻いた。これは諸々必要になりそうだ。
ぱちぱちと御手杵は瞬きをして、ああ、と声を上げる。正座をするが、まだ少し足りないようで、膝立ちになってみる。これで丁度良いくらいか、少し高くなっているかという所だ。見兼ねた日本号が彼を抱き寄せ、胡座をかいた間に座らせた。それに気を良くしたのか、御手杵は満足そうににんまりと笑う。
机の上に置いてある鍋を見た。今日は雑炊だよ、と歌仙が鍋の蓋を取る。ふわりとした湯気の中から現れたのは、彩の綺麗な卵雑炊だった。中心には三つ葉が揺れ、きのこと赤身魚が浮かぶ。
件の御手杵は大きな目をきらきらと輝かせていて、掴みはばっちりだね、とシェフの二人はアイコンタクトを交わしていた。
そのまま全員分を取り分け、手を合わせる。俺のいただきます、の声に遅れ、全員が一斉に言葉を発した。
レンゲで椀から米をすくい、少し冷まして口に入れる。素朴で優しく柔らかい味わいの雑炊は、その美味さが身体中に沁み渡るようだ。
御手杵をちらと見やれば、取り分けられた雑炊をじっと見ている。食卓を囲む全員が食べたのを確認してから、与えられたレンゲを手に取った。上手く持てていないのが危なっかしく、今すぐに手を出したいが、彼と席は斜め向かいで、はらはらと見守る事しかできない。
ことりと日本号が自分の椀を置き、御手杵から椀とレンゲを奪った。雑炊をすくって冷まし、彼の口元に持っていく。驚いているのは御手杵の方で、おそるおそる、それを口に入れた。
もぐもぐと口を動かし、ごくりと飲み込む。
きょろりと彼の視線が辺りを彷徨う。御手杵の椀は、まだ日本号の手の中だ。
ついと日本号の袖を引き、御手杵が口を開く。

小鳥か。

勿論その意図に気付いている日本号は先ほどと同じように、雑炊を御手杵に食べさせる。

父親か。

何度かそれを繰り返し、小さな茶碗が空になると、今度はお返しとばかりに御手杵が日本号の口にレンゲを突っ込んだ。
辺りに桜が舞っている気がする。

ホームビデオを取りたい。
あまりにも可愛い。

第二部隊を出陣させといてよかった。俺のとこの御手杵が居たら絶対煩かった。
戯れ終えた御手杵が此方を見る。日本号は雑炊のお代わりを受け取っていた。

「さにわさん」
「何だ」
「おれ、ここの組員になってもいいぞ」

がしゃん、茶碗と橋が机の上を踊り、畳に落ちる。苦言が聞こえたが、そんな事より御手杵の事が先だ。審神者のイントネーションが可笑しかったし、組員って言葉も何か可笑しい気がするが、そんなもの後からでもどうにでもなる。

「本当か!」
「おう。よく考えたんだ、多分、むかえは来ないからなあ。あんたさえ良ければ、あんたのところで……えーっと、働かせてくれ? こんな体でできる事はそんなにないと思うけど」
「いや、仕事くらい見付けてやるからそこは心配しないでくれ。お前も刀剣男士なんだ。必ずお前が揮えるようになんとかする」

問題はそれだ。こんな子どもに、御手杵が揮えるわけがないのだ。だいたい四メートル、二十二キロだ。いや、彼も御手杵なのだ。振れるかもしれない。今度試そう。

「それで、ええと、あんたの事なんて呼べば良いんだ?」
「……は?」
「親父か? 父さんか? ……やっぱり、パパ?」

咳き込んだ。
なんだ、やっぱりパパってなんだ。前の審神者か? そういう趣味なのか? 知りたくなかったそんな事!

「普通に! 呼んでくれ!」
「……親父か!」
「坊主、主って呼んでやれ」
「あるじ……ああ、なるほど。ごしゅじんさまだな!」



違う!!!!!!!!!!!


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